3.休息・中 ゠ 平等と公平の話

 みんなで笑える世界。


 まあもともとが、その実力にもかかわらずったったを基本きらう、そんな性分のアンディレアだ。

 そんな彼女がいま口にした、これがまた私のくろれきだったりしたものだから、苦笑するしか無かった。

 苦し紛れに、言い訳ましいべんかいをする。


いや、私はだから、そんな夢想も口にはした。しかしそれは土台、実現不可能な話だったんだ」


「え、不可能。難しい、とかじゃくて?」


「つまりな。笑えるというのはもちろん、幸せでれるという意味で言ったものなんだが」


「でしょうね」


「人は現状に対して、納得を得れたときにいと感じるし、得れないときにいやだと感じるものだろう。そういうこうが幸福感に直結するわけだから、人の幸不幸は置かれた状況に対する納得の有無によって左右される、と言えるはずだな」


「うーんつまり、ひとなっとくめにきてる、って事かしら」


「ああ。それでその納得を、現実が自身の価値観と一致することで得れるんだったら、その価値観を自由に発揮できることが幸福の必要条件、というわけだ」


「なら、えっと……みんなで笑える世界を目指すなら、まずその自由を約束する?」


「そうなる。そして万人に対して自由を保証するには、のおのがの自由を侵害しないことを保障する、と。まあここまでは、割と簡単なんだがなあ。その後がな」


わからないの? 何かしら指針になる物、有りそうなものだけど」


「ああ。具体的にその、の自由を保証するに最低限必要な、越えてはいけない線をどこに引くか、ってところだ」


「越えちゃいけない、線」


ざ、そう考えてみるとな。その答えが一向に見つからないんだ。あるだれかにとっては極論、特定の人物や機関に隷属する事こそが、幸せであるかもしれないだろう」


「あー。そういう人もいるかもだけど、普通はそのぎゃくよね」


「そうだな。しかしそのだれかにとってはしろ、首輪を付けてもらうことこそが自由の保障で、鎖から解き放たれることこそが自由の侵害、という事になってしまう。つまり拘束されないとか制限されないとか、そういう事を自由とうのでなくて、ぶんへのせいやくきなようげんきることそがゆう、って事になる」


「って言っても、好きなように、を基準にしちゃったら境界線引くなんて、無理ねえ。ひとかしづかせてえらっていたい、なんて奴も当たり前にいるんだし」


「ああ。そういう願望は当然、他の大多数の自由と衝突する。つまり、好きときらいの二元両極あるものが、納得の要素になっているわけだな。だから一定の線をひけばかならず、幸せな者と不幸な者の両方を生んでしまう」


「あちらを立てればこちらが立たず、か」


「そうだな。かと言って、それを平らにならそうとすれば支配禁止、ともなって隷属禁止と、個々の納得できる要素をりごりけづっていく事になるからな。そんなでは最終的に、なんの納得も望めない反理想郷を実現してしまう。とまあそんな感じで、完全にびょうどうあつかいをくと、いっさいこうふく不遂望のぞめなるわけだ」


「あーうん、そうねえ。平等じゃなくて公平じゃないと拙為だめ、って話はよく聞くわ」


「いや実は、その公平というやつも、たいがいよろしくくてだな」


「え、そうなの?」


「たとえば、たけに差のある者らがおなじ景色をながめたら、よりたけの有るほうが、より遠くを望めるはずだろう。これに、らかじめ持てるものに不公平が有る、という話がよく出されるものなんだが」


「そうそう。目の高さがそろうように、見合った踏み台を持たせましょう、みたいなね。それがなにかまづいの?」


「そのやり方だとまず、未来の芽を摘んでしまうことに成りかねない」


「未来の芽?」


「ああ。高台がそもそも用意できるんだったら、たけに秀でた者に乗ってもらえば、もっと遠くまでとおせるに違いないわけだ。ひょっとしたらそれで、新たな発見につながるかもしれないだろう」


「あー。それはもったいないわねえ」


「だいいちそれは、秀でた者からしてみれば、劣った者にくらべて少なくしか、応援を受け取れない。それも、秀でたなら秀でただけ減じられて、序列が一定のいきを超えたとたん、負担一方に転じる。そういう、随分な理不尽なんだな。これでは全員が平等に恵まれるよりも、さらにひどい」


