9.目的・後 ゠ 捕虜と記憶の話

「ところで私の他にも、大勢ここにいると聞いたんだが」


 いろいろ複雑な内心を紛らわす目的もあって、とりあえず別の話を出したが。


「あ、はい。撃破した天使軍の方たちは、あらかたここに置かせてもらってますよ」


 珍妙な言葉を、どうもて続けに聞かされている気がする。


「あらかた?」


かなかの大所帯です。増築につぐ増築でもう、収容するところが一大住宅地に成っちゃってまして。それも勝戦のたびに増えてっちゃってますから、ちょっと頭の痛いところなんですよね」


「待て。天使軍を丸ごと、取り込んでいると言うのか?」


「はい」


 それは……確かに大所帯だ。

 たとえば一個の大隊には、およそ千か、それ以上にのぼる天使が所属している。

 無念ながらそれら大隊の、両手でかぞえれない個数がすでに撃破されてしまっているが、部隊ではなく隊員の単位で言えばもっと多数、ゆく不明になっているようだ。

 それらをるまる幽閉するとしたなら、もう町どころか都と呼んで差しつかえない規模になるに違いなく、その造成や管理の手数たるや、半端なものではいはずだ。

 あまつさえ、それがねずみざん式に膨れていくとなったら、ちょっと頭が痛い、で済ましていい話ではいだろう。


 それにくり返すが、魔王軍に敗れた部隊の構成員は、一人としてかんしていない。

 だからこれもつじつまの合わない話ではいのだが、つまりそういった天使たちは皆、殺されている。

 そう考えられているのだ。

 その事で、魔族の残虐性が再確認され、天使たちの怒りがつのらされ、その打倒への決意がより強く固められている、はずだった。

 殺されているはずの同胞が、実はほぼほぼ生かされているとなれば、そのいんしょうだって即然がらりと異なってくる。

 なのにこれでは、魔族側の利点が見当たらない。


 あるいは、敵であるこちら側の兵に対して、温情を掛けているとでも言うのだろうか。

 戦場にった天使軍の遺体には、一応のとむらいがされている事が多いわけだが、それが実は魔族によるものだった。

 そう仮定するなら確かに、このたびの魔王は平和主義者、とささやかれてもいるのだから、そんな事も無いではかろうとに落ちはする。

 落ちはするが、しかしそんな事を魔族が本当にているとしたなら、その理由がさっぱりわからなかった。


「何のためにそんな、大掛かりな事をしている? りょにするにしても、んまり大量すぎるだろう」


 いや。

 粗略てきとうに言ってはみたが、さすがにそれは考えづらい。


 りょとはいくさを有利に進めるために、敵に対して何らかの取引をち掛ける目的でもって確保するもの。

 なわちねらいとしては、より少ない負担で高い物を買う、というところとなる。

 であるなら当然、それなりに価値ある要人を確保できなければ、こうしょう材料としてはうまが薄い。

 くわえて、心身ともに元気な状態で生かしておかねば、かえって相手の気をさかでし、その士気を無用に高めてしまう。

 だから維持には相応の、手間と費用が掛かってくるのだ。


 それを末兵まで含めた部隊丸ごととなると、まあ数としてはぎもを抜くものにはなるが、しかしその個々では価値など無いに等しい。

 ならばと束ねてしまったら、束ねた分だけっくりまま、戦力を敵陣まで返却してしまう事になる。

 ゆいいつかしうるとすれば、敵方にも同規模の末兵りょが有り、これを等数交換できる場合だけだろう。

 そんなでは使いみちに困るし、こうりゅうながけばながくほど、食糧だって食いつぶされる。

 相手からすればそんなもの、自兵をやしなってくれてありがとう、とのてき待遇でしかない。

 それでは大損だ。

 無情ながら天使軍が、捕らえた魔族の多くをくびはねてしまうにも、その辺りに一応の名分がった。


 つまりは自動的に、りょとする以外のところに目的はる。

 そう判断せざるを得なくなるが、しかしそれが何なのかが皆目、思い当たらない。

 ほかにかたもなし、これについて私は、あまり現実的でない想像をつけてみたものである。


「魔術で洗脳して寝返らせて、天使軍へやいばでもけさせる気か?」


 そして、それに対して返ってきた答えが、こうだった。


「そんな魔術なんて無いですし、もし有ってもそんなことるつもり無いですよ」


「なら?」


「あ、ええと。それは……その、なんて言いますか……生き延びる。……いえ、言い訳。……って言うより、んん……」


 生き延びる?

 言い訳?


 それは、何の事か。

 つい今まで明朗に、こちらの質問へ回答していたはずの少女がどうしたことか、なにやら言い惑っている。


「うん?」


「……」


 いったん黙ると、また首をかしげて考え込むが、しばらくしてこんな事を言った。


「……ごめんなさい。まだ私の中で、言葉がまとまってなくって。ちょっと、言える段階にないです」


「そうか」


「そのうち説明しますけど、今はそうですね……私の世界征服は相手を極力殺さない事に意味がる、とだけ言っときますよ。そのためにはこうして、まとめて取り込んじゃうのがいちばん手っり早いんですよね」


