12.研究 ゠ 物はどう扱うか

12.研究・前 ゠ 本棚と案件の話

「さて。こうしちゃあいれません、かたづけちゃいますよ」


 女侍従が執務室を後にしたのち、少女がそのように宣言したものである。


 取り乱れたことも有るし、今夜の執務は控えてもう休んではどうか。

 自分の用事のすんだ女侍従はしきりにそうすすめていたが、未処理の書類がそこに積まれている以上はそうも行かない。

 そう少女は、固持をした。

 ならばめて気分がしづまるようにと、茶の準備をするべく、女侍従はいったんこのへやを辞したのだ。

 まあ図ってか図らずか、少女の冗談半分だったであろう約束が果たされるわけである。


 それについて率直に疑問に思ったから、こんな事をいてみた。


「茶をここまで運ばせるというのなら、しょくもここへ運ばせたらいいのではないか? 忙しいのだろう?」


 その返事はこうである。


「食事は……食堂でするものですから。そうじゃあいと、まあ……食堂もむだになっちゃいますし」


「ふむ?」


 食堂がむだになろうがそんなもの、閉鎖でもすればいいだけの話だろうに。

 効率重視のこの少女にしては、なんだかっきりとしない回答ではあるが、さてきこの書類とやらがまた、あきれさせるものだった。


 まずこのへやだが、入口からて左一方へ奥まったような、横長のおおべや

 広さとしてはさっきの食堂を、三つ四つ抜きつないだくらいの面積が有る。

 しかし人は、少女と私の他にだれもいない。

 とは言えど、かの食堂のように何も置いていないような事は、さすがに無かった。


 その横手の奥まっている部分では、大きなしょだなの数々がっしり占領していて、書房のようなかたちとなっている。

 たなのなかには、厚さもそうていぐあいも多種多様な、書物がらりと敷き詰まっていた。

 どれくらいの書やらがぞうされているかはわからないが、見るかぎりでもひとつのしょだなに、百や二百は収められていそうな感触。

 これが柱に入り交じって、数十から並んでいるのだ。

 をしなくとも、万の冊くらいには届いてしまうかもしれない。


 ただ、現状においては多くの者が、学も識字も薄いもの。

 執筆をきる者も、考えうる提題も、数がそれなりに限定されるはずだ。

 であればここまで、多数の書物がそもそも存在できたものか。

 そんな疑問もまあ感じなくもいが、こうやって実際に並んでしまっているのだから、もうどうしようも無い。


 そことはって変わって、へやの入口きんはいくらかの空間というか、作業場のようになっていた。

 二つくらいの簡易でやや大きめの机と、それを取り囲むいくつかの簡易なが、そこに置かれ。

 そのじょうにはひろげられた地図、留め書き用の筆記用具。

 それからしょくだいとともに、なにやら香台のような物まで置きかれている。

 どれもが飾り気ひとつ無い、実用的な物ばかりだ。


 今は夜だから、しょくだいあかしで用足しするしか無いが、作業場のあたりの壁には例によって、窓が大きく張りついていた。

 昼間にはだいぶ、明るい事になるだろう。

 逆に、書房のほうでは窓の数がかなり控えられ、それはおそらく書物のせを抑えるためと思われる。


 それでその肝心の、あきれさせる書類なのだが。

 作業場には加えてもうひとつ、入口正面の奥寄りにも机が置かれている。

 そちらが魔王の執務机なのだろうが、そこには書類とおぼしき紙、紙、紙。

 これが少女の言葉のとおり、山と積まれていたのである。

 三百部もるのだかどうなのだか、ちょっと本当にあきれるしか無い。

 まさか今夜中に、これの処理を済まそうとでも言うのか。


 どうでもいい感想を漏らすなら、こうやって書類に埋もれ、ちょなんと机に収まる少女の姿。

 これが書院の司書のようにも、見えなくはい。

 かしたらその司書りに、少女がここにる蔵書全部とその中身も本当に記憶していそうで、怖いものがった。

 だがもっと怖いのは、ここであつかわれているのがおそらく一般図書なんかではい、というその一点である。


「念のため、もういちどくが、な」


「大丈夫です、見てて構いません……っていうよりぜひ、見ててください。あ、そこのをひとつ、貴女あなたが座る用に運んできてくれますか」


「分かった」


 さすがにあれだけ同様の質問をくり返せば、皆まで聞かなくとも何のことかわかるらしい。

