第63話 槍騒動と風呂騒動。

 冒険者ギルドでは依頼の掲示板がどんなものか見てみたかったが、それは明日だ。

 それよりも優先順位の高い用事があるからな。


 副ギルドマスターから聞いた武器屋を見つけて入る。アニカの予備の武器を見繕う為だ。


「アニカ、ちょっとこの槍を持ってみな? 感触はどうだ?」

「……」


 アニカは何か考え込んで、意を決したように叫んだ。


「わ、私、この薙刀が良いんです! ユウトさんから頂いた薙刀がいいんです! 取り上げないでください!!」


 武器屋にいた他の客も何事かと振り返ってくる。


「なっ! 何を言ってるんだ? 取り上げたりなんてしないぞ? “予備の”武器を探してるだけだぞ? 予・備・の」

「へっ!?」


 アニカの顔がみるみる赤くなっていく。


「ご、ごめんなさい! 私てっきり……」

「ほら、俺もこの前、ドラゴンに武器が刺さったままで、結局斧を使っただろ? アニカもそのパターンに備えなくちゃと思ってな」


「今ドラゴンって言ったか?」

「まさか~? 聞き間違いだろ? ドラゴンに会ったら生きて帰れるワケ無いしな……。 1体倒すのに何百何千の戦士が要る相手だぜ?」

「だよな? それかリザードとドラゴンを間違えてんじゃねえか? 若ぇ奴のたわ言だろ」


 俺がうっかり“ドラゴン”という言葉を発してしまった為に、ちょっとざわついたが、たわ言扱いで決着したようでよかった。



「そういうことでしたら、選びますねっ」


 薙刀を取り上げられるんじゃないと安心したアニカが、槍を手に取ったり、値段を比べたりしながら選び始めた。


 ……10分、まだ選んでる。予備とはいえ相棒になる武器だ、慎重にもなるさ。


「アニタもナイフを2本くらい見繕っておいてな?」

「うん!」


 ……もう10分、武器屋のおっさんに聞きながら選んでいる。特徴を把握するのは大事だからな。


「アニタはこれ~」

「これか、なかなかいいな。後はアニカだな?」


 ……10分、3本に絞ったようだ、真剣な表情で選んでいる。


「ミケは何か要るか?」

「我はケーキじゃ! 早う買いに行こうではないか」


 ……10分。


「……」

「ぐぬぬぅ~! いい加減せぬか! アニカ! とっとと決めるのじゃ!! いつまで待たせるのじゃー!」

「お姉ちゃ~ん、まだなの~?」

「ハッ! ごめんなさい! この2本で迷っちゃって……」

「右じゃ右! もうそれにせい!」

「どっちでもいいよ~」


 や、槍を1本選ぶのに随分時間を食ってしまったが、これでみんなの予備武器も揃えられた。

 ランチと槍とナイフで、キースからもらった金貨はほぼ使い切ったが、20万円分以上は残ってるから大丈夫だな。

 ダンジョンモンスターの魔石もまだまだあるし、手持ちを大きくオーバーする様な買い物をしない限りはOKだろ。


 今日は待ちくたびれもあって、宿に戻って多めに夕食を作ってもらい、休むことにした。

 流石に公都の最高級宿とあって、料理も美味かったし、ベッドもふかふかだ。

 それに! 浴室があるのだ! 


「どんな風呂か見てみるのじゃ!」

「興味あります!」

「おっふっろ~♪」


 風呂は、切り揃えられた石が綺麗に組まれたシンプルなものだ。サイズも俺の作る岩風呂より小さいな。

 石造りの浴槽の脇にドラム缶サイズの空き樽があって、その上に管が2本天井から伸びている。


「ユウトよ、ここに何か書いてあるぞ?」

「注意書きか? ……どれどれ、 ご利用の際は『必ず』客室係にお申し付けください?」

「さっそく呼びましょうよ! ユウトさん」

「おっふっろ~♪」

「いやいや、貴族用の宿だから、客室係がやるってだけの話だろ? わざわざ呼ぶ必要は無いって。自分達で出来るだろ」


 浴室を観察する。

 おそらく、上から伸びている管から熱湯と水が出て空き樽に溜まる。

 樽には細工がしてあって、樽に溜まった適温のお湯が浴槽にだけ溢れて、浴槽にお湯が張られていく。

 樽に残ったお湯は、綺麗なまま洗い髪とか身体を流すお湯に使うってところだな。


「なんか、スイッチみたいなのはないかな~?」

「これじゃろ?」

「おっふっろ~♪」


 樽の傍の壁に石が3つ埋め込まれていた。魔石だろうな。


「3つ? 管2つにスイッチ3つ? ニア、どう思う? これ」

「何かしらの魔法が付与された魔石ですね。魔石に魔力を流して、付与された魔法を作用させるのでしょう」

「どれに何の魔法が付与されているかわかるか?」

「それは私には解りかねます。客室係をお