「相手を極力、殺さない?」


 ねらいが読めない。

 いったい何のつもりだろうか。

 わからない事だらけである。


 ただ、わからない事だらけではあるが、わかる事もる。

 それはこの少女が、明らかに誠意を持ってこちらの質問に応対している、という事だ。

 少なくとも、最初にはっきり秘密にされた、私を客人としてあつかう理由をのぞいては、何らかのまかしが有るようには思えない。

 敵である私にそんな接し方をして、一体どんな得が有るのか。


 やはりねらいが読めない。

 それこそねずみざん式に増大していく疑問点を持て余していると、少女のほうも質問をしてきた。


「そういえばだれか、会いたい人物はいますか?」


「会いたい、人?」


「こちら側に敗れた部隊のなかでもし、貴女あなたが会いたい人がいたら、会わせてあげれますよ。もちろん戦闘で命を落としてなければ、ですけど」


「ふむ」


 基本、孤独の私だ。

 仲のよい知り合いなど、とんどないのだが……。


 それでも、強いて挙げろと言われたなら心当たりが、無いでもい。

 もっとも、その名前だけをこの場で出したところで、この少女にはわかるべくなど無いだろうが。

 そう思いつつも、まあとりあえず出してみる。


「そうだな。東部師団第いち連隊第さん大隊第中隊隊長、クカルオ。生きているのなら、会いたいものだが」


 しかし、私がそう言えば驚くことに、少女はこんな即答を返したのである。


「大丈夫です。ご存命ですよ」


「なに。大隊長くらいならともかく、中隊長の名前と消息まであくしているのか?」


「行けませんか?」


「いや、行けなくはないがしかし、敵のだぞ? あきれた記憶力だな」


「よく言われますけど、そんなものでしょうか? すべての記憶がつねに念頭にる、だなんて事はさすがに無いですけど、でも一度おぼえたはずの物を、言われてもおもい出せないくらい忘れちゃう、だなんて事だって、そうそう無いように思いますけど」


 不思議そうな表情を見せているあたり、本気でそう思っているようだ。

 私が問題にしたかったのは、どうしてそれをおぼえていれるのか、という所はもとより。

 なぜそれを記憶しようという判断にそもそも至ったのか、という所でもあったわけで。

 それで私が本当にあきれてしまっていると、当の問題少女は追加の回答をうながしてきた。


「他にまだいませんか?」


「あ、ああ。それと西のよん、ああ西部師団第よん大隊第中隊の、ええと第小隊、だったかな。それのリギシス、ならびにエテルマ」


「第いち中隊のですよね。両名ご健在です」


「いや。隊長ですらい隊員と、その隊番まで、ちいちおぼえているのか?」


「行けませんか?」


「……」


 何かを言ってやる気にもならなかった。


「その三人の他にはもう?」


「特には。ああいや、エテルマはやっぱりいい。名前を知っているだけで面識がるわけでもいし、無事ならそれで用は無い」


「そうですか。それじゃあそのうち、その二人を訪問しましょう。丁度リギシスのほうは、状況が気になってましたし」


「うん? 末端員のなにが気になっているんだ?」


「行ってみればわかりますよ」


「ふむ」


 何の事かはわからないが、しかしこれは一体、何なのだろうな。

 たとえば捕らえた部隊、その構成員すべてを余さず記憶せんとするなら、それはかぞえて何名の人物をおぼえこむになるか。


 通常、十名ほどの兵を寄せて小隊を組成し、これを小隊長が指揮。

 それがさらに十個集まって中隊が編成され、その十名の小隊長をかんかつするのが中隊長だ。

 これをまた十個そろえて大隊を構成し、そこにいる中隊長十名を大隊長が統率する。

 つまり大隊一個につき、隊長だけでもおよそ百十一名が存在する事になり、そこへ末端の隊員までを含めるならば、そのかずおおむね千を超えるのだ。

 もちろん、その厳密な数にはばらきが出るが、概数としては大きくらせず、この前後で収めるもの。

 なぜなら一個大隊はおよそ千、一個中隊はおよそ百というように、それらのことばが人数の単位として機能しているからだ。

 い換えるなら小隊長はじっしょう、中隊長ははくしょう、大隊長はせんしょうということ。

 理由なくここからいつだつすれば、無用に混乱を招いてしまう。


 細かい話をするなら、小隊をさらに割って班や組を分成したり、逆に複数の大隊を束ねて連隊や旅団を結成したりもする。

 だがまずは、この大隊を戦術単位、なわち一個の機能を持つ一個のこまとして、その複数を操作することで戦略を実施していくのが、師団というものだ。

 この師団には、戦略の規模や内容にもよるが、大まかに五から十、特に必要あらばもっと多数の、大隊がようされる事になる。

 そして現状、じつにこの一個師団に相当する数の天使たちが、ゆく不明となっている、との話だ。

 であるならば、その人数は果たして、何人にまで膨れあがるか。


 そんなもの、私はかぞえたくなどい。

 いやだ断わる。


 その総員の名のみをたださらうだけでも、常人にとっては無理が有ることのように思われた。

 なのに、個々の事情までをもしゅうしゅうできているとなると、本当に知りうるかぎりの事はすべて、細部に至るまで掌握できてしまっているのか。

 あるいは、それくらいってのける器でもなければ、目的として世界征服など、くわだててはれないのかもしれないが……。


「どうかしましたか?」


「いや、べつに」


「そうですか?」


 そんな感じの、特に意味も無いやり取りをしてみても、やはりそれが紛れる事は無かった。

 おそれたり感服したりする以前として、すら気味悪い感が、どうしても否めなかったのである。


 ひとかんぜんそうるが、はんしんかんぜんそんざいゆえに、かんぜんそんざいたいしんきんかん不覚おぼえない、とはうものの。

 この辺りが魔王の、魔王たる、ゆえ

 そういう事だろうか。

 そんな感じの、特に意味もない勘繰りをしてみるも、やはりそれが紛れる事は無かった。

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