1.無念・後 ゠ 刺客と無常の話

 いや、これは……。


「はっ! そあっ!」


「っ! だっ!」


 ──ギインッ! ガシンッ!


 左、右。

 振るわれるけんげきを、受け流す……が。


 嗚呼あゝ、こいつもか。


 こうってはなんだが、この相手のくり出してくる剣撃はたところ、悪い意味でお手本どおりのけんすぢ、と言えた。

 つまりは初級者向けのそれであり、やみくもに振り回しているわけではいものの、しかし振りかぶっての単純なざんげきに始終。

 どうどころか、突きも払いも無い。

 あるいはこの男、飽くまでもせっこうであるがゆえ、弓のほうが本職であったのか。

 それは知れないが、なんにしても基礎の成っていない、お粗末な剣としか評せなかった。


 そう。

 これを言うと本当になんなのだが、我々の敵は単体だと、どういうわけか弱いのだ。

 頼むから、めてあと二年くらいは修練に励んでから出てきてくれ。

 そうお願いしたくなるほどだ。

 それでいて、戦況としてはこちらのほうが逆に押されているのだから、例の策士とやらの手腕にはただただ、舌を巻くばかりである。


 ──ギリッ! ザッ!


 相手の男は、私よりも少しだけ小柄。

 しばし受け合わせたのち、技のみならず力でも退をとる、とたらしい。

 合わせていた剣をこちらへ目いっぱいしつけ、その反動で身を退くことで、私から距離を取ってみせた。

 自分よりも力で優越する相手の、すぐそばとどまるのは危険なこと。

 つまりこの男は、一定の正しい状況判断を下した、という事になる。

 剣の未熟を考慮した上ででも、より気をひき締めて掛からねばならない相手、と言えた。


 だから私は、油断をしない。


「やあっ! はあっ!」


「ぐっ! だあっ!」


 ──ギンッ! ガキンッ!


 もっとも双方の得物が剣である以上、互いに離れたままではらちが明かない。

 ならばと追い掛けるように私が踏み込めば、相手は私のくりだす剣を受けつ受けつ、りじりと沢をはずれ、ちのほうへと後退する形勢をとる。

 その表情としては、目も血走り、冷や汗もにじみと、まこと必死なものだった。


「……っくっ!」


 じゅうめきの漏れてくるあたり、もはや後が無い。

 そのようにうかがえる。


 だから私は、油断をしない。


 考えてみればいい。

 この腕前である。

 にもかかわらずなぜ、剣でもっていどむのか。

 そもそも馬を得ている。

 にもかかわらずなぜ、駆け去らずに私の相手などするのか。


 何のためにという目的としては、察しようが無い。

 ただ、どうするかという目標としては、私の足止めを確実なものとするか、亡き者とするか、もしくは捕らえるか。

 この三つくらいしか無いだろう。

 だとすれば、はて……。


 ──グッ。


「っう」


 拙了しまった。

 単純なけ。

 そこにいる草を縛り合わせただけの、足取りわな

 掛かってしまった。

 片足取られ、私は前へとのめる。

 とばかりに男の剣の振りかぶられるが、ったりとばかりに男の顔のよろこび勇むが、目に入った、気が……。


 ──ギイイィィインッ!


 ……何かる、そう念頭に無ければ、とても間に合ったものではかった。

 まごうことなき間一髪、私は剣をしまい、新たに出した盾でもって、この難をしのいだのである。

 相手の不意をこうと、周到に用意したわなに掛かってくれたにもかかわらず、こう自分の振りおろした剣が、まさか無効化されるとは。

 そんな表情が、男からはうかがえた。

 これは完全に、予想外の事であったようだ。


 ──ブンッ!