 私も観念することにした。


 ──ガタリ。


 少女が執務机の席についている、そのすぐ隣へをはこんで私もちつくと、少女はすでに自分の仕事をさっと開始していた。


「いや、魔王」


「はい?」


「そこでいているのは何の香だ?」


 こちらは念のためとうより、単に気になった。

 魔王本人が居合わせているのだし、ここへきて畸怪おかしな代物がかれているはずも、まあ無かろう。

 ただ、香にりがちの甘ったるいようなにおいもしなければ、けぶったようなにおいもしない。

 こう紙だらけなら、紙のにおいをどうしても連想してしまうが、それに代わってどこかがすがしい、気のちつく香りがへやを満たしていた。


いとすぎです。こんな作業をするときには、あまあ良い感じのにおいだと思いませんか?」


「いとすぎ? すぎなのか」


「強いて分類すれば、ひのきですね」


 言われて、確かにそんな感じのするにおいだと気づく。


「そんなものが、香に成るんだな」


においのする植物は大体、香に出来ますよ。ちなみにへやを使ってないときにはまに、龍脳って木の香をきます。においとしては私の好みじゃあいんですけど、虫干しになるんですよ」


「ほう」


 そこでいったん会話が途切れるも、少女はふつうに書類をさばいていた。

 もっとも作業としては、そこにつづられた文章に目を通し、にんまたはきゃく、いずれかの判をすだけらしい。

 無論、必要なちゅうしゃくなど書き込みも、新たな指示書などしたためもするし、判断のためには頭脳だって回転させるわけだ。

 単純とはいえ、けっして簡単ではり得ないにしても、しかし基本は判突きだった。


 ただ普通ならほかに、要評議、といった判も必要かと思われる。

 しかしどうやら、ここでは独裁のていいているようだ。

 まあ私がそこへ口をはさむ理由は無いし、これまでも独りで裁いてきたのだろうから、べつにそれで構わないのだろう。

 では一体、どんな事を裁いているのか。

 その表題をざっと見てみれば、当たり前のように軍事機密が押し並ぶ。


 クロージほうこうりゃくたい湿しったいせんけるてきじんはいそうけいりゃくあん

 エネンノラほうこうりゃくたいけるりょこうしょうけいほうこく

 アクネロギスほうこうりゃくたいへのぞうえんようせい

 ユードムアほうこうりゃくたいでのあくてんこうしんぐんえんほうこくだいがえしんあん

 スワジーゼンほうこうりゃくたいけるじゅうみんなんゆうどうかんするねんてん

 アライラライほうこうりゃくたいけるへいたんだいさんはんぜんはんいんどうねがいもんだい

 エルゼカトほうこうりゃくたいはいそうたいかいしゅうしっぱいほうこく


 ……このまま天使陣営へ持ち帰ったら、いくらでも魔王軍の弱いところをつけてしまう情報ばかり。

 本当の本当に大丈夫なのかと、さらにもう一度念押ししたくなるものの、そのほかにも案件は山ほど有った。

 あまりに多岐にわたるものだから、まともに本文に目を通してもいないのに私はらくら、目がわってくる。


 クファンバリテほうけるえきびょうしゅうちんさくすいこうじょうきょうもんだいてん

 マイルアンドほうけるさくこみためしょくりょうえんあん

 シャンディワマほうけるおおたいふうさいがいふっこうじょうきょうほうこく

 エリンドヒルトほうけるひんらんせんりゅうりょうかんそくけっがえあん

 きゅうずみしょくひんゆうがいせいいての調ちょうだいひゃくろくじゅうはちほうこく

 だいじゅうきゅうとくべついきけるしんぞうせいしんちょくほうこく

 じゅつ使ようせいげんかんする輿ろん調ちょうしゅうけいけっ

 だいななかいぶんたいかいぶんげいかんするゆうしきしゃひょうとりまとめ

 

 ほんねんおうじょうしゅうかくさいしゅってんいちらんえんもくてい


 ……いや、これは一体。

 こんな事までが魔王の仕事なのか。

 特に今、後ろから番目くらいに、何だかよくわからないものが紛れていなかったか。

 これは何かの手違いではないのか、こんな事までを魔王はかんかつするのか。

 しかもおい、なにげににんの判を突いているが、そんな用件に百四十四名から成る本宮侍従の、総動員を認むるのか。


 幾多の案件とその裁きを見せられて、そんな疑問もきあがろうものだった。

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