第三話
「うあっ」
「左手のボタンから糸が垂れてますよ……あれ……」
驚くスーツの男は慌てる。シバはそれを見て顔を顰める。触っていただけでなく、下半身を露出していたのだ。うわっ、とシバは顔を歪めた。
男はそこから出たものを若い女性になすりつけていたという最悪な始末。
「きゃああああっ」
彼女は触られていただけでなく、液体をつけられていた事実が判明し大きな声を出し泣き叫ぶ。
すると周りはざわつく。できるだけ多くの人に見られぬようシバは自分の着ていたコートを女性にかけ、すぐさまスーツ男を捕まえなくては、と振り向く。
「確保!」
しかしその前にスーツ男はもう取り押さえられていた。
「えっ……」
取り押さえていたのカジュアルな格好をした男性。
よく見ると体格も良く、目つきも鋭い、そして耳にはイヤホンが入っていた。スーツ男は全く動けない。
もう1人横にふつうの格好をした男が話しかけ始めたのだ。
離れて見ていた子供たち2人もあっという間のことで驚いている。小さく拍手をしている。
そして助けた女性のそばにはシバに目線を配らせた中年の女性が。彼女も耳にイヤフォンがついているのがチラッと見えた。さっきは気づかなかった。
どうやらシバに目線を配ったのでなく、遠くにいた確保した男2人にだったようだ。
「ご協力ありがとうございました」
その女性に声をかけられた。多分管轄は違うのであろう、互いに知らないもの同士だが同業者であることは言えない。休みの日までこんな痴漢騒ぎに駆り出されるとは。
「……盗み聞きしてたわけではないのですが同じ警察の方……?」
「んまぁ、そうだけども……名乗るものではないので。はい」
と、そそくさと子供たちのところに戻る。
シバは目の前で駅に降りていく容疑者を見てなんだかなぁと。
なんで痴漢なんてするのだろうか、そんな疑問を持つシバは女に困らないから気持ちもわからないのかどうかはわからない。
斗真と竜星が
「シバくんすごいや。さすが警察官!」
「そ、そのぉ」
とはしゃぐものだから周りの観客から拍手がわき起こった。
「いやーそれほどでもぉ……」
とまた照れるシバだったが、一旦容疑者を下ろした刑事と思われる男がシバのところにやってきた。
「ご協力、ありがとうございます……」
彼は警察手帳をだした。またか、と思ったが
「いえ、とんでもないです」
と返す。
顔は見たことが無いが年齢もシバよりもよくみたら若いためこちらも互いに顔は知らないようだ。シバは自分が知ってる相手だと嫌だったなと思ったからほっとしている。
「やつがずっと犯行を重ねていましてね、張っていたんですよ。助かりました」
「よかったよかったー、てか〇〇駅でも痴漢おきてそいつ飛び降りちゃって……痴漢多いっすね。お疲れさんです」
シバはこの季節柄増えてくるのはわかってはいる。だが刑事の男は苦い顔をする。
「……あなたが警察の方だったと聞こえましたので伝えますが……実は〇〇駅で飛び降りた男、別で張っていた刑事が追いかけて……飛び降りちゃったんですよ」
「えっ……」
「先にこっちが捕まえていたらその男の人、飛び降りなかったんだろうなぁ……まぁそいつも痴漢してただろうけど、余罪があったか……初犯だったかわかりませんけどね」
刑事の男はシバに礼をして再び電車から降りた。
「まじか……」
シバは呆然としながら立ち尽くすと斗真と、竜星がニコニコしてシバの手を握る。
「さすがシバくん」
「すごいやすごいや」
座っている老人たちからも褒められていたたまれなくなったシバは子供達2人を連れて駅のホームに出た。
「なんで出ちゃうの?」
子供もたちは突然なことに困惑している。
「あの中にいてもしんどいだろ。それにおじいさんおばあさんに席を譲って足も疲れるだろうからね」
素直に2人はうん、と頷く。
「この駅知らないー」
「快速じゃ降りない駅だからな。俺は何度も来てたぞ。さっきの刑事みたいに張ってたこともあった」
「うわー、かっこいい! それってシバくんの刑事さんの時のお話?」
「ああ、そうだ」
「もっと話聞きたいー」
斗真がそういうと竜星も繰り返した。シバはあまり仕事の話はするものでは無いと思ったが、まだ電車は再開しないようで二人が喜びそうな話を思い出しながら電車を待ち侘びるのであった。
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