第78話 ミーナの救出は楽だったが、新たな問題児がいた。
シュンッ!
ミーナの囚われている部屋に転移する。
今は日中のど真ん中、外は一番明るい時間帯だが、部屋の中は辛うじて物の配置が解る程度の薄暗さだ。
床にはホコリが積もり、女性のはだしの足跡だけがついている。
ジメジメした空気と、ホコリっぽさ、そして、カビ臭くすえた臭い。
「これはヒドイ……」
ようやく目が慣れて来た。
天井の高い部屋で、その天井付近には明かり取りと通気の隙間が1つあるだけ。
その隙間は、地面に近いのだろう、そこからツーっと水の流れが下まで続いている。
水の通り道にはカビが繁殖し、コケも生えている。
「どなた?」
ドクン!
思わず俺の口から出た「ヒドイ」というつぶやきに反応したのか、力のない微かな声が問いかけてきた。
その声は本当に微かであったが、確かに聞き覚えのある声色にバハムートが反応した。
「……ミーナさんですか?」
声のした方向、ベッドと呼ぶにはあまりに雑な寝床の方に向く。
「そうです。……名前を呼ばれたのなんて、何10年ぶりでしょう」
わずかな明るさに浮かぶその人の姿は、やせ細り、しばらく洗っていないであろう髪が、バリバリに固まっている。
1人の女性を、このような姿になるまで、いや、なってからも何10年も閉じ込めておくなんて……。
やるせない思いと怒り、そして涙が湧いてきた。
「俺はユウトと言います。元公爵のキースさんと、あなたの息子のアムートさんから頼まれて、あなたを探していました」
「まぁ! アムート! それにキースも?」
力無い口調でありながらも、驚いた様子なのが伝わってくる。
「い、生きていたのね……アムート」
ミケには引き続き見張りを頼み、俺はミーナと、その周辺に《クリーン》をかけた。
ストレージから出したマグカップにペットボトルの紅茶を注いで、彼女に渡す。
本当は温かい飲み物が良いのだろうが、今はこれしか無い。
「ありがとう。紅茶も久しぶり……。ユウトさん、あなたのお姿をよく見たいのだけれど、目を悪くしてしまって、残念だわ」
こんな1日の大半が暗い中にいれば、視力が衰えるのも当然か。
改めてふつふつと怒りが湧いてくる。
「実は、あと数日後に、アムートさんの王権を奪還する作戦が始まります」
ミーナの救出は絶対にするが、あまり早く救出すると計画が勘付かれてしまうかもしれないと説明し、監視体制を聞く。
「朝と晩の食事を持ってくる時に必ず確認して行きます。毎日」
「食事はどういったものを?」
「パンとスープですわ。ここ数年はそれすら食べきれなくなって、減らして頂いてます」
「40年もこの部屋にいたのですか?」
「いいえ、ここが……確か4か所目です。最初は王城の部屋の1つに幽閉されていましたが、私がフリスを拒んでいる内に段々と酷い部屋になっていったのです」
俺の素情は明かさない。こんな状況とはいえ、ミーナは今の自分の姿をバハムートやアムートに見られたくないだろう。
俺の勝手な判断だが、ミーナにはディステで療養してもらおう。
しばらく、娘のテレーゼと療養して、身も心もある程度回復してからアムートと会うのが良いだろう。
「テレーゼも生き延びていたのですね? ……よかった~。女神様感謝致します」
ミーナに希望が生まれ、少し活力が出たようだった。
ミーナと話した結果、救出は明後日、作戦当日の朝食の配給後とした。
それまで、栄養を取ってもらうために、蓋を緩めたエネルギー補給のゼリー飲料を数個渡し、ゆっくりと飲むように教える。
名残惜しかったが、その場を後にした。
ミケにはアニカ達を探し出して合流してもらい、捜索の終了と待機を伝えてもらう。
俺は、キースの執務室に直接転移した。
急に現れた俺の姿を見たキースは、何も聞かずに人払いをしてくれた。
