第4話 事件のあらまし2

「コーヒーか炭酸かお茶か何がいい?」

 屈託のない笑顔でシバは麻美を待合の椅子に座らせる。警察署内は騒々しいがシバは至ってにこやかであった。ネクタイを緩め、麻美が希望したソーダを持ってきた。自販機で買ってきたようだ。


「顔色悪いけど大丈夫?」

「ええ、大丈夫です」

「今日はどうしてここに」

 唐突にシバは麻美に聞く。初対面の人に言うのは、と躊躇う。


 するとシバは胸元から警察手帳を出した。

「一応刑事だけど隣の署から応援に来てて。したら俺はいらないって追い出されたから時間ならあるよ」

「そんなことあるんですね」

「なぁ。呼んどきながらなんだよってな。でもあなたに会えたからいいでしょう、こんなお美しいお方。あ、僕は冬月シバと申します」

 と名刺を麻美に渡した。


「……名刺なんてあるんですね」

「うん、そうだね。で、あなたは……」 

「麻美、草壁麻美です。……今日は……」

 と麻美は話をした。もうこの話は何度したか。女性センターに電話した時、相談員に直接会って話した時、警察署の担当に話した時。

 同じことを話しても解決するわけでもなかった。もう誰にも話すまい、話しても無意味だと麻美は感じていた。


 なのににこやかにシバは聞いてくれるのだ。麻美はとてもスッキリした。今まで話した人たちよりも。


「それはモラハラっていうやつだ」

「モラハラ?」


 聞いたことのない言葉に麻美は目を丸くする。

「殴る蹴るが肉体的暴力、モラハラなど言葉や態度や精神的に追い詰めるのは精神的暴力、モラハラ……あまり知られてないんだがな。目に見えないものだから立証は難しいが何か日記や録音をしているか」

「……録音してません、でも日記というかSNSでつぶやいたりしてて」

「日付も時間も残るからそのアカウントは残しておいた方がいい」

「は、はい……」


 麻美はメモをする。


「録音はそのスマートフォンでもいい。しておくといい」

「はい……」

「また何日かしたら俺のところに来て。専門の弁護士を紹介する」

 麻美はギョッとした。

「弁護士……」

「ああ、弁護士。離婚するのには弁護士が必要でな……」


 麻美はまた悲観した。裁判なんて勝ちっこない、旦那や義父母は口が立つ。裁判なんかよりもう今すぐ逃げ出したい。


「やっぱり警察もどこも信用できない!!!」

 フロアーの中で大声で叫ぶ麻美。一瞬でも場は静まるがすぐ元に戻る。シバは高揚する麻美を宥めた。


「他にも方法はあるさ。まずは専門の第三者に話をすることが一番だ。無料相談もある。そこから……」

「無料相談でしょ、そのあとはお金をとって……そんなに悠長にいられる時間はない! 早く、早くわたしをっ!」


 麻美はシバの手を振り払って走っていった。

 そして車に乗り、息を切れ切れに車を走らせた。

 もう絶望だ。家に帰ったらまた店に戻って旦那と義父母たちのイジメに遭う。

 どうすればいいの、SNSに殴り書きをするかのようにさっきまでの出来事を吐き出す。

『誰も信じられないー!!!!! 夫も義母も義父も死んでしまえ!!!!』


 いつもイイネもコメントもつかない、自分の気持ちを吐き出すだけのSNS。


 するとそのSNSにメールが届いた。たいてい迷惑メール……離婚したいとかお金がないと書くから勧誘系や卑猥な仕事のメールばかりである。


『ご主人や姑さんたちを消したいですか?』


 麻美はそのメールに息を飲んだ。

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