「それは……笑えないわねえ。きる人にだって、苦労が無いわけじゃいんだし」


「そうとも。なのにきて当たり前、孤立無援でがんれ、そしてたからせろ。そんな事は、さすがにんまりた。助け合いとは名ばかりで、手前が助ける一方ではないかと、そうへそを曲げられたらおしまいなやつだな」


「でも畸怪おかしいわね、公平ってそんな事になるのかしら? そんなかたよったものを、平らとはわないでしょうに」


「まあ違うな」


「あ、やっぱ違うんだ」


「要するにこれは、同一条件いつ処遇のこうへい不持もたざものほど被報むくわれじゃくしゃひいというものであって、公平とは別物なんだ。公平はしろ、同一条件同一処遇、が原則のはずだろう」


「そうよね。ちゃんと能力持ってて、それでちゃんと結果出せた人ほど、報われなきゃ不許だめなはずよね」


「そのはずだ。ところがそれに、額面どおりに沿ったとしたら、これがにもまづいんだ」


「そんなに?」


「相当拙為だめだな。ひょう一体に、奪う力を行使できたなら奪えて当然、生きる力を持たざる者は死して当然。そういうこくりんが、正当なものとして同時に成立してしまう事になる」


「あ、うーん、そうなるのか……」


「そうだろう。力ある者が奪えてさかえるのも、力なき者がられておとろえるのも、実際には自然そのものだからな。確かにそれで、順当ではあるわけだ」


「いや順当ったって、そんなのすがにちょっと、すさむでしょうよ確然ぜったい。なに、みんなしてこれが最極いちばんって言ってるのに、公平ぜんぜん拙為だめじゃない」


「そうなんだ。それで、公平はそんな物ではいと、もっと素晴らしい物のはずだと、よく反発されるんだがな。ではこれ以外の何だとき返せば、ろくな説明が返ってこない」


「うわぁ、あやふか」


「まあ、そんなものだ。認識的にはわっとしたもので、自分が何に賛同しているかもよくわかっていないらしい」


「はー。大勢で言ってることって、やっぱりみんな良い悪い抜きにして、乗せられちゃうのねえ」


かんなものだがなあ。それで自然そのもの、つまりせいぞんきょうそうひんげきめてしまものこうへい、という事になるんだがな。その自然のきびしさを何とかしよう、というのが元はと言えば、統治だったわけだな」


「あ、あーそっか。言われてみればそうだわね」


「ところが、そういった問題を軽減させようとしたら、さっき言った平等やら、負公平やらをち出すしか無い。とは言ってもそれはそれで、公平とは完全に正反対のやつだからな。そんなものを混在させてしまえばもう、何が何やらだ。らんこんとんきわまれり、だろう」


「滅茶苦茶な事になりそうね……。どれにもかたよっちゃったらまづいのね」


「そうさな、だったらかたよらせずに丁度いい具合で混ぜればいいと、そう気軽に言う者もいるわけだがなあ。そうは言っても具体的に、その基準線は結局どこなんだ、という問題がい変わらず残ってしまうんだな」


「あれ。それってもしかして、話がふり出しにもどるだけ?」


「もっと悪い。混ぜるという事は、それらの欠点を同時に抱え込む、という事だからな。平等はそもそも全員の敵で、公平は弱者の敵、負公平は強者の敵なわけだろう」


「あー……れぞれに反発する奴らが、定然ぜったいに出てくるわけね」


「そしてそれは、そのままめごとに発展する。だから築かれた体制なんか、片っ端から崩されていくわけだな。こんな難問、解ける奴なんかおそらく存在しないぞ」


「うわぁ……」


「要するに一律の基準は、かならだれかにとっての敵になる。均一は基準にできない、かと言って持てる能力も、報いるおうしゅうも、やはり基準にはできない。そういうかくいつ的なわくを定義しようとすると、定然ぜったいに失敗するんだ。つまり、しゅうだんすべまんぞくせるほうほうなんそんざい不然しない、というわけだな」


「えぇ……。そんなの、どうすりゃいいのよ」


「さて、な。手のとどく範囲のことを、自分なりのてんびんにかけて、とうか不当かと判断していく、くらいか。もちろんそんな主観基準だったらば、衝突なんかけようが無い。だったらやはり、みんなで笑っていれる方法なんかも、もそも存在しやしないわけだ」