ミーナを発見した事と、救出は明後日の朝、救出後はディステに転移して、療養してもらった方が良さそうだと伝えた。
ミーナの置かれていた状況を伝えると、キースはフリスに対しての憎悪の目つきをしていた。
おそらく転移してきた時の俺の目もそうなっていたのだろう。
次は、ディステだ。
大聖堂に転移し、大司教のお爺さんに2日後の午前中にミーナを連れてくるので、回復・療養の手はずを整えてくれるように頼んだ。
テレーゼの事を確認すると、すでに一両日中には大聖堂に着く予定で呼びよせているとの事だったので、ちょうど良かった。
遠くからローレッタが駆けてくるのが見えたので、大司教にミーナの件の段取りをお願いしてミケ達の元に転移する。
「あー! ディスティリーニア様~~~~」
これでよく教皇を首にならないもんだな……。
王都の教会の屋根に転移すると、ミケ達もいた。
大量のお菓子を広げて寛いでいた。
「ようやく来おったか」
「いや、そんなに待たせてないだろ? アニカ達も捜索お疲れさん」
「いいえ、見つかって良かったです」
「よかったー」
「それで、救出は出来そうなんですか?」
「ああ、それは簡単だ。転移すればいいだけだからな。あとは時間を会わせるだけだ。今日は公都の宿に帰ろう」
そして、いよいよアムートの『エンデランス王国、王権奪還計画』始動の日がやってきた。
昨日は午後に王都に転移し、ミーナの様子を確認して、そのまま郊外に一泊した。
そして、そろそろミーナの朝の確認が終わった頃合いだ。
「俺はミーナを連れてディステに行ってくるから、その間ゴーシュに迷惑かけないように大人しくしてろよ。ミケ、アニタ」
「アニカはいいのか?」
「アニカは、ちゃんと分かっているからいいんだ。なっ?」
「はい」
なんと王都での公表役は、ゴーシュが何としてでもやりたいと聞かなかったらしく、ゴーシュになったらしい。
キースからは、流石に王都での公表は妨害が激しくなるだろうということで、俺達にゴーシュ警護の依頼が来たのだ。
ゴーシュも、正午が発動時間だというのに、すでにマントを羽織って鼻息荒く待機している。
これでいよいよ現エンデランス王国に見切りをつける覚悟ができたようだな。
「ゴーシュもミケ達を頼んだ!」
「な~に、ワシの方が譲ちゃん方を頼りにしておるよ。かっかっか!」
もういいだろうということで、ミーナの囚われている部屋に転移する。
「おはよう、ユウトさん。いよいよですね……」
「ええ、一瞬でディステですからね。一応これを」
暗がりに慣れてしまったミーナの目には、白昼の明るさはきついだろうとアイマスクをしてもらう。
手持ちに面白アイマスクしか無かった俺を今日ほど呪った事はない……。
ミーナのいなくなった部屋に、何か嫌がらせしてやろうと考えたが、アイデアも浮かばず、手持ちにも相応しい物が無かったので、ダンジョンの瓦礫を詰めておいた。
「では、行きます」
ディステの大聖堂には、大司教と術師達が待ち受けていてくれた。
ローレッタは、計画の肝でもあるので、すでに国境に向かっているそうだ。
「お母様!」
テレーゼが駆け寄ってきた。
そして、面白アイマスクなど気にせず、ミーナに抱きついた。
「明りに弱いでしょうから、暗がりに行ってからお顔を合わせて下さい」
俺はミーナを預けて、ミケ達の元に戻った。
「そ、そろそろではないか? もういいんじゃないか?」
「いい加減落ちつけい! ゴーシュ!」
「まだですよ! 待ちましょう? ねっ?」「まだだめー!」
予定時刻までまだ3時間。完全にスイッチが入った状態のゴーシュを、3人で止めていた……。
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