鬼の狂言

JunJohnjean

第1話

場所 :日本の山奥、ぬま池に近し


人物 :老婆

   :老爺

   :河童 ― 動物

   :天狗

    :イブ

    :アダム

    :神

    :芸者、舞妓、ベリーダンサー

    :招待客

    :ギターリスト、ドラマー、ベーシスト

    :踊り子




第一幕


 ある日の霧が深い月夜に、老夫婦は足を忍ばせてぬま池に近づく。遠くから動物が池の畔に上がる音に耳をそばだてて聞いているのが老爺。


老爺:足の音、運び方からすれば人間ではないのは確か。

老婆:四足歩行?

老爺:二足歩行だった。

老婆:ぬま池の畔で何するでもなくじって立っているところから何かを考えておるんじゃろ?


 何がぬま池の畔に見えるかと言えば、身の丈5尺(1.5メートル)ぐらいの陰影。うつむき加減で思案している。時々、天空を仰いでは大きなため息をしている。


動物:自分の生まれ故郷はあの遠く離れた天空ではないんじゃろか。何かのはずみでおいらは地上に落っこちたか。その時、おいらは兄弟姉妹と遊んでたのか。兄に突き落とされたか、弟にか? 姉とも言えるし、妹の悪ふざけとも言える。落っこちたところはぬま池。酸素もないどぶ池だが、清浄可憐な蓮の花を咲かせているな。なんで蓮の池に落っこちたんだろ? (物思いに耽っている様子、沈思黙考)


 いにしえより蓮の花は純粋無垢の象徴、真っ暗な泥の中から現れる汚れを知らない清らかな心。


 この動物は誰かが、あるいは、何かが自分を窺っていると気付いて直ぐに池に戻る。


 次の日も老爺と老婆が近くに来ると感づいて姿をくらますが、そうこうするうちにこの動物は彼らに気付かれないように帰り道をそっと追ってくる。

 その後も繰り返して追ってくるが、十数歩、家から離れたところまで来るとぬま池に引き返す。


 この日、老爺と老婆を追って来た動物は物置の道具箱の後ろに身を隠す。暫くお互いに見遣っているとこの動物との間に親近感が湧いてくる。不思議な感情だ。

 やがて、動物は母屋を訪れる。老爺と老婆は知らぬふりをして布団から顔を出してこの動物を見る。次の日、皿に白米を載せてお勝手に置いておくとその日のうちに平らげてしまった。こういったことが幾日か続いて老夫婦に信頼を寄せてゆく。



第二幕 第1シーン


 帰ってきたヨッパライの歌「天国よいとこ一度はおいで 酒は旨いし姐ちゃんはきれいだ」♪


帰ってきたヨッパライ ザ・フォーク・クルセダーズ


 毎日毎夜、宴会が盛大に催され芸者、舞妓、ベリーダンサーの綺麗な姐ちゃんが多数の招待客に酒を注ぎダンスを披露している。その中にひときわ目立つ生き物がいて雰囲気の虜となって目を輝かし美女に眺め入っている。



第二幕 第2シーン


エデンの園にて


イブ:あら、ここに見慣れぬ木があるわ、もしかするとリンゴの木かも?

アダム:リンゴは神から絶対食すべからずと言われているもの。

イブ:なんという香ばしさ、うっとりとしてしまうわ。(引きちぎって、ひと口)

アダム:アカン! (慌てふためく)

イブ:神は私たちを見ていないわ。(イブ、二口目)

神:さすれば、地上にこの二人を即刻降ろして地上の凄惨さを味わせよう!(神、二人の前に現れ出て、二人に言い聞かせ給う)

天狗:地上の悲惨さとは何やろ? わしの野望を叶えるものはなんであれ魅力的。(彼らに同伴して空中を飛翔)。


 しかし、ここで思わぬ障害が天狗の前に立ちはだかる。天狗はアダムとイブが雲を突き抜けてそのまま地表に向かうのを見て雲を突き抜けて行こうとするが、天狗の袖口が雲に引っ掛かってそれ以上、進めぬ。