「だからつまり、実現不可能、か……」


「ああ。るとしたなら、そうろうとする不断の努力だけ、だろうな。まあ、いろいろ考えはしたが結局のところ、そんな答えしか、残らなかったんだ」


「そうなんだ、ね……」


 残念ではあるが、これを認めないことには、いつまでっても話が次へ進まない。

 世には、ある一定の考えかたを善しとた、統一宗教というものも有る。

 しかしこの結論に基づくかぎり、その教えは原点からしてすでにたんしている、と言えた。

 実際、すべてそのもとに治められるべしと、善意による侵害をしもする。

 複数間での、対立を絶てていない時点でもう詭怪おかしいはずの絶対主義とやらを、譲らぬあまりにいたづらな衝突を招きもする。

 宗教とはかならずしも悪いものではい、との主張はまにみられるが、何かを認めないとはあつれきを起こすこと。

 だからそれが、世の全てを許容するようなふところぶかい教義であったりしないかぎり、およそわるい事にしか成らないわけだ。


 どんな事であれ、これをれば大丈夫、などという手法は存在しない。

 何も考えないからが一定数いるから、一律の基準も有ったほうがよいのだが、それでもそのへいがいは、どうしても出てきてしまう。

 衝突は根絶できないのだ。

 きっと世の施政者たる者たちは、そんな事にはうに気づいているのだろう。

 その上でなお、各所よりあれこれ不満をつけられようとも、折れず施策をしゅくしゅくと、遂行しつづけれる姿はそれだけで、っそ立派とわれるべきではないか。

 もしも自分が同じ立場に立ったらと、そう想像したらばもうそれだけで、ひどい頭痛にみまわれようものだ。


 対し、つまり私はだから、その結論へいたるまでに、だいぶ時間を費やしてしまった。

 それまでは考えなしに、みんなで笑える世界を目指そう、などとたいげんをふりいてしまってもいた。

 周囲にはみだりに期待をさせてしまっただろうし、それはきっとアンディレアもそうだろう。

 いま特に、彼女に落胆したような様子はみられなかったが、その内心まではどうだろうか。


 それは考えてもわからず、だからあえて気にはせず、私は言葉を続けた。


「私が当座いまろうとしているのは別の事だ。つまり、現今いま起こっている争いを、どうにかしたい。もちろんそれには、っててなければならない物がたくさん有る。しかしもう、犠牲をおそれることが許される状況ではい、と私は思うんだ」


「うん……それは、どうにかしなきゃだね。私にそれを、手伝うだけの力があれば、よかったんだけど」


「君は、特別遊撃隊の所属ではいんだ。むしろ、えある中央師団の第いち連隊、第いち大隊のいちばんやいばだ。能力とかではしに、動かないほうがいいだろう」


「まえ、遊撃隊じゃかったあなたは、動いたじゃないの」


「それは、そうだが。しかしそれでは、君も私と同じように」


「あなたがるもの。今ならね」


「……」


 その即答に、私はやや、絶句させられてしまった。


「あなたに同性愛を感じてないっていうのは、すこしうそ。もちろん、色情的な部分は抜きにしてよ? あ、それともそういう部分もったほうが、よかったのかしら」


「私にそんな趣味は無いよ」


「私もよ。それでも……私は、あなたを愛しています。だから、危ないことはないでっていうのは、危ないことにいくんだから言えないけど、それでもねえスィーエ、とか。したりしないでね? もし、もし死んじゃったりなんかしたら私、あなた飽迄ぜったいゆるさないんだから。須的ぜったいよ?」


 そんな言葉を、悩ましげに送ってくるアンディレアのふんこそ、まさしく愛する者へ心尽くす女そのもの、としかいようがないていだった。


 ──ふっ。


 私はそれにどうしてか、あるしゅをされているような気にさせられて、すこし失笑してしまう。


「ありがとう」


 どうにか礼のことばだけは返したものの、どう受け取られたかは想像するまでも無い。

 一応のめは受けてしまった。


「本当に有りがたいって思ってる?」


「ああ、すまない」


「……もう」


 そう漏らしたアンディレアは、寝台から立ち上がり。

 そばの台に置いてあった、水差しより水をすこしみては、げんそうな顔を作りつつ。

 その器に指を突っ込み、私の顔へむけてっとねる。


「うりゃ」


 ──ピチ。


 きの冷たさを頬に感じて、私は相好を崩すしか無かった。


「ああ、分かったわかった。すまなかった」


「ふんだ」


 まあそれで満足したらしい。

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