2.憂鬱 ゠ 名は体を表すか

2.憂鬱・前 ゠ 盟友と武器の話

 押していた。


 この戦局はもはや、どう転んでもこちらの物だった。

 だからこうもいい加減、戦意そうしつということをてくれればよかったのに。


「はっ!」


 ──ざん


「ぐぁっ!」


 短い悲鳴ががり、それで相手はおそらく絶命した。


 それでもなお、他が私へとかってくる。

 だから私はあのように、剣をふるわなければ、ならなかった……。


 ──ざわ、ざわわ。


 天高く、やすらかに風そよぐ、晴れの日。

 そのの光を浴びながら、その風のを聴きながら。

 そよかぜあおられるくさむらよりも、まだ静かに。

 いま眼前に、そっとうらほむらゆらくを。

 野石で組んだかまどなべが、それにめられるを。

 んやりながめ、時の無為にながるるを感じつつ、そうしてものおもいにふける私に、ふと声が掛かった。


「スィーエ。お疲れ」


「ん? ああ」


 火をいているそばへと寄ってきて、そう声をかけたのは例によって、どうりょう……とでもうのだろうか?

 いや、よわい的には先輩のはずなのだが、とにかく彼女はその名をアンディレアとい、妙に気が合う……とうより一方的に、ったりとっつかれている。

 見事な金の長髪と、かなかのぼう、そしていくさに鍛えられてはいても、やわみの損なわれていないたい

 ついでにおとこきのしそうな、甘ったるい声色までをも持ち合わせ、うなれば美女とよばれる存在だ。


 そんな彼女、私とつるみがちである一方、決まった相手は他にはおらず、だから私にではなく男にでも、言い寄ればいいのに。

 ねづねそう思うのだが、それを指摘したらなぜか、猛反発をらった。

 とは言っても、特に私への同性愛を抱えている、という事でもいらしく、よくわからない。

 おまけにその際、あなたこそ男に言い寄らないのかしら。

 そんな言葉が返ってきたから、今の私にそんなつもりは無い。

 そう述べるとどうしてか、失意とって差しつかえないくらいの勢いで、あきれられてしまった。

 やはり、よくわからない。


 野営……とは言ってもここでの戦いは、陣を張るをたずに開局してしまい、そしてその決着は今、ついてしまった。

 それでも、てっしゅう前に少しばかり休憩を、という事で各自このように、思い思いの過ごし方でその息を、ちつけているものであり。

 私としてはこのように、きなどもよおしていたものである。

 ここら一帯、たきぎに使えそうな物は落ちてはおらず、代わりにこうしていている酒精など貴重な物ではあるのだが、なにしろ事は済んだのだ。

 ちょっとばかりの浪費くらい、許されるだろう。


 すこし離れた場所へ目をやれば、同じように穏やかに、その身を休める者たちの姿がみられる。

 ほか、死ぬか生きるかの場にったはずなのに、元気あり余らせておのが得物を振りまわし、粧得まねれにきょうじる者らを目にすることもきた。

 うだ参った、何のき、などとせりいたりもみられ、かなかのけっぷり。

 良くうなら無邪気とも呼べる、そんな稚児こどものような連中のうち、約一名。

 こちらと目が合うや否や、まるでくじったとでも言わんばかりに、あわてて視線をらした。

 よく有る事ではある。


 そんな様子をやはりながめ、それに対しての若干のあきれも含みつつ、アンディレアは私をねぎらう。


「また今日もお手柄。あんなとこに伏兵とか、あなた常例いつもよく気づくわね」


またま、だ。飲むか?」


「あ、うん。要る」


 うなづいたアンディレア、私の荷袋から勝手に器を取り出すと、ずいとこちらへ寄せてくる。

 普段から合切を持ち歩いている私と違って、彼女はけいこう品をへ預けているもの。

 それもむなし、と言えばそうなのだがまあ、なんというか。


 近くの小川の水を火にかけてかし、とある名も知れぬ野草を煮出したそれは、私のお気に入りだ。

 鮮やかに紫色で目に楽しく、鼻のとおる良い香りがし、ほんのりさわやかな酸味のするそれは、砂糖を加える事でちょっとした至福が得れる飲み物となる。

 その野草も、普段であれば陰干しし、乾燥させてから煮出すが、今これはそこかしこ、景気よくい茂っていた。

 生のままのそれもしゅあふれて、かなかよろしい。


 細かい点を挙げるなら、このように川もり。

 ほか岩地やでいだってちらほらるが、基本ここは木々もきゅうこうばいもなく、押しべてわたしのよい草原である。

 見下すわけではいのだが、敵らの個々の戦闘力は客観的に、こちらと比べてそれほど高くない。

 よって、広範囲をこうとおせるような場で正面衝突するかぎり、こちらの負けはまず無いわけだ。

 だから敵は、およそ何らかの計をろうしてくるのが常であり、つまり考慮するべきはどこに、どのように伏兵やけを潜ませてくるか。

 ただその一点のみであって、そのつもりで注意を払っていれば、現実に選択がそう多数、有るわけでもし。

 発見もそう難しいわざでは、い。


 他のだれが見つけてもよかった。

 私が見つけたのはまたま、だ。


 そんな事を頭のなかで独りちつつ、煮出し湯を注いでやるとアンディレアはすすり、そして要求する。


「んー。もうちょっと砂糖」


「まだ足りないか? けっこう入れたぞ」


