2.憂鬱・後 ゠ 戦乱と不徳の話

 ──パーンパラッパーパッパッパー……、パーンパラッパーパッパッパー……。


 それでしばらく、アンディレアと私の会話は途切れるが、やはり戦場という物はそれなりに広い。

 だから、場の総員へ指示をしようときには、大音量を出すことのきる道具がばしば用いられ、特にらっなどはその代表だ。

 ふたりの沈黙より、かなりってから聴こえてきたごうてきは、てっしゅうの合図をかなでていた。


 そう。

 私たちは現今いま、戦乱の世に置かれている。

 とはいえ天使側も、かたなしに応戦しているだけであって、好んで攻撃をけているわけではい。

 その天使側へ、いては神族というものに対して、やいばけるようなやからと言えばもはや、一種類くらいしか存在しないだろう。


 その軍勢は、魔族のそれである。


 彼らはある日突然、宣戦布告すら無しに、人界への侵攻を開始したのだ。

 人族の守護者を自負する天使としては、これをいやおうなしに、相手せざるを得なくなったのである。


 神魔戦争。


 これは、そんな名の戦乱だ。

 まあ事後ならともかく、事中に名称などまるで有意ではいが。


 魔族らをひきいるのは当然、魔王とよばれる者。

 いちおう、……はて?

