2.憂鬱・中 ゠ 軍隊と規則の話

 それはそれとして、私の剣が特別視されているのには、実を言うとさらにもう一つ、理由があった。

 それはまあ、自分で言うのもなんなのだが、私の剣はどうも非常に……有能? で、あるらしい。

 いや、疑問符がつくのはけんそんひけらかしなどではく、私の評価が自己によるものを含めて、あまりに混迷をきわめる事による。


 いくさとは単騎で行なうものではなく、統制のとれた組織による行動がもとめられるもの。

 そしてその規律を、しかし私はばしば破った。

 べつに軍規を、軽視しているつもりは無い。

 ただ、任務上の課題につき当たり、そしてそれは私が単独行動をすることで解決可能だと踏み、しかもそのような機会がびたび訪れたのだ。

 だから私は、それらを実行した。


 当然ながら、指揮官よりはきびしいしっせきいただくわけだが、私は十の規則を破れば十の課題を、解決してきている。

 そんな実績が出来てしまうと、やはりその腕前は惜しくなるらしい。

 けれどももちろん、そのまま放置をしてしまっては、他に規律をみだす者が現れないとも限らない。

 よって……。


「おらあ、早くしろお!」


「はいっ!」


 不意に何かが聴こえてきた。

 見ると、黄金の理力によるやりを振りまわし、周囲の者らにごうれいをする者がいる。

 どうやら集合が掛けられた模様だが、集まった人数からすればそれは小隊、黄金の彼はその隊長のようだ。


おせえんだよ! んんなだからどっかのだれかに手柄持ってかれんだよ!」


「はいっ、すみませんっ!」


「ったくくそどもが、んな遊んでるゆうあんだったらおれ様がんでやるっ! おめえからだ!」


「あわわ、はいいぃぃい!」


 ああ、可哀そうに。

 ろくに得物の準備もきていないうちから、隊長とおぼしき人物に襲い掛かられ。

 さっきまで決闘ごっに浮かれていた彼は、たすらあわっている。


 ──カシン! ギィン!


 そうやって、唐突にけいなど始まったわけだが、これにはアンディレアも失笑をもらし、私へ告げ口をした。


「あらあらうふふ。さすがは黄金きんの小隊長様、また言うことが違うわねえ。あの人こそ、戦いの前には楽勝だとかなんとか、ゆうぶっいてたわよ?」


「なるほど?」


 このアンディレアがうところの、また言うことが違うとは、その場によって言うことが変わる、と指摘するもの。

 それが状況に応じて、という事であればめるべき点となるはずだが、この場合は自分本位な動機に応じたもの。

 だからすがとは当然、きおろす意味いのものだ。


 数的に、軍のほとんどが末兵で構成されるゆえ、しょうかく人事とはあまりされないもの。

 そんななか、黄金の理力をもつ者らは、能力の比肩する他者にくらべて、出世の速度がたいがい高い。

 それが恨みねたみをむやみに買いあつめ、もつれの原因ともなっているが、ともあれ席の少ない大隊長以上は別として、中隊長くらいにならいすいのぼっていけるはず。

 なのにいまに小隊長程度でくすぶっているようなら、つまりその程度の人物なのだと。

 そういった事を、彼女は言っているわけだ。


 たしかに今は、戦いが終わって休息をるべきはずの時間。

 それを、手柄のがしたいらちだか何だかで、あのように部下のきにててしまう。

 そんなような人物ならば、もっと広範囲へ影響を及ぼすような役目を任せたりは、きないのかもしれない。

 能力のともなわないしょうしん、というやつがよく話題にのぼりはするが、一定の状況判断力なしには集団が、簡単にかいしてしまう。

 本当に無能な者は実際のところ、重役にけられはしないものだ。


 そも、軍勢というのは大規模であればあるほど、一丸と成ってということは無く、いくつかの師団や大隊、小班などの単位に分けられる。

 理由は単純で、指揮を簡略化するためだ。

 かずが集まるにつれ、個別に指示するには無理が出てくるもの。

 かといって全体をひとまとめにあつかってしまうと、どれだけ大人数がそろっていても、同時にひとつの事しかきない。

 そこでたいを、ある程度の単位のたいに分割し、その指揮系統を階層化する。

 そうして上官は下官たちへ命令をし、その下官は命令の達成に必要なことを考えて、さらにその下官たちへ命令をする。

 そういうかん構造の体制をっておけば、総大将およびすべての指揮官が、比較的単純な言葉による命令をごく少ないたいしょうへ下すだけで、課題に対して複雑かつじゅうなんな対応が可能になる。

