4.腐敗 ゠ 世を壊したいとは思わないか

4.腐敗・前 ゠ 旅程と悪意の話

 場はラノルディ地方の、とある農村。


 そこに私が到着したのは、出立して十一日後の夜のこと。

 この地方は、恵まれた農地に富をもたらされたおかげで、立派な王都が築かれている。

 しかし一方、門の配置にはまるで恵まれなかったせいで、天使にとってはかなりのへきではあった。

 ふつうにかちで行軍したなら、ひと月くらいは掛かる旅程だ。


 魔王軍が完成させたとりでがそのきんる、ということらしく、だからこの農村周辺を、天使軍は拠点にしている。

 ここはねてから、王都防戦にかかる前線のった地方。

 それが敵に、いつの間にかにとりでを築かれてしまった事で、その士気はだいぶ低下してしまっただろう。

 さらには、門からも距離を置かれているがために、ちおちと一時かんをしての休養をとることもきず、こんぱいのほどもはなはだしいに違いない。

 反し、戦況としてはこうちゃく状態とのこと。

 そんな空気において、場の状況が維持できているならばしろ、逆境の中でよく善戦している、とたたえれる部分もしかばかりに有ろう。

 なんにしても、苦労がしのばれる。


 とりでへ直行せずに、軍のいた陣へ立ち寄るは、二つほどの目的がってのこと。

 一つは、ここまで走らせた軍馬を預けるため。

 名称に反し、かならずしも軍の所有するものではなく、つまり軍属でなく軍用という意味で、軍馬とうもの。

 だから、まきいちがあるなら入手も難しくはいが、それでも訓練された軍馬とは貴重なものだ。

 本来ならばおくびょうであるゆえに、狂暴で手がつけれないはずの馬を、いのちけの戦闘という異常のただなかでなお、言うことを利かせれるようしつけたわけである。

 その従順性においては、一介の早馬や馬車馬など、比べ物にならない。

 馬の優等生なのだ。

 これを行動のあいだつなぎっりにしたり、逆に野へはなったりしてしまうのは、少々はばかられる。


 ちなみに天使は、理力により翼を発現させてそらを飛ぶことがき、まあ速度の上ではそのほうが、実は馬より速い。

 しかしこの、翼でもって上昇したり滞空したりするとは、尋常ならざるわざなのである。

 両隣の支えに腕を置いて、そのりょりょくだけでからだを持ち上げるような労力が、落下の速度をうわまわるしゅんびんさで、ててくわえて絶え間なく要求されるからだ。

 こんなものにはどうにもたいりょくともなわないと言うか、もっとっきり言うならこれではばたいてんでいくのは、無理。

 要するに鳥がそらべるのは、翼が有るからと言うよりは軽いからなのであり、実際にしても人の子より大きな鳥らは、どれもそらばない。

 我れわれ大人おとなのように重ければ、高所からの滑空くらいが精々で、それも無茶が過ぎれば腕を折り、墜落に至る。

 そんなものはいちじるしく状況を選び、つまりはやしゅだんかならはやしゅだんものではい、というわけだ。


 さらに別の問題として、ただ滑空だけをするにしても、飛行に十分な揚力をるためにはかなり、大きな翼を要する。

 具体的には、たいの数倍にもおよぶそれを展開しなければならず、そんなものは間違いなく敵から発見されるだろう。

 私はゆいいつきょうの理力を持つわけで、おそらくその色はそれなりに、知られてしまっているはずた。

 これから単身、ひそかに敵陣へ潜入しようというのに、事前に察知されてしまっては、もとも子もなにも無い。


 結局、旅には馬が欠かせない、という事にはなる。

 とはいえ、ではその辺のものを粗略てきとうに、というわけにも行かない。

 言うまでもなく、制御困難な、普段従順なくせにまぐれでふてくされる、歩みのきわめて遅い牛などは、論外。

 馬を買うにしても、したら自分で歩いたほうがいくらか、というひどつかまさるるも、ふつうに有る。

 そんなものの見極めをちいちているくらいなら、自らの路銀を多少取り崩してでも、軍馬を確保してしまったほうがいい。

 物見さんではいのだから、どちらかと言えば金銭よりも、時間のほうが惜しかった。


 ちなみに紛争地帯へと向かうなら、行商人の荷車に同乗させてもらえる機会も有ろう。

 しかし彼らは、かせぎになるなら賊はおろか、魔族とだって当たり前に取引をする。

 お得意様を大切にする彼らのことであり、場合によっては目的地へ向かうどころの話では、くなってしまう可能性も否めない。

 こんな時勢に、おいれと利用のきた存在ではかった。


 そんなこんなで旅には面倒がき物なのだが、その理由とは別な、陣へ立ち寄るもう一つの目的は、とりでについていくばくかでも情報が得られていないか、確認をするため。

 どんなさいな情報でも、有りと無しとではまったく違う。

 その提供を受けれるならば、それに越したことは無い。


 もちろん、それ目当てに陣へ近づけば、みはりの者たちには警戒される事になる。


 ──ザリッ。ザッザッザッザッ。


 だれとも知れない者を簡単に、陣内へ迎え入れるわけには行かないだろうし、そうしてもらわないとしろ、困惑させられもするかもしれない。

 っという間、十数名が私を取り囲んでは立ちはだり、のおの理力のやりけんせいしてきた。

 まあここまではとりあえず、予想のうちと言える流れだ。


 なお番兵たちのなかで一名だけ、武器を構えるに失敗した者がいた。

 どうさつしなくとも慌てた様子があらわであるが、このような例はよくみられる。

 原理が不明では理由も不明だが、理力はその発現を、おもうようにきない場合が有るのだ。

 少なくとも、発現しようとする場に生物がある場合には、ほぼ成功しないことが知られている。

 くわえて固形物中でも無理、液体物中でも難しいとされるが、今そこでそこねてみせた彼の辺りにそんな物はうかがえないから、そのほかにも理由がいくつか有りそうではあった。


