マギア・ステイラ ——現実では最弱カードゲーマーのボクが異世界では環境デッキを武器に無双する——

@sinotarosu

第1話

「負けました……」

 いつものカード屋、いつもの大会。

 日本中で大人気のトレーディングカードゲーム「マギア・ステイラ」――通称〝マギステ〝の大会。

 僕はいつものように五連敗した。このカード屋の大会はトーナメントじゃなくて総当たりだから、合計五回戦える。

 

 全敗した。マギステを小学二年生から始めて、大学二年生の今日に至るまで、今だ一勝もした事が無い。

 大会はおろか、友達同士の対戦ですら。


向かい席の、対戦相手の小学生男子がお辞儀して立ち去った所で――、

「カケル~、まーた連敗かよ!」

 三人の友達が駆け寄ってきた。

「ハハハ、負けちゃった……」

 苦笑いして気持ちを誤魔化す。

 僕は顔が童顔で、髪型はキノコ頭。背も小学生並みに低いので、その事もコンプレックスだ。

「まあ分かってたけどな。『いつもの事』だし!」

「で、でも楽しかったよ、試合出来て!

 僕はマギステが出来るだけで充分楽しいんだ!」

「このマギステ馬鹿が。

 環境デッキ使ってて、人生で一勝もした事ないなんて、ある意味才能だよな~」

 友達の一人が、僕の開いた鞄(かばん)の中にある、ニ十個近くのデッキケースを見ながら言う。

 このニ十個のどれもが環境デッキ――全国大会出場者達が使っている構築のデッキだ。

 なのに、勝てない。小学生にですら。


 ……でも良いんだ! マギステが楽しいという気持ちは本当だし、勝ち負けより大事なモノが世の中にあると僕は信じている。


 ☆

夜の帰り道。家々が横に立ち並ぶ、人気の無い裏通り。

「へぇ~、クエイク・ドラゴンと魔王バフォムにそんな因縁があったんだ~」

 僕は一人で歩きながら、スマホで次の新弾情報を調べている。

 僕が注視しているのは、カードの一番下に書いてあるフレーバーテキスト。

 トレーディングカードゲームのフレーバーテキストには、そのモンスター世界でどんな事件が起こり、誰と誰が仲間になり、誰と誰が敵対し、誰が勝つのかが記されている。

 要するに、カードキャラ同士の物語だ。 

 僕はマギステのフレーバーテキストを全て暗記している。

発売されてから既に二十年という長い歴史を持つマギステ。その全てのお話が頭に入っている。

これだけは僕の誰にも負けない特技だと、内心誇ってすらいるんだ。

 ……でも別に大学の試験にマギステの歴史は出ないんだけどね。

何も生きていく為の武器を持たない僕が唯一持つ、永遠に使い道の無い武器。


「……ん?」

 ふと、妙な物の存在に気づく。

 電柱の下で何かが光っている。

 あれは……マギステのカードだ。裏面だから分かる。

 虹色だ。七色の光が、電柱の灯りだけが頼りの暗い夜道を照らしている。

 虹色に光るマギステカード……初めて見る。

 電柱に駆け寄る。

 腰を降ろし、その不思議なカードを拾おうとして――、


 触れる。



 僕の意識は、テレビ画面が落ちるように、闇の中に沈んだ。






 


「おいガキャア! 痛い思いしたくなきゃ金目の物置いていきな!」

 目の前に三人のオークがいる。

 そう、オークだ。あの誰もが知る空想上の生物、オーク。

 ここは灼熱の太陽降り注ぐ、砂漠のど真ん中。

 何故そんな所にいるのか? こっちが聞きたいよ……。

「ご、ごめんなさい! 僕、お金になる物何も持ってません!」

「バカが! 俺ら誤魔化そうたってそうはいかねえ。

 鞄(かばん)なかにあるんだろ?

 デッキ………………がよぉ!」

 へ? デッキ?