 ふたたび剣を出し、私がさかぎすれば、男は血相を変えつつ、すんでところを跳び退いた。

 私のほうでもすこし転がり、距離をとっては立ち上がる。


「うあっ、うああぁぁあっ!」


 策尽きたらしい。

 しゃ、沢のほうへと走り出す。

 よほどに慌てているのか、重そうな鉄の剣を、その手に握り締めたままだ。

 逃走するならそんな物は、投げ捨てたほうが速く走れるだろうに。

 そうは思うがしかし、ちのほうは草木も石も入り乱れ、走り抜けるに適していない。

 沢のほうがまだ走りやすいと、そちらへ向かうも道理ではあったが、慌てているにしては変なところで冷静さが残ったものだな。

 そう妙に感心もしつつ、徒手てぶらの私はすぐさま追い掛けた。


 ふたり沢に入り、その沢水はまた盛大に飛ばっ散る。

 男は一目散に、逃げる。

 少しずつ高くなっているきらく。

 私は追う。

 しに透かされたきが、見るも鮮やかなこうかんていする。

 男は必死になって、逃げる。

 ちをぬけて遠くから、鳥のさえづるが聴こえる。

 私は迫る。

 すこし風が吹き、木々の葉がられる。

 男は振り返りつつ、逃げる。

 大きな水音が近づいてくる。

 私はこの先に何がるのか知っている。


「どあっ!」


 そして男はここに何がるのか、知っていたか知らなかったかは知らないが、少なくともあくしてはいなかった。

 ちょうど間が悪く、というかせばいいのにかつにも、こちらをうかがいながら走っていたものだから、制動を掛けるのが間に合わなかったらしい。

 っという間、男はたきつぼの上より、らさがるおちいったのである。


 ──ギィイン……ガラァン……!


 下方からはその手に持たれていた、金属のうち鳴る音が響く。


 いや。

 ここへきてよいよ、判断力がせてしまったのかもしれない。

 そこは高さとしては、あるいはひるむ程度とも言えそうだが、とはいえ転落したとしても、そう致命的ではさそうな落差でもあったのだ。

 手を放して落ちていればよかったものを、男は必死になって、がけふちつかまってしまったのである。


「……」


 似たような光景だった。


 違いを言うならば、あれは場が滝でなく岩山のがけであり、らさがっているのは敵でなく私の仲間だった。

 よほどに慌てていたのか詳細はおぼろだが、私は多分その時、何かに手間取ってもたついたりしていたのだと思う。

 そのせいで、間に合わなかった。

 危機にひんしていたその仲間は、そのまま、つた。


 そんなことが有った。

 あの瞬間の光景は、目に焼きついたかのように、いつでもざまざとおもい出される。


 ……世は無念、る瀬なし。


 こんなときにはそんなことばが、私の頭にはよぎる。

 それでも、ふちらさがった相手を見下ろしている位置関係上、そのままくびをねらうは無理だ。

 だからこういった場合には、まず逃げられないよう岩につかまるその手の首をたいじゅうかけて踏みしめ、その手のつづく肩のつけ根あたりをつき刺し、そうやって相手を容易に動けなくさせてからとして、自分もその相手を踏み台にめがけ飛び降りてから、うやくくだの弱点にりつくのである。


 ──ザーザー。ザーザザー。


 すぐそばより水のそそぐ音が聴こえる。

 水は冷たい。

 みなべりの岩はこけしている。

 こけあおい。

 高くなったきらく。

 しは温かい。

 風が吹き、木々の葉がられる。

 風はすずしい。

 ちをぬけて遠くから、鳥のつく音が聴こえる。

 さびしい。


 人がてもなくても、おそらくそれらは変わらない。


 あなくもわび

 嗚呼あゝうつかた


 ……。


 こんな事をれるために、この男は生きてきたのだろうか。

 こんな事をるために、私は生きてきたのだろうか。


 そんな疑問の答えなど、見つかりっないのは最初からわかりきっている。

 にもかかわらず、くり返しその疑問を念じてしまうのは、それは私の甘さゆえかもしれない。

 しかしそれならば、私がこのことから得れる教訓は、皆無なのか。

 であるならば、私がこの手に掛けた彼らはやはり、無意味に命を奪われたに過ぎないとでも言うのか。


 結局答えは、見つからないのか。


 ……。


 よそう。

 考えすぎとは、私のよく言われる所だ。

 考えてもわからない事は、考えないようにしよう。

 結局私は、なのだから。

 少なくともこんな場で、こんな事をているくらいには。


らば」


 さあ、もどろう。

 もどった先こそ、どろいくさ物語という、現実とも思えない……現実と思いたくもない現実の、幕明けだ……。

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