 何だったか。


「キュ……キュー、ラ……」


「ん?」


「キュラー、トス、ネイツット……うん?」


 荷をまとめる作業をしつつ、うろおぼえのその名をなんとなく声に出してみようとするが、かなか出てこない。

 しかしそれを聴いただけで、私を手伝ってくれていたアンディレアは察し、正解を口にした。


「キュラトーゼレネンティエーツェ?」


「ああ、それだ。そうだった」


おぼえにくいものねえ。なんでこんな名前なのかしら」


「さてな。妙に長いし、意味も読み解けないし、混成語か何かだろうか」


「かもね。前はもうちょっと、短くわれてたみたいよ? ただ単に、んまり長いから略されちゃっただけかもだけど」


「ふむ」


 ちなみに私のスィーエはらん、アンディレアは演舞という意味であるが、魔王には魔王でそんな、なぞの名が有るようではある。

 しかしそれが、長っらしいという理由もるのだろう。

 皆、魔王としか呼ばない。

 そのせいか、私もおぼろとなってしまっていたが、折角こうやっておもい出させてくれたのだ。

 キュラトーゼレネンティエーツェ、キュラトーゼレネンティエーツェ。

 うむ、めゆめ忘れぬようにしよう。


 魔族、そして魔王。

 彼らは歴史上、びたび現れては暴虐のかぎりを尽くし、人族たちをおびやかした。

 天使は人族とけったくし、都度これをしり退けてきたが、それでも長らくとしつき経れば、また再び現れる。

 だから魔族らのちょうりょうするはもちろん、それらのばっしない平時においても、魔王の復活というのはおそれられてきたものだ。


 ただ、現在の魔王がいつごろに復活したかについては、っきりとしたところがわからない。

 その理由はいろいろとわれているが、今回の魔王はどういうわけか平和主義者なのであり、ゆえにその頭角をかなか現さなかったのだ、と。

 なかにはそんな説もあり、これには一定の状況証拠的なところも認められ、だから私もこれを支持している。


 神族、そして魔族。

 どうしてもれないこのふたつの勢力は、しかし当代に限ってはその唐突の開戦まで、これといって衝突をしてこなかったのである。

 一部の個体らが、ちいちさつを起こす事などはもちろん有ったが、それは全体抗争へとは発展しなかったのだ。

 両者とも、なんにせよ争いごとは無益。

 そんな、特に話し合いは持たなかったにしても共通の認識が、ったらしい。

 多少のそうこくが生じていたとしても、それを全面衝突にまではち込ませない努力をしろ、てきていたはずだった。


「平和主義の魔王、か。どんな奴なんだろうね。やっぱ、らしいやさおとことかかな」


「どうなんだろうな。なんなら君が、口説いてみるか?」


「そんなのあなたにお任せするわよ。前がどうだったにしてもねえ、戦争押っぱじめるような奴なんて私、趣味じゃいわ」


「おやおや可哀そうに、顔合わせの前にもう振られてしまったか」


 ふと、魔王も恋愛を、たりするものなのだろうか。

 アンディレアと交わした軽口のなか、そんなふうにいぶかしく思ったことなどはまあ別に、割とどうでもいい。


 もろくはあっただろうにしても、その平和をふみにじって進撃へと踏みきったのには、どのような心境の変化がったのか。

 それについては魔王本人が言及をしない以上、憶測くらいのことしか言えない。

 もそものところで、人族と天使とならばらず、その二者と魔族との間には、交流など無かった。

 だからその言動はおろか、人物像すら聞こえたりしてこないのも、かたのないところではある。

 だがいずれの理由にしろ、天使側にもだまって魔族の好き勝手を、許してやる義理は無い。

 そうして現今こんにちの戦乱へと、発展を遂げてしまった。


 くらい世となって、はや十余年。

 その戦局は、先手をとった魔王軍にやや押されている状況であるものの、どうあれ人族にはいい迷惑である。


 神属は魔界へ入れない。

 魔属は天界へ入れない。


 そんな事ももう常識ではあるが、であるならその戦場には人界をえらぶしか無く、結果として人族たちの住まう土地は、荒れに荒れた。

 いや、荒らされたのは土地だけではい。

 魔族が人族に対し、暴虐を働いているであろうことは、想像にかたくなかろう。

 しかし神族側も人族に対して、物資補給などの援助のほか、運搬や軍設建造などの労役。

 あるいは慰労のためのきょうおう

 果てには性的な歓待。

 そんな事までをもほうけんの名目で、要求していた。


 らっの合図をうけ、皆がてっしゅう作業に掛かってはいるが、こうして見えるの数々。

 具足や兵糧をはじとして、荷馬車や馬車馬、そのたんぎょしゅに至るまで、そのほとんどが人族たちの手によるものだった。


 私の視線を追ったアンディレアも、多色まじった嘆息を漏らす。


「うーん。あれはあれで感謝、なんだけどね」


「ああ。人族たちには、相当に無理が行っているはずだ」


「せっかくまもっても、それでつぶれちゃったらどうしようもないのよね」


「そうさなあ。どれくらいの者が、ちゃんと感謝をしているんだろうな」


「さあねえ」


 残念なことに、守護してやっているのだから当然。

 存分に尽くされて当たり前。

 そう考える天使は、間違っても少なくなかった。

 守護者ともろう者たちが、どうした了見でのか。

 そう叫びたいところではあるが、しかし結局は皆も、我が身が可愛いのだった。


 不当に因業に、だれかから何かをきあげる。

 そういった者たちがのさばるのが世の常というものではあるが、当然ながらそういう連中ほど、ろうせずじつをむさぼる連中ほどしょうもうなきままに太り、勢いを増すのが自明だ。

 そうやって力の増した豪族と敵対するよりは、多少の酸苦は飲み下してでも、手を取り合ったほうが得策。

 普通はどうしてもそう考えてしまうものだし、それは弱さで甘えだとめたてたところで、現状においてなにかきることが行きなり増えるわけでもい。

 だから、そんなじんの効果も期待できない指摘など無益でしかなく、だから彼らのそういう指針を無理に改めさせることもきないわけだ。


 そして、こういった場合にはほうぼうで、不平不満がさかんにささやかれるもの。

 同時にかならず、なにか行動を起こさなければ何も変わりはしない、そんな論調もまた登場を果たす。

 しかしそう主張する者から、では当該問題の改善のために、どう行動すべきか。

 そういう案が具体的に得られ、ないし実施されたためしはとんど無い、と言えた。


 かつ、現状を変えるつもりが無いなら文句を口にするな。

 そう皆へ注文をつけようなら、まずはその有りがたい注文の発注者から、自言実行がされるべきでは。

 そうさとされようものである。

 いずれか不服あらば、などどうしても漏れるものであり、これにただ黙れと言って寄越したところで、そう簡単に引っ込むものではいのだ。

 それどころか苦情の封殺とは、問題認識の封殺をも意味するもの。

 隠された不満になど対処のしようが無いのだから、より良い方向を目指さんとするならば、すべての声はあきらかになっていたほうが良いはず。

 文句とはたしかにみみざわりな物ではあるが、しかし大切な物なのだ。

 それに逆行するかたちでくさい物にふたなど、そんな事がよろしくないのは、考えるまでもない話でなかろうか。

 がためなんがためにもくさねばならないか、しかしそんな疑問への説明など、ろくにもたらされないことだろう。


 なんにせよ、長い物には巻かれろ。

 このことばには、一定の真理が存在するのだ。

 そして、どこかのだれかさんはその真理に乗じて、奪われるほうが悪いのだとでも言わんばかりに、今日も弱者から何かをきあげる。

 その彼らが白と言えば、それが黒い物であっても白いことになってしまうのが、強者の特権というもの。

 これに、初めのうちには違和感や反感を感じていたとしても、それに慣れればやがて、当たり前のことへと成り果てる。

 いったん出来上がってしまった、この構造を是正する、などといったわざだれの手にとっても、負えたものでは既にくなっているのだ。


 しき状態と言えた。

 果たして神族もまた人族に対し、暴虐なあつかいをしていないと言えるのか。


 何が問題かは、わかる。

 だが、それをどうすれば良いのかは、まったくわからない。


「さあ。帰ろっか」


「ああ。そうだな」


 ……天使のゆううつ


 それがやされる瞬間は、ついに無かった。

 そんな我々にいまきるのは、自分の巣へともどったあとに、戦いつかれたからだを心地よい寝台へと預け、どろおぼれるかのようにみんむさぼること。

 ただそれだけだった。


 そして、そんなでいちゅうにいる、私には。

 このさき待ち受けるのが、勝つか負けるかのどろいくさ物語、などではく。

 にべせんも、取りつく島もふたも救いもない、うつろな結末である事など……知れたよしも、無かった。

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