 そういう寸法だ。


 ただし、そんな理想の組織が実際に運用されるには、指揮系統がきちりと機能すること。

 具体的には上意下達、なわち皆が確実に、命令どおりに動くことが最低条件になる。

 あわせ、その成立条件として下意上達、というものもまたひょう一体に存在した。

 これを達成できなければ、下層における問題の数々が、解決されずにるいせき

 構成員には不満ばかりがつのって、皆がそもそも命令どおりに動かなくなる、という事態にも至ってしまう。

 つまり、頭の考えるとおりに動かぬを脚の失格とうならば、配慮おこたり脚を壊してしまうも頭の失格、とえようもの。

 上役にけたからと言って、えらり好き勝手をていれる、と思ったら大間違いなのである。


 だからそういった事のために、上がままに下の動かぬを律し、下がままに上の動かぬを律するために、軍規というものは有る。

 要するに、成果だけはいくら挙がっていようとも、私のした行いは基本的にまづいものなのだ。


 もっとも、かんぜんそんざいひとごとじょうめもかんぜんもの不成ならざるを不得えない。

 にもかかわらず、それを完全なものとして無理に通用させるからこそ、看過されてしまう問題、というものがどうしても出てくる。

 規律をどこまでてっていするか、そのさじ加減はきわめて微妙なものだった。

 そして私の場合、建前をつくろうより実質問題を解決するほうが先だと、それをえらびつづけたわけだ。

 結果……。


「ん」


 ここで唐突に、自らの発現させたそらの剣を、こちらへ突き出してくるアンディレア。


「うん?」


「ほら、早くしなさいよ」


 ああ、うん。

 これはまあ、あれだ。

 そういうやつだ。


 私もまた、自分の発現させたきょうの剣をかざし、アンディレアのこれに交差させて。


 ──カィン。


 きょうそられたるが、がらすのそれに似た感じの、硬質で澄んだすずやかしいてる。


「不遇な隊長さんの尊き孤闘を、たたえて」


「いや。そういうあれは、おいただけたまえ」


「うふふ、あなたおかしいわよことば


らんがな」


 それでまにま笑った彼女は、どうもこういうのが好きらしい。

 べつに手数も無いし害も無いので、これが始まったなら私もき合うことにしているが。


 ……まあ、そういう事だ。

 私はだつらつの果てに、そんな部隊のうちの、ひとつ。


 構成員は一名だけ、その名も特別遊撃隊。


 どの連隊にも旅団にも属さない、存在目的も不明確。

 そんな部隊への配属を、受けることになった。

 格はがっても実質せんていのいいやっかい払いという意味いが、おおいにろう。

 いまさっき私が、あの彼らより目をそむけられたのも、んまり関わり合いにはなりたくない、との非常にわかりやすい一般的な反応なのだ。


 有りがたい事に、こんな私に味方してくれるような意見もる。

 まづいと承知のうえで、あえて行動に出てくれたからこそのいさおだと言うに、処罰などなものか。

 わからないでもない論だ。

 とはいえ、偉業を収めたから罰は無し、失態を犯したから賞は無し。

 そんな裁定をてしまっては、功労者にはどんな小悪もおとがめ無し、となって周囲に割をわせる事となり。

 また、不手際な者にはどんな努力もむだ、となってらくへ走らせる事となり。

 そうなるに決まっているわけだから、つまりしょうばつそうさい不可べからず。

 いかなる裁定でもそうで、、に尽きるのだ。


 ちなみに賞については一応、適切にほどこされたと言える。

 腐っても隊長は隊長であり、おかげで私は給金には困っていない。

 まあこの私に、財の貯め込むがきたとして、それで何になるかはまだ知らないでいるが。


 妙案を練ることのきる人材ならば、相応の位置の指揮官へと置けばよいのではないか。

 そんな身にあまる話も出ないではかったが、自分で動くのと人を動かすのとではまた、話が異なるだろう。

 自分には何がせるかがわかった、だから行動したというだけで、それ以上の規模での判断が、きたわけでもいのだ。

 責任を背負うも、なまの半可に務まることではかろうし、規律破りの常習、という事もある。

 残念ながら私はそんな器ではいと、ていちょうに辞退した。


 つまり私はだから、善かれとおもって行動したも確かではあるが、結果としてはこんなようなありさまへと、どうせ至るのが精々なのである。

 もったいのない事はているのかもしれないが、とにかくそんなわけで私はまず、孤独だ。


 ところがこのアンディレアという奴だけは、機会があればちょちょくと、自分の持ち場を離れてはこのように、私のそばへとってくる。

 何をそんなに気に入られたかはいまわからないが、その彼女はいま、こんな事を語った。


「ねえ、スィーエ。私ね」


「何だ?」


「あなたは、特別だって。思ってるの」


「ん?」


「あなたは現今いまを、変えてくれる。そんな人だと思ったんだ」


「また。かぶりすぎだろうそれは、いくらなんでも」


「でもね。その……きょう色の剣を、見た時さ。そう思ったんだ」


「それは、感傷だな」


「うんわかってる。だけれど……私たちだって、見たっていいんじゃ、ないかな? そんなささやかな、夢くらいはさ」


「まあ、皮肉なものだな。もともとが、我々はその、人に愛を伝えて夢を与えると。そういう立場のはずだったろうに、こんないくさなどなあ。夢も絲瓜へちまもない」


「知ってる。だから……こそ。ね?」


「……」


「武器にこんなこと、言っちゃ行けないのかもしれないけど……れいだな。あなたの剣」


「……」


「重荷? こんな感想」


「いや?」


「そう? よかった」


 そんなあんの言葉とは裏腹に、アンディレアの表情はどうにもものげだった。


 皆、わかっているはずなのだ。

 今の状態は、良くない。

 相手が何であれ、いくさ……そして命の奪い合い、なんてものは。


 我々は、愛とまことの伝道師たる……天使とよばれる存在、なのだから。

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