第5話 妹って、良いな

 「お邪魔します」


 そろそろと入る僕に対し、明菜が言った。

 

 「違うよ紫雨。ただいま、だよ」


 「た…ただいま」


 僕はそう言って、明菜の家に入った。




 朝乱入事件により待ち合わせ場所は変えたものの、無事明菜ママと合流できた。

 ……うん、心臓が止まったね。

 だって、明菜ママ、何者だったと思う?


 ……今を風靡する大女優だったんだよ。


 白羽明美しらはあけみ――その界隈に限りなく疎い僕でさえ、知ってるんだから。

 もうそりゃ大物なわけで。

 ちなみに白羽は芸名で、本名は橘明美たちばなあけみ

 で、その明美さんが車で迎えに来たわけだけども……。


 あれだよ。

 想像出来るでしょ?

 汚れ1つない黒い車に、サングラスをかけた黒服が運転手。

 

 恐縮するどころじゃない。

 危うく土下座しかけた。


 で、それから車に乗せてもらったわけだけれども……。

 なぜか明美さんが隣で、明菜が助手席だった。

 いやなんでっ!?


 「君が紫雨君かぁ〜」


 明美さんが、僕の頬や身体をぺたぺたと触りながら言った。


 「よ……よろしくお願いします」


 どぎまぎしながらも、しっかりと目を見て言った。

 先程からなぜか不機嫌だった明菜が口を尖らせた。

 

 「お母さん、スキンシップ激しすぎるよ!」


 うん。

 僕もそう思う。

 しかし明美さんは聞いちゃいなかった。


 「そうだわ、紫雨君もこれからは家族になるんだから、ほら、お母さんって」


 ”お母さん”という聞き慣れない言葉にドキッとした。 恥ずかしかったが、声を振り絞った。

 

 「お……お母さ…ん」


 顔が焼けるように熱かった。

 でも、悪い気分じゃなかった。

 

 「きゃー、可愛い!もう、一杯甘やかしてあげるわ!なんでも言ってね」


 そう言って抱きついてくるものだから、息が苦しかった。

 それだけじゃない。

 なんだか胸から込み上げてくる何かが喉に詰まって……。


 でも、今までの苦しみとは違うくて。

 なんだか、心地がよかった。


 

 一度家に自分の荷物を取りに行ってから、明菜の家へ向かった。

 それほど遠くはなかった。


 明菜の家を見て、僕は安心した。

 とんでもない豪邸だったということはなく、少し立派な家という程度だったからだ。

 よく考えたらこの周辺で目立つほどの豪邸など、一件しか存在しない。

 その豪邸は――


 ……まあそれはおいといて。


 僕は車を降りて、明菜の後ろをついて行った。


 「ただいまー」


 明菜に続き、僕も入る。


 「………お邪魔します」


 そろそろと入る僕に対し、明菜が言った。

 

 「違うよ紫雨。ただいま、だよ」


 「た…ただいま」


 やはり緊張する。

 中へ入ると、――小学生ぐらいだろうか。

 女の子がいた。


 「ひゃ……ひゃあっ」


 彼女は僕を見るなり、逃げるように階段を駆け上がっていった。

 ……嫌われた?泣くよ?


 「はぁ……ごめんね紫雨。あの子人見知りで。でも、可愛いでしょ?私の……私達の妹だよ。音夢っていう名前」


 ――妹がいたなんて初耳だ。

 でも安心した。人見知りなだけか。


 「へぇ……良かった。僕は嫌われる運命にあるのかと思った」


 「ップ……多分、紫雨を嫌いになるのなんて、嫉妬深い男子くらいだよ」


 「……ならいいけど」


 僕は早速、黒服の人が車から降ろしてくれた荷物を整理していた。

 わざわざ僕の部屋というのを作ってくれたらしく、明菜に案内してもらった。

 二階に上がって一番右側にある部屋が僕で、その横が明菜で、さらに上がったすぐの部屋が音夢…ちゃん?の部屋なのだそうだ。

 僕の部屋は元々空いていた場所だったそうで、少し安心した。


 「よし、じゃあ音夢との親睦会だー!」


 と、荷物の整理の切りが着いたところで明菜が言った。

 僕の荷物と言っても服くらいしか無かったので、直ぐに終わったのだ。

 

 明菜が音夢ちゃんの部屋に乱入する後を恐る恐るついて行く。

 やっぱり、嫌われるのは怖い。


 「こら音夢!布団から出てきなさい!」


 いざ乱入すると、音夢ちゃんは布団の中で隠れていた。

 明菜が引っ剥がそうとするが、音夢ちゃんは必死に布団を掴む。


 「やぁだ。こわいもん」


 「……こちょばすよ!」


 明菜はそう言って布団の中に手を突っ込んだ。


 「や……やぁだ――っぷは、あは、あははは」


 音夢ちゃんは布団を掴む手を離し、必死に明菜の手をガードした。

 

 「隙きありぃ!」


 明菜は大人気なく、布団をめくりとった。

 

 「はい、音夢。諦めて自己紹介しなさい」


 音夢ちゃんは下を向いた。顔は真っ赤だ。

 けれども、聞こえるか聞こえないかの小さな声で言った。


 「音夢……です。小学五年生……だよ」

 

 ――微笑ましいなぁ、と、そう思った。

 初めての感情だった。


 「僕は紫雨。紫に雨って書いて、しう」


 「しう…君。よろしく…ね」


 ああ、なんだこの感情は……。

 癒やし、癒やしなのか?

 分からない…分からない、が……。

 

 僕はいつやら、音夢ちゃんの頭に手を置いて、撫でていた。

 無意識だった。

 気が付いた時には、もう遅かった。


 ああ、嫌われる、と。

 そう確信したと共に、絶望した。


 けれど、僕の手を音夢ちゃんが両手で掴んだ。

 そして、はにかみながらも、微かに言った。


 「えへへ」


 と。


 

 ――妹って、いいな。


 

 「ああ……紫雨が笑ってる……笑ってるよぉぉ」


 突如、明菜が泣き出した。

 それから僕の背中に抱きつくもんだから、苦しかった。

 

 「む!」

 

 音夢ちゃんがそう唸って、僕の手をもっとぎゅっとした。



 ああ。

 これが―――幸せ、か。



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