3.休息 ゠ 平等が失策なら公平こそ妙策か

3.休息・前 ゠ 天界と天使の話

 押していた。


 この戦局はもはや、どう転んでもこちらの物だった。

 だからこいつもいい加減、戦意そうしつということをてくれればよかったのに。


「はっ!」


 ──あつ


「みゃひんっ!」


 短い悲鳴ががり、それで相手はおそらく絶命した。

 ……精神的に。


「痛いよスィーエ! もっと優しく……」


 寝台にうつぶしているアンディレアが、そんな恨めしげな声でうったえてくるが、からだほぐしてくれと私へ頼ってきたのは彼女のほうだ。

 やめてやるつもりなど毛頭なかった。


なまりすぎだぞアンディレア。どうしてあの程度でここまで凝るんだ?」


「スィーエのほうが畸怪おかしいの! なんであれだけ働いてそんな元気なのよ!」


「知るか。せいっ!」


「うにゃふぅっ!」


 そうやって私がアンディレアのかんを圧すれば、もうまさにられも無いとしかいようのない、そんな悲鳴を彼女はげる。


 こいつは本当に、私より年上なのだろうか。

 というか、もういい加減その種類の悲鳴はやめてくれ。

 へんことをしている気分になってしまうだろうが。


「もうあなた何なのよ! もとくちもと笑ってるでしょそれ!」


「何とは何だ、私は笑ってなどいない」


 ──ふはっ。


 ああいやいや、今のはただ息をいただけだ。

 笑いが漏れたようなのとはっきり、異なるものだからな。

 何でもない、何でもないのだ。


「笑ってる! 確然ぜったい笑ってるってば!」


「そやっ!」


「むぎゃぴいいぃぃいっ!」


 ──ぢたばたヂタバタ。


 もうそれは、ひっくり返されたかめというか、はねつままれた羽虫というか。


 いや、いや。

 私はけっして、笑ってなどいないからな。

 べつに。

 本当に。


「はいわりだ、お疲れ様」


「はううぅぅう……」


 解放してやるが、アンディレアは微動きないらしい。

 そんな彼女はさていて、私はへやの窓を明かす。


 季節は夏であり、閉じきっていればへやの中のほうが暑くなるもので、窓からそよぎこむ風はかなり、すずしいものに感じられた。

 窓のそとには平素いつもと変わらず、のどかな景色が広がっている。

 その風景も、しつらえられているのはどうせ質が悪くて透度も低い、ひづみだらけのがらすの窓だ。

 明かしておくことがきるのなら、明かしておいたほうが良い感じにながめれるに決まっていた。


 ここは、天界。


 完全な裁量行動の私だけは例外として、天使軍には部隊ごとにある程度の休暇が与えられており、その際にはこうしてここへ帰ってくる。

 ただ本来的に、都度つど本拠へかんするとは、多大な労力を要するもの。

 ふつうに移動をするならば、それだけでくたれ果ててしまうから、そんな事なら戦地にとどまったほうが良いはずだった。


 ところが天界と人界とは、門とよばれるものでつながっている。

 これは天界のある一点と、人界のある一点を結ぶものだが、もともと自然に存在していて、新たしく自分たちで設置できたりする代物ではい。

 それでも割とあちこちに点在しており、天使であれば比較的易しく、行き来することがきた。


 アンディレアもさきのあの戦役をえて今、この休暇に帰郷している。

 そしてこのように、めて存分にはねを伸ばしている、というわけだ。


 ……いや別に、だからそのはねを、私はつまんでなどいないのだ。

 違うからな。


 なお、私もここに居合わせている事については、ただのそのおまけだ。

 同郷だからまあついに、というかこつけもある。

 ただ私の場合、掛け値なしの裁量制であるだけに、自主的に休暇をとらねば休息が永遠に得れない、という事情もあった。

 そういった事を指示する者どころか、めてくれる者もしかってくれる者も基本、私には存在しない。


 まあ私のそんな身分をねたんで、陰口をささやいたりする者くらいには、心当たりがった。

 アンディレア以外の行きあう天使をゆびさせば、大体それである。

 彼女が私にきっりになりがちなのもかしたら、そのあたりがおもんぱかられてのことなのかもしれない。


 もっとも、またま私がその陰口の場にわしたとして、その場にいた者はこへこ取りつくろってかしたり、妙によなよおびえてあやまったり、どういうわけかすむすふんがいして立ち去ったり。