「今の時代、水や鉄や食い物なんかより、デッキが一番金になっからなぁ。

仕方ねぇ、手荒な事はしたくなかったが」

 オークの一人がポケットに手を突っ込む。

ナイフが取り出される……と思ったら。

彼の手には、マギステのデッキが握られていた。

「へへへ……もう俺はデッキを取り出しちまったから逃げらんねぇぜ小僧。

 俺に背を向ければ『神のルール』に従って、テメェは棄権と見なされる。

 とっととテメェのデッキを出しなぁ!」

 オークの叫びと同時に、突如彼と僕の間に、紫の光の塊が産まれた。

 光は広がっていき、細長い物体へと変化していく。

 光が収まると、それが何か分かった。

 長テーブルだ。カードゲームの対戦用と分かる見た目の。


 砂漠のど真ん中でカードバトルが勃発した。


 ――

 ――――勝った。

 三人とやって、三勝。

 産まれて初めて、マギステで勝った。

 それもそのはずだ。あんなデッキ………………………………じゃ、どうやったって勝てっこない。

 何せ、彼らが使っていたのはマギステがリリースされた当初のデッキなのだから。

 二十年前のカードで構成されたデッキ。

 あんなデッキで現代のマギステの大会に出たら、舐めプと思われたって仕方ない。

 そんな弱いデッキをこのオーク達は使っていた。

 負けた三人の顔は、怯えている。

「お前の使ってたカード、一枚も見た事無い。お前は一体、どこでそんなデッキを……」


 と次の瞬間、三人の怯えた顔は一転、金縛りにあったように苦しみ始めた。

「は……早く『命令』を済ませてくれ……くるじい……」

「『命令』? 命令って……?」

「とぼけてんじゃねぇー!!


 あ、いや……『おとぼけになられないで下さい』、です! 俺らの降参です!

 だから早く『命令』してください~!」

「だから命令って何……?」

「『カードバトルに負けた者は、勝者の命令を一個、必ず聞かなければならない』。

 あの日「神様」が仰られていた事をアンタ聞いてなかったんですかい⁉」

 彼のその言葉で、僕は確信した。

 

 ここは、マギア・ステイラの世界だ。


 僕は彼らにこう命令する。

「この世界について、君達の知っている事、全て教えて?」

 すると、彼らの顎が動き出す。まるで何かに操られるかのように。


 ☆

 街の宿。

砂漠抜けにかかったのが三日間。

この街での生活は十一日目。

合計、ニ週間が経過した。

 この個室の窓からは綺麗な夜空が見える。

 メモ帳と羽ペンが机の上にあるので、このニ週間の出来事を整理する為に書き記していく。


 まず僕は、何故かマギステ……カードゲームの世界にやってきてしまったようだ。

 あのオーク達の言っていた「カードバトルの敗者は勝者の命令に従わなければならない」というルールは、マギステの世界設定そのものだ。

 そしてオーク達から聞き出した情報は以下だ。


 この世界は百年前まで、火、水、光、闇、森の属性を持つ五種族のモンスター達が覇を競いあって、戦争をしていた事。

 そこに「アスクレピオス」と名乗る神が現れ、五種族の長を倒し、世界のルールを改変させた事。

 その改変によって「武力行為は一切出来ない」世界へと書き換えられ、代わりに「カードバトルの勝敗が全て」の世界となった事。


 全て僕がマギステのフレーバーテキストで勉強した、空想世界の歴史と一致している。

 それともう一つ気づいた事がある。

 この街に来る途中の砂漠地帯で、他に何人かゴブリンやオーク型の盗賊に襲われたけど、彼らの使っていたデッキも「人間世界における二十年前」のマギステ初期デッキだったという事。

 街中でカードバトルしている人達も皆、初期のデッキを使っていた。

 そこから推察するに、このマギステの世界は「妖歴三十年」の時間軸だと分かった。

 妖歴とは、いわば西暦。

 僕の知る「最新弾のマギステ」は、既に「妖歴三千五百年」に突入している。僕は三千年先まで、この世界の未来を知っている事になる。

 加えて、僕の持っているデッキは、ある意味「三千年先」の兵器のようなものだ。

 いくら僕の自力が弱いからと言って、木の棒を振りまわして襲ってくる原始人に対し、近代兵器であるロケットランチャーをぶっ放したら、オーバーキルも良い所。

 負ける訳が無い。

 おそらくだけど、今の僕は世界で一番カードゲームが強い。


この十一日間で、街の住民達と随分仲良くなった。この天使達の住まう『光』の街には、定期的に『闇』の国の兵士がやってきては戦争が起きて、町民達がカードバトルに負けて死んでいく。既にこの十一日間だけで奴らは三回も襲ってきた。

そんな惨状の街に、僕が現れた。闇の兵士達に対し無双する僕によって、戦いによる死亡者数はゼロとなった。

 敵を追い払った僕に対し、彼らは敬愛を込めてこう呼ぶようになった、「ルシフェル様」と。

 ルシフェル……光属性の天使型モンスター。人の姿をしているキャラデザ。

 思えば昔から、カード友達から僕は「お前ルシフェルに顔似てるよなー」とイジられていた。

 確かに、似ているんだ。僕はキノコみたいな髪型だから髪が寝ているけど、怒髪天と言っていい程髪が逆立ったキャラデザのルシフェルみたいに髪を逆立てたら、きっとルシフェルそっくりになる事だろう。

 僕がルシフェルに似た顔の造形なのも、僕がこの世界に呼ばれた理由と関係しているのだろうか?

