9.目的・後 ゠ 捕虜と記憶の話
「ところで私の他にも、大勢ここにいると聞いたんだが」
いろいろ複雑な内心を紛らわす目的もあって、とりあえず別の話を出したが。
「あ、はい。撃破した天使軍の方たちは、
珍妙な言葉を、どうも
「あらかた?」
「
「待て。天使軍を丸ごと、取り込んでいると言うのか?」
「はい」
それは……確かに大所帯だ。
たとえば一個の大隊には、およそ千か、それ以上にのぼる天使が所属している。
無念ながらそれら大隊の、両手で
それらを
あまつさえ、それが
それにくり返すが、魔王軍に敗れた部隊の構成員は、一人として
だからこれも
そう考えられているのだ。
その事で、魔族の残虐性が再確認され、天使たちの怒りが
殺されているはずの同胞が、実は
なのにこれでは、魔族側の利点が見当たらない。
あるいは、敵であるこちら側の兵に対して、温情を掛けているとでも言うのだろうか。
戦場に
そう仮定するなら確かに、このたびの魔王は平和主義者、と
落ちはするが、しかしそんな事を魔族が本当に
「何のためにそんな、大掛かりな事をしている?
いや。
であるなら当然、それなりに価値ある要人を確保できなければ、
くわえて、心身ともに元気な状態で生かしておかねば、かえって相手の気を
だから維持には相応の、手間と費用が掛かってくるのだ。
それを末兵まで含めた部隊丸ごととなると、まあ数としては
ならばと束ねてしまったら、束ねた分だけ
そんなでは使い
相手からすればそんなもの、自兵を
それでは大損だ。
無情ながら天使軍が、捕らえた魔族の多くを
つまりは自動的に、
そう判断せざるを得なくなるが、しかしそれが何なのかが皆目、思い当たらない。
ほかに
「魔術で洗脳して寝返らせて、天使軍へ
そして、それに対して返ってきた答えが、こうだった。
「そんな魔術なんて無いですし、もし有ってもそんなこと
「なら?」
「あ、ええと。それは……その、なんて言いますか……生き延びる。……いえ、言い訳。……って言うより、んん……」
生き延びる?
言い訳?
それは、何の事か。
つい今まで明朗に、こちらの質問へ回答していたはずの少女がどうしたことか、なにやら言い惑っている。
「うん?」
「……」
いったん黙ると、また首を
「……ごめんなさい。まだ私の中で、言葉が
「そうか」
「そのうち説明しますけど、今はそうですね……私の世界征服は相手を極力殺さない事に意味が
「相手を極力、殺さない?」
いったい何のつもりだろうか。
ただ、
それはこの少女が、明らかに誠意を持ってこちらの質問に応対している、という事だ。
少なくとも、最初にはっきり秘密にされた、私を客人としてあつかう理由をのぞいては、何らかの
敵である私にそんな接し方をして、一体どんな得が有るのか。
やはり
それこそ
「そういえば
「会いたい、人?」
「こちら側に敗れた部隊のなかでもし、
「ふむ」
基本、孤独の私だ。
仲のよい知り合いなど、
それでも、強いて挙げろと言われたなら心当たりが、無いでも
もっとも、その名前だけをこの場で出したところで、この少女には
そう思いつつも、まあとりあえず出してみる。
「そうだな。東部師団第
しかし、私がそう言えば驚くことに、少女はこんな即答を返したのである。
「大丈夫です。ご存命ですよ」
「なに。大隊長くらいならともかく、中隊長の名前と消息まで
「行けませんか?」
「いや、行けなくはないがしかし、敵のだぞ?
「よく言われますけど、そんなものでしょうか?
不思議そうな表情を見せているあたり、本気でそう思っているようだ。
私が問題にしたかったのは、どうしてそれを
なぜそれを記憶しようという判断にそもそも至ったのか、という所でもあったわけで。
それで私が本当に
「他にまだいませんか?」
「あ、ああ。それと西の
「第
「いや。隊長ですら
「行けませんか?」
「……」
何かを言ってやる気にもならなかった。
「その三人の他にはもう?」
「特には。ああいや、エテルマはやっぱりいい。名前を知っているだけで面識が
「そうですか。それじゃあそのうち、その二人を訪問しましょう。丁度リギシスのほうは、状況が気になってましたし」
「うん? 末端員のなにが気になっているんだ?」
「行ってみれば
「ふむ」
何の事かは
たとえば捕らえた部隊、その構成員
通常、十名ほどの兵を寄せて小隊を組成し、これを小隊長が指揮。
それがさらに十個集まって中隊が編成され、その十名の小隊長を
これをまた十個
つまり大隊一個につき、隊長だけでもおよそ百十一名が存在する事になり、そこへ末端の隊員までを含めるならば、その
もちろん、その厳密な数には
なぜなら一個大隊はおよそ千、一個中隊はおよそ百というように、それらの
理由なくここから
細かい話をするなら、小隊をさらに割って班や組を分成したり、逆に複数の大隊を束ねて連隊や旅団を結成したりもする。
だがまずは、この大隊を戦術単位、
この師団には、戦略の規模や内容にもよるが、大まかに五から十、特に必要あらばもっと多数の、大隊が
そして現状、じつにこの一個師団に相当する数の天使たちが、
であるならば、その人数は果たして、何人にまで膨れあがるか。
そんなもの、私は
その総員の名のみをただ
なのに、個々の事情までをも
あるいは、それくらい
「どうかしましたか?」
「いや、べつに」
「そうですか?」
そんな感じの、特に意味も無いやり取りをしてみても、やはりそれが紛れる事は無かった。
この辺りが魔王の、魔王たる、
そういう事だろうか。
そんな感じの、特に意味もない勘繰りをしてみるも、やはりそれが紛れる事は無かった。
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