「入れるの」


 こうなると聞かない。

 かたないなと思いつつ、砂糖を追加してやるとその美顔は、なお一層に輝いた。

 安いな美顔。

 いや、砂糖も貴重品であるから安くはいか。


「しっかし、いっ変わらず紫だね。これ」


「まあな。ある日突然、青くなったりしたら気持ち悪いだろう?」


「……ねえ」


「うん?」


「見せて?」


「……」


 何を、とはき返すまでも無い。

 紫、との言葉が有ればそれで十分だった。

 私は剣を、取り出してみせる。


 いや。

 取り出す、という言葉はとうなのか、どうか。


「うん。……紫だね」


「そうだな」


 その剣は、何もない所から出し抜けに、音もなく現れた。


 詳しい仕組みはまったくわかっていないが、これは理力と呼ばれている。

 我々があつかう武器とは、理力を練ることによって発現した物なのだ。

 ただそれは、きちんとした物質ではいらしい。

 触れれば硬く手応えはあり、見た目としてはがらすのように、よく透き通り。

 威力をのせるにはやすく、振るうには軽く。

 意思によって形作り、また消し去ることがきた。


 ところでその得物は、たいがいがやりなぎなたげきほこ、あるいはぼうじょうなどのながものれる。

 ここからえる、やんちゃちゃける彼らのその手にも、そろってやりが握られていた。

 そこを剣というのは、珍しい部類なのである。

 となれば、理力をもとにした発現物というものは、作り出した者の手から離れた瞬間、消失してしまう。

 だから矢などの飛び道具には向かないが、それでも戦闘という場においては、より間合いの広いほうが優位なのだ。


 つまり武器とは、より有利に戦闘を運ぶための道具。

 なわち、相手の威力を自分へ届けさせないままに、自分の威力を相手にとどける機能。

 それこそが、有効射程の長さこそが、武器の強さというものの本質なのである。

 そして都合の良いことに、理力による発現物は重みがとんど感じられないわけだから、それは長ければ長いほど良い。

 もちろん、発現できる大きさにだって、限度は有るもの。

 ほか、てこの原理によって手元への反動が強まる、せまい場所で立ち回りづらくなる、そんな難点もある。

 ゆえにんまり長すぎるのも考え物ではあるが、いずれにしても剣を取るという事は、その有利を捨て去ってしまうにほかならない。


 くわえて剣最大の特徴である、やいばに真価を発揮させるには、一定の力の入れ方、当てる角度の付け方、といった技術がもとめられるもの。

 これが静物に対してはもちろん、動きまわる敵が相手であればおさら、効果的にすのはかなか難しかったりもした。

 つまり、あつかうに相当の熟練を要するもので、せっかくのやいばをうまく利かせれない者にとっては、ぼうじょうのほうがはるかに有用なのだ。

 無論、剣だってぼうじょうを兼ねる物であるから、鈍器として期待される一面も無いではい。

 それでも、重みなく形状自在な理力、これが存在する状況ではうまがさほど、無かった。


 だから、私のように剣とする者は、とんどないのだ。

 あえて選ぶとすれば、それは飽くまで趣味の範囲において。

 実戦で剣を取ろうという者の候補を挙げるなら、近辺では今ここに居る、アンディレアくらいのものだ。

 彼女や私がそうしているのも、純粋に好みというか、信条の問題。

 それだけでは困る事ももちろん有るから、彼女はなぎなた、私はやりに、一応の心得を置いてもいる。


 そんな感じで、私の剣は珍しいとれているのだが、理由はそれだけではかった。


「んー。やっぱり私だと、こうなのよねえ」


 これだ。


 理力の発現物はその色が、今こうやってアンディレアが発現させたそれのように、あおいのだ。

 むこうでちゃんばらをやっている彼らのやりもやはり、それである。

 厳密にはあおというよりそらいろで、総員均一でもなく、みどりかった物を発現させる者もたまにはいるが、それでも基本、そらいろだ。

 ただし例外としてごくまれに、あおみのっかり抜けきった、黄金色を発現させる者もいた。

 この色はり、ひかりを連想させるから大変もてはやされるもので、かつとりの順は不明なのだが、出せるのは高位の者にかたよっている。

 そのためこれは、血統のあかしともれていた。


 紫だけは、どこを探しても例を見ない。

 変わり種だ。

 聞くかぎり……史上初、らしい。

 どうしてそうなったのかはだれにもわからず、もちろん私にもわからない。

 そもそも、色になにか意味が有るのかどうかすら、不明だ。


 わからないことは無理に考えない。

 このアンディレアが金髪であり、この私がくりであるのと同じように、きっと理力の色も髪の色みたいな物なのだ、とでもておこう。


「ん? なあに?」


「いや」


「ふうん?」


 私がアンディレアの髪へ、なんの気なしに目をやったのが気になったようだが、たいした理由がるわけでもい。

 粗略てきとうな返事で相手をし、彼女もまたそのように受けた。

 まあ、そういった感じの間柄である。

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