 だって歴史が正しく動くならば、今から七年後……妖歴三十七年にルシフェルは「魔王サタン」……マギステ初期のボスキャラを倒して、世界を救うのだ。

 この街の伝承でも、そう謳われているらしい。ルシフェルというモンスターが世界を救うと。

この「天使達が住む街」においての伝承。

 魔王サタンは既に出現し、他属性モンスターへの侵略を始めているようだ。

ルシフェルの存在だけがまだ見つかっていないのだと。

 僕がルシフェル本人なのか? それとも僕とは別にルシフェルというモンスターが存在するのだろうか?


 色々考察する余地はある。

 だけどそんな未来予想をする行為が些細な事に思える程の「高揚感」が僕の中にあった。

 その「高揚感」の根源は――、


 突如、僕の個室の扉が勢いよくこじ開けられ、天使の羽を生やした宿屋の主人が顔を出した。

「ルシフェル様! 大変です! 闇属性の軍勢が街の民を!」

「!」



 噴水のある、中央街。

 火の手が上がり、夜闇を照らす。

 首の無い鎧騎士――デュラハンの群れ。彼らの手にはサーベルの代わりにマギステのデッキが握られている。

 彼らの足下には男性型天使達の死体が転がっている。

 それらの死体は、口にするのも憚れるような死体。普通に殺したらそうはならない、異形。

 この世界では敵を剣で刺し殺したりできない。カードバトルで勝利し、命令で殺すしかない。

 きっとデュラハン達はただ「死ね」と命令したのではないのだろう。「息を止めて死ね」「腹を切って死ね」「焼死しろ」「轢死しろ」……きっとそんな命令を下したのだ。


 無残な死体を前に、僕は吐いてしまう。

「貴様か! ルシフェルとかいう奴は! 貴様の存在は先兵部隊から聞いている。

 我らが長、サタン様の命令だ! 付いてきて貰おう」

 デュラハンの一人が鎧の腕を僕に差し伸ばす。


 コイツ等が殺した天使達一人一人の名を僕は知っている。マイケル、ジョナサン、デイビット……皆この十一日間、僕に良くしてくれた人達だった。

 彼らにマギステの戦略を教える代わりに、彼らから色々な事を教わった。マイケルからは釣りを、ジョナサンからは料理を、デイビットからは狩りを。

 彼らには皆、妻と子がいた。彼らが死んだ今、残された家族はどうなる?

 ……腹の底の怒りが、恐怖心を上回った。

 産まれて初めて、他人の為に怒りが湧いたんだ。


 敵が僕の体に触れるより先に、僕は鎧の腕を掴み。

「全員、僕が殺してやる」

 ポケットからデッキを取り出す。この世界においては三千年先の未来兵器であるデッキを。



 ――

 ――――全員殺した。

 息が荒い。鮮血の死体の山が目の前にある。僕の作った死体の山。

 


 僕はずっと、自分に嘘を付いていた。

「負けても楽しい」なんて嘘を。

 ……楽しい訳が無い。毎日悔しかった。

 勝ちたくて勝ちたくて仕方無かった。だから沢山デッキを作って、戦略も勉強して……。

 それでも一勝も出来なかった。何回やっても何回やっても。

 千回以上戦ってきて、千回以上負けてきた。

気づいたらニ十歳になってしまった。

 僕はカードゲームの神様に愛されていないのだと、諦めていた。

 

 でもこの世界にやってきて、僕の全ては変わった。

 この世界のカードの神様は、僕を愛してくれるらしい。

 ここでなら、僕は、変われる。


 呆然と足下の死体の山を眺める僕。返り血を浴びて両手が赤く染まっている。

僕の横で、天使達が歓喜を上げている。

「ルシフェル様! ありがとうございます!」「やはり貴方は伝説通りの存在だ!」「ルシフェル様!」「ルシフェル様万歳!」

「僕は……。

いや、『俺』は――」

 赤く染まった両手で、僕のキノコ髪に触れ、逆立て。

 血のワックスで、怒髪天を作り上げる。


「俺は――ルシフェルだ」


 僕はこの世界を救い、「自信」を手に入れてみせる。産まれて二十年間、一度も手にする事の出来なかった、「自信」を。

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