第2話 明菜の反省会

 私は”きなこ”という名前でvチューバーの活動をしている。

 だからこそ、その界隈については詳しかった。

 登録者が一万人を満たない小さなチャンネルから、何百万ものファンがいる大きなチャンネルまで、常人よりも知っていた。


 その中で、不思議なチャンネルを見つけた。


 いや、正確にはvチューバーではなかったのだが、配信で雑談するだけという、アバターがいるかいないかの些細な違いだ。

 配信履歴を見てみると、なんとたったの三回。それも一ヶ月に一回ほどの頻度。その上無所属だった。

 普通ならば伸びるはずがないやり方だが、その登録者は二万人を超えていた。


 その理由は、動画を開いて直ぐに分かった。

 声だ。

 どこまでも引き込まれるような、温かい声。


 聞き覚えがあった。


 いや、普通ならば気付かない程度だ。地声より幾分か高いし、機械越しの音声だ。

 しかし、vチューバーとして声に対する意識が高かったからか、私の脳裏には一人の男子が浮かび上がった。それが初恋の相手であり、クラスメイトであり、幼馴染みだったというのもあるのだろうが。


 いつやら私は、一ヶ月に一度程しかないその配信を、楽しみに待つようになっていた。

 配信開始の通知が来たときには、心が飛び跳ねた。

 そして見るごとに、その中身が彼だという確信に変わっていった。

 同じ教室にいる、しかし喋ることなどない相手なのだが……。それでも大好きで、そんな彼のネット上の姿を、私だけが知っている。

 独りよがりな優越感に、私は浸っていた。


 しかしそんな呑気な思いは、彼の十三回目の配信で打ち砕かれる。

 あろうことか、彼は自殺をたくらんでいた。


 私は焦った。


 もし彼が死んでしまったら。

 ――考えるだけで、鳥肌が立った。 

 ああ、私のせいだ。私のせいで、彼はあそこまで追い詰められた。

 ――救けに行かなきゃ。

 

 もうそこからは、無我夢中で部屋を飛び出した。




 親がいなかったので車で行くこともできず、私は警察を頼った。

 ちょうど通報を受け出発しようとしていたところだったため、私は乗せてもらった。

 もちろん最初は断られたが、「知り合いだから絶対説得するのに役立ちます!」と言ったら許してもらえた。


 摩唐崖に付くまでの車内での時間、私は気が気でなかった。


 車が止まるや否や私はドアを開け、走り出した。

 パトカーの中で、「直ぐに駆け寄ってはいけない、まずは優しく語りかけるだけだ」、なんて言われたが、冗談じゃない。それで間に合わなかったらどうするつもりなのだろう。

 私は走った。

 五十メートル十二秒の自分を恨みたくなったが、とにかく走った。

 心臓はこれ以上ないほどに荒れていた。


 ――どうか間に合って。

 ――死なないで。

 ――本当にごめんね、と。


 心のなかでそう叫びながら、ただひたすら走る。走る。

 

 彼が見えた。

 崖っぷちで、立っていた。


 「――っとそこの君、落ち着いて、引き返しなさい!」


 警察は後ろで説得しようと叫んだ。

 その落ち着きように腹が立った。


 私は走った。


 「まず話を聞かせてくれ、それからだ。だから!」

 

 ――だめだ……そんな心の籠もっていない声なんて、彼に届かない。


 私は走った。


 「止まって!今すぐ引き返して!」


 ああ!あとちょっと、あと!!!


 痛い。肺が痛い。

 苦しい。苦しい。

 

 だめだ――もっと速く、速く――


 彼がふらふらっと、前に倒れていく。


 待って。


 待って。


 待って。


 行かないで。


 お願い。


 行かないで。


 私は、必死に手を伸ばした。


 そして――捕まえた。


 私は、ふらつく彼をしっかりと掴んだ。

 倒れていきそうになる彼を、全力で引っ張った。

 