天狗:ああ、どうしたことだ? アダムとイブは地表に向かうのにわしは引き止められて動けぬ(嘆き)。天空に向かうも身動きが取れぬ、天国にも戻れぬわい。前後左右は簡単なんじゃが、それも一進一退。けったいじゃのぉ~(焦り)



第三幕


 老爺と老婆に育てられた動物は十数年のうちにすくすくと育ちまさしく河童らしい風体。頭の上の皿も大きくなり水を湛えるようになった。


河童:お爺、お婆、あの天空に親兄弟か自分と似たものがおって、同じ覇気を漂わせ、寄り添い合っておいらは初めて一人前になる感じじゃ。

老婆: そういうものかのぉー?

河童:近頃、おっかなびっくり、誰かがおいらを呼んでいる。同じ波長を持つ者と共鳴し合うみたい。

老爺:ほおー?

河童:で、おいらはその者のところに行って同類の者か見届けたいのじゃ。

老爺:そうか。(淋しさ漂う)

老婆:この子を手放すのは胸が引き裂かれる思いじゃ。

河童:(泪)

老爺:形見にこのお面を持って行きなされ。

河童:鬼のお面?

老婆:これは善鬼のお面と言うてな、善をなすお面なんじゃよ。純粋なお前の心じゃ、いつ何時(なんどき)悪に対峙してもおかしくないからのう。

河童:悪をくじき善をなさんと決意するのみ。

老爺:この善鬼のお面があれば天空に到ってもお前の頭にあるお皿の水は守られて満ち溢れているのじゃ。

河童:この御恩は絶対に忘れまい、お爺、お婆!


 蓮の花の上に河童は乗っかり茎が天空に伸びるに任せ、雲上に到る。



第四幕


雲上にて


 雲を突き抜けると得体の知れない生体が河童を覗き込んでいる。河童も相手を見る。


河童と天狗:誰だ?!

天狗:わしは清廉なる天空からやってきたものぞ!

河童:おいらは泥まみれで地上に生きし強者なり!

天狗:わしは天上にて自在に遊歩し物質、欲求に事欠かず、世界を懐に収めたり。天狗と申す。

河童:おいらは地上にて全ての清純さ、純粋さを蔵したり。清浄無垢、純真可憐と名付く。河童でござる。

天狗:それにしてもうぬの顔は河童に見えぬ。

河童:頭上に皿が見えぬか?

天狗:見えぬ。

河童:なんと?(自分の頭を触る) おお、皿が消えた、、、いつの間に河童じゃなくなったんや?

天狗:そら言わんこっちゃない。うぬは河童ではあるまい。

河童:お主は天狗じゃが、、、(疑念)

天狗:それで?

河童:頭に2つの角が見えるの。

天狗:アカンか?

河童:天狗に角はないはずなんじゃが。

天狗:されば、わしは一体何者ぞ?

河童:お面は天狗! 中身は鬼か?!

天狗:良く見抜けたわい(腹を抱えて笑う)。

河童:当然!

天狗:うぬは鬼のお面をしておるが、なるほど額に1本の角があるのう。

河童:このお面はお爺、お婆が形見にくれたのもの。

天狗:この天狗のお面は空を自由に飛べるようにとのことでな、神から下賜されたものぞ。


 河童と天狗、お互い双方のお面を凝視。


天狗:うぬのお面をば先ずは取れ。

河童:これはお爺が善鬼のお面と言ってくれたものじゃ。

天狗:鬼の中に善鬼はおらぬわい。

河童:ホンマか?

天狗:鬼は悪者と昔からの定番。

河童:お爺はなぜに善鬼と言ってくれたのじゃよ?

天狗:仮面を外せば中身が分かるというもの。

河童:では、、、(仮面を外す動作・身振り)

天狗:鬼にしては綺麗な顔!

河童:なんと?

天狗:別嬪さん。

河童:心も見な。

天狗:心など見ておれん。

河童:お主も仮面を剥がせ。

天狗:見るが良い、、、おお、仮面が外れぬ!(かなり動揺)

河童:どないしたんじゃ?!