 といった感じだから、陰口の何がそんなにおもしろいのか、ちょっとよく理解できない。

 私とて、だれかれかみつく狂犬であるわけでもし、言いたいことがるのなら遠慮などせずに、直接文句もらえたほうがお互いっきりできると思うのだが。

 そうともなく、どころかそんなふうに笑顔もせてしまうのだったら、なにかほかの楽しいことでもていればいいだろうに。

 そんな感じにはねづね思う、というか相手らへも実際に、伝えたりもしているのだが。

 しかし聞き届けては、もらえない。

 まあ……それくらいには私には、人望が無いのだろう。


 そう考えればアンディレアのこれは、まこと有りがたい心配りである。

 こうしてざわざ私にもてあそ……げふんげふん、あんを受けにくるのもその口実、とも解釈できた。

 たれば、もうこれは返せる物も無い、と言っていい。


 窓からの風により、そのアンディレアも安らいだようだが、しかし彼女にそのあんというものをほどこすのは、これが初めてではい。

 私を頼るからには結局こうなると、らかじめわかるはずなのにも、後になってあれこれ苦情を寄せるのはどういう了見か。

 よくわからないが、そんな彼女はこんなことをつり漏らした。


「んー……なんで、こんななんだろうね」 


「うん?」


「いやだって、私たち神様の召使いなら、こーんな人族っぽく造らなくたっていいじゃない」


「まあそれは、そうだろうけどな」


 そう、これはアンディレアの言うとおりだ。


 天使の肉体は実のところ、理力をあつかうことがきるという以外、人族のそれとどこにも違いがみられない。

 見た目だけでくこのように疲労もすれば、ふつうにをして血を流しも痛みを感じもするし、やまいにだってかかるし最悪死ぬ。

 それどころか、寿命だって有れば老いだってするし、ごく当たり前に動植物を殺して食事もすれば、性交を経て子もす。


 くわえて、こうして窓のそとに広がる風景。

 夏のおとずれにこゆさを増した木々の緑、風に乗ってつたわるくさいきれのかおり、白雲のうかぶ高きあおぞら、遠くにのぞむ山々、せせながるる川。

 見て取れるこの天界の景色すら、人界のそれとまるで代わり映えが無い。


 こうなるともはや、ふつうに存在している普通の世界をりたてて、それに天界との名称をりつけて。

 そこでふつうに存在していた普通の生物をりたてて、それに天使との名称をりつけた、だけではないのか。

 そう勘繰りたくもなるがしかし、そう言いきってしまうには理力というものの存在が、じゃをしていた。


 よくわからない。

 だから、考えないことにしている。


「私の意見を言えば、だ。我々は天使。それでいいではないか。何でるかよりも、何をるか。そちらのほうが大事だ。そう思わないか?」


「うーんまあ、そうなんだけどね」


 うやっと、寝台から起きあがろうとこころみた彼女は、ふとたづねてくる。


「えっと……やっぱり、行くの?」


「行くべきだろう。止めるか?」


「……」


 アンディレアはすこし、言葉をためらった。


「あなたが決めた事なら、私に止める権利は、無い……と思う」


「権利とか。こういった場合にそういった言葉はあまり、好きではいな」


「ん。じゃあ、別の言葉。私はあなたが、心配です」


「そうか」


「前に言った、あなたに何かを変えてほしいっていうのと、矛盾するようだけどさ……。本心を言えば、止めたい。あなたがどうかなっちゃったら、それ以前の話だもの」


「……。ありがとう」


「本当に有りがたいって思ってる?」


「ああ、すまない」


 ──はあ。


 ここですこし息漏らす、アンディレア。

 私は過去これまでに、っとずっと同じ返事をくり返してきたから、さすがにもうあきれられただろうか。

 そんなことを私は思ったが、つづく彼女の言葉はこうだった。


「んー、いえねスィーエ。私が何言ってもきっとあなた行っちゃうから、だから私の言葉ってただの……余計なおなのかなー、って」


「ふむ。まあ正直、お節介と思うことも無いではいが」


「言ったわね」


「ああ、すまない。だからこそ逆に、有りがたいとも思うけれどな」


「ううん、そんなのいいけどさ。私が勝手に心配してる、だけだし」


「そうか?」


「ただあの……前からあなたが言ってた、みんなで笑える世界の、話? 実現できればそれはとっても善い事だけど、その手段としてはちょっと逆っていうか……不本意、なんじゃないのかな、って」


「……」

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