 パトカーの後ろ座席で、寝ている彼を膝に乗せた私は泣いていた。


 「ごめんね…ごめんね…」


 そう、何度も呟いた。

 彼が自殺したのは、私のせいなのだ――


 少し、言い訳させて欲しい。


 ――彼、天野紫雨あまのしうには妹がいる。

 といっても双子の兄妹で、天野朝あまのあさという名前だ。


 彼女は、狂っていた。


 紫雨に近付く男、女を片っ端から潰すのだ。

 比喩でも誇張でもない。

 彼女は、紫雨に異常に執着していた。


 これは私が小学生の時の話。

 幼いながらに、私は紫雨に初恋をした。全てがどうでも良くなるような恋だった。

 決して、容姿が良いからという上辺だけの初恋ではない。

 その優しさに、その笑顔に、その仕草に……もう、全てに惚れていた。


 当時、”朝ちゃん”に次いで男の子から人気だった私は、足踏みすることなく紫雨に近付いていった。


 そんな私に、朝ちゃんは言った。


 「しう君にちかよっちゃだめだよ、明菜あきなちゃん」


 ――もちろん紫雨に夢中だった私は、そんな言葉を聞くはずもなかった。

 朝ちゃんと違い紫雨と同じクラスだった私は、彼の気を引こうととにかく必死だった。

 そんな私に、朝ちゃんはまた言った。


 「ねぇ、ちかよっちゃだめって、言ったでしょ?」


 その迫力に、私はゾッとした。

 ああ、駄目だ。歯向かっちゃいけない人だ、と。


 まあ、だからと言って諦められるような恋ではなかった。


 私の頭は単純だった。

 ならば、朝ちゃんがいる時は我慢しよう、と。

 

 私は朝ちゃんがいない時に、ここぞとばかりに紫雨にべったりとくっついた。

 臆病だった私は、朝ちゃんにバレるのが怖かった。

 ――まあ、馬鹿でおっちょこちょいな私が、天才の朝ちゃんに隠し通せるはずもなく、二日もかからずバレたのだが。

 私自身、紫雨のことが好きすぎて周りを見れていなかったこともあるのかもしれない。


 そんな私を見て、朝ちゃんは無表情のままこう言った。


 「殺すよ?」


 ――あまりの雰囲気に、私は震え上がった。

 もうその声色と目は、明らかに可愛い小学生のそれではなかった。


 あまりにも怖すぎて、流石の私も紫雨から離れざるをえなかった。


 だが、当時の私の紫雨への執着は相当だったのだろう。

 一ヶ月もしない内に、まるで麻薬の禁断症状のようなものが出た。

 私は懲りずに、またもや紫雨の元へいった。


 そこからだった。


 私に対するいじめが始まった。

 クラスメイトだけでなく、学校中から白い目で見られるようになった。

 その理由は想像がついた。


 同時に、私は”朝ちゃん”という存在に戦慄した。


 その完璧な容姿のうえに、人を従わせるカリスマ性まで持っているのだ。

 男子を言いくるめることなど、女子を思い通りに動かすことなど、容易いことだったのだ。


 私はいじめに苦しんだ。

 目立たないようにと、少しずつ、地味な格好をするようになった。

 眼鏡をかけ、前髪を伸ばし、猫背気味で下を向いた。

 ――それから、いじめは少しずつ減っていった。



 中学生になった。

 私は紫雨と朝ちゃんと同じ学校に行った。

 私は未だに紫雨のことが好きなままだった。


 もちろん、もう紫雨に近付こうとはしなかった。

 既に生粋の陰キャへと成り下がった私は、視界の端で紫雨を追いかけるのが精一杯だったし、それで十分だった。

 

 しかし朝ちゃんの紫雨への執着は、中学校に入っても収まることを知らなかった。

 初めに紫雨に話しかけていた男子、そして特に女子は、次第に紫雨との距離を取るようになった。

 朝ちゃんのみが紫雨と喋ることを許された。


 兄妹だということを除けば、ある意味完璧なカップルだった。

 勉強、スポーツ、容姿……全てにおいてトップを誇る彼女は、紫雨に足る唯一の相手と言ってもいいだろう。


 だが、今思えばこの時期からだった。


 ――紫雨が、無表情になったのは。

 ――紫雨が、喋らなくなったのは。


 いや、よく考えてみればもっと昔からだったのかもしれない。

 とにかく、紫雨は少しずつ、少しずつ、感情を出さなくなっていった。

 ――壊れ始めたのだ。


 

 天野兄妹はハイスペックだった。

 勉強が出来るのは朝ちゃんだけでなく、紫雨も相当に頭が良かった。

 当然の流れで、二人は県内でも有数の進学校へ進んだ。

 

 一方、私は普通だった。

 けれど、紫雨のいない日常なんて、考えただけでも恐ろしかった。

 私は必死に頑張って、紫雨と同じ高校へ行くことに成功した。

 ……まるでストーカーだ。

 自分でも、分かっている。

 勝手に好きになって、勝手に追い続ける気持ちの悪い女なのだ。


 だが高校へ行ってからも、視界の端で紫雨を捉える生活は続いた。


 どこか物足りない虚しさは、ネットの世界で紛らわした。

 趣味にvチューバーを始めてみたりもした。


 そんな逃げてばかりの私は、紫雨がどれだけ苦しんでいるかに気付かなかった。

 いや、違和感は感じていた。

 ただ、朝ちゃんを前にして私に出来ることはなかった。否、する勇気がなかった。



 そんな中、紫雨が自殺に踏み出した。



 ――私がどれだけ後悔したかは、想像に難くないだろう。















――

いきなりグダっててすいません。

もう少しで主人公無双モードが始まる……はずです。

ただ一方的な俺つえええとか、気持ちの悪いハーレムにはしたくないと思っています…が。どうなるのでしょうか。


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