天狗:剥がそうにも剥がれぬ。顔に付着して仮面に皮膚がくっついて来るゥ、痛い!!

河童:お主の自慢の鼻は永久にそのままじゃのう。

天狗:戯言(たわごと)を抜かすでない!(怒る)

河童:物申す! おいらは永遠の乙女なれば、、、

天狗:この世に穢れを知らぬ乙女はおらぬ。

河童:お馬鹿を仰る。 (きっぱりと言う)

天狗:それじゃ、この世、面白からぬであろう。

河童:なぜじゃ?

天狗:穢れる前に乙女じゃなかったというのが実際よ。

河童:お主の世界ではそうであったろうがな。

天狗:悪鬼はなんであろうが、染めてしまうものじゃ。

河童:お主の住居は何処ぞ?

天狗:天国じゃ。

河童:永遠の楽園じゃの。

天狗:楽園はいいものぞ。

河童:その楽園からなぜに天上と地上の間に舞い降りて来た?

天狗:地上を観察しようと思って降りて来た。それがなぁ~、雲に引き止められて一向に進まなかったのじゃ。

河童:地上で何をしようと?

天狗:悪事を働くために、ウキウキじゃったのに。

河童:お主はマジで上辺は天狗! 本命は悪鬼じゃな。

天狗:わしは破壊を好み、殺人鬼。誘惑、甘言の者。

河童:おいらは世の建設者、平和の使者。大善をもって導かん。

天狗:わしの望みは地上を支配することじゃ。

河童:どのようにして?

天狗:悦びにのめり込ませ惑わすのみ。

河童:そう単純ではあるまいて。

天狗:敵わねば、力でねじ伏せる。

河童:身をば従えられようとも心は従わず。

天狗:うぬは人生経験がないの。

河童:そうかも知れん。

天狗:なあ、河童、世の中に少しぐらいネガティヴがあっても良かろう。

河童:それがポジに転換されるのじゃ。

天狗:そんなことはあり得んわ。

河童:そうかのう?

天狗:絶対にない!

河童:我らは鬼じゃな?

天狗:左様。

河童:我ら、得意の楽器で雷鳴を轟かせしめようぞ。

天狗:雨降り止まず、風吹き止まず。

河童:そないなこと、起こらんわい。

天狗:下界は水害に遭って溺れ苦しむもの、多し。

河童:なれど、降る雨は旱魃を防ぎ、吹く風は公害を阻む。

天狗:ならば、雨風後の愉しみじゃ。先ずは楽器の用意を!

河童:和太鼓の準備をお願いする。(舞台スタッフに)

天狗:横笛を頼もうぞ。(舞台スタッフに)

河童:おいらは「かみなり太鼓」(和太鼓)を打ち鳴らさん。

天狗:わしは「ほら貝」(横笛)を吹いて風を呼び起こそうぞ。


 正面舞台に向かって左から、ギターリスト、ドラマー、ベーシストが並ぶ ― キャラバンの拍子をドラマーが始める ― 次にエレキ ― 横笛が少々遅れて演奏に加わり、同時に、踊り子が舞台に飛び出す♪


The Ventures Caravan 66.


 演奏は徐々に小さくなり、踊り子は舞台から退場、、、



第五幕


 老爺が左の舞台上、老婆が右の舞台上に登場。


老爺:善鬼と悪鬼が揃うて天下太平じゃのう。自然の猛威に畏怖の念を抱き、自然の恵みに畏敬の念を覚える。有難いことじゃ。

老婆:お似合いのペアじゃな。河童は幸せいっぱいじゃろう。

老爺:そうだろうて。


 大空に虹が出現。


老爺:見ろや、希望の虹が天空に架かっておるぞ!

老婆:河童の勝利だべえー。


 雲上に蒼天あり。

 地上に楽土あり。


 再び、音量が大きくなり(15秒間)、天狗は最後の横笛を一吹き、河童はバチを一振りして、和太鼓の単音で、消音。


終了、幕。


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鬼の狂言 JunJohnjean @ichijun

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