 私がそんな観察をんびりしていれば、頭目格とおぼしき者もそちらへかって、何やってるんだと言わんばかりのいちべつれる。

 その後、すいしてきた。


もしちらは天使軍、西部師団第よん大隊の陣でる。貴様、何者


 実態はともあれ、天使らもよしまことを重んじる、えりただしたしんを自負しているもの。

 見知らぬ相手であったとしても、問答無用に追い払ったりせず、一応の礼節を踏むことにはしているようだ。


 それに応えるべく、私は馬を降りると、理力でもって剣を発現してみせた。

 敵意のないことを示すため、切っ先を下にしてりかかげたかたちで提示しつつ、述べる。


「特別遊撃隊隊長、スィーエ」


 ゆいいつきょう色、天使軍に対しこれ以上の身分証明は無い。

 彼らにも当然通じたようで、しかしだからと包囲が解かれることは無く、むしろ警戒感は増したようだ。


 そう、これも想定の範囲内。

 予測のはんちゅう、決まったとおりの通過儀礼。


 ……うん分かっている、無理もない、私はうとまれている、歓迎されることは元より期待していない……。


 自分勝手に動きまわり、手柄を横取りする。

 どうやら私は皆に、そういういやしい存在だと思われているらしい。

 まあ、つもりは無くとも結果的には事実であるので、ある程度はじゃけんにさるるもかたなし、かもしれない。

 が、こちらが用済みになった剣の発現を解除しても、相手はやりを引っ込めてくれなかった。


はて。特別遊撃隊がいかまいれた」


「敵軍のとりでへ乗り込み制圧め、参上た。とりでいていづか情報有らば提供く、大隊長への取り次ぎをう」


「……」


 しばらく沈黙が訪れたが、その番兵はなにやらいやらしい笑みを見せては、こう言い渡してくる。


おりく、われが隊長は既に就寝中でる。なおい」


よう


 言われた私はおもわず、その目を細くした。


 これはいい加減を言っている。

 まだ日が落ちて間もない。

 戦局のきびしい部隊の指揮が、こんな時刻に作戦も練らず、はやばやけるはずがろうか。


 いやらせ、か……。


「私も休みい所存。立ち入らてはもらえぬものか」


えっちらは西部師団第よん大隊の陣でる。ちらの隊はちらの隊で、陣を張らるが懸弥かろう」


「……」


 感心する。

 たった一人で、陣を張るもなにも無いだろうに。


 この調子では、馬を預かってすらくれそうにい。

 とはいえ私にも、それを強引に押しつけるような粧得まねをして、ざわざ争ったりする気力は残されていなかった。

 いやもそも、味方を相手取っての争いなど起こしたところで、なんら益は無いのだ。


「了解た、参ら


 基本、このいには話が通じず、どうにか説得せん、とこちらが躍起になればなるほど、状況は悪化するものだ。

 時間のむだ、経験上そう熟知させられてしまっている私は、早々に退くがさいわいとばかり、め息ひとつきてはふたたび馬へまたがって、その場を立ち去る。

 後ろからちょうしょうのようなものが、聴こえた気がした。


 れやれ。

 うとまれるのには慣れているが、しかしここまでの意地悪を受けることは、そうそう無いな。

 さてはて、礼節とは何のことだったか。


 そんな事をんやり考えつつ、では野宿するか。

 それとも農民に宿を借りるか。

 決めかねたまま、馬をその辺の道へと、粗略てきとうに歩かせた。


 ──ボクッ、ボクッ。


 馬のてる、そのきょに見合った野太い足音が、耳を打つ。

 そしてよい満月、手燎たいまつは必要なかった。


 初夏の蒸れた風が、頬をで。

 一帯のあおくささ、つちくささが鼻をくすぐり。

 風はみちわきの木々の葉をも、ゆるく揺らし。

 また視界の大半を、色づいた広大な小麦畑が占め。

 そしてギシギシ夜虫のすだくのが、耳を覆い。


 これ以上も無いくらい、のどかな農村だ。

 土地は荒らされていないから、つまりこの辺りはまだ戦場にはなっていないらしい。

 晩夏の刈りわりまでに、そうならなければ良いのだが。


 ラノルディ地方は、有数の小麦の産地である。

 その恵みが、自国をうるわしてきたのはもちろん、広きにわたっても人びとの食を支えてきたし、天使軍に対してだって多くをきょしゅつしてきた。

 魔王軍が無理を押し、ここでのとりで建設に着手したのもかすれば、その辺りに理由がるのかもしれない。

 もともと押され気味の戦局ではあったが、魔王軍にこの地方を掌握されてしまえば、よいよ微妙な事になってくる。

 られるわけには行かない。


 わかっているのだろうか、彼らは。

 仲間をうとんでいる場合ではかろうに。

 まあまさか、相手気に入らずともすべらく和気あいあいと接せよ、とまではさすがに言わない。

 それでも、非常時においてすらろくに手も取り合わず、その場その場での優位にただ立たんとするため、とし合いに始終する。

 その神経は、私には理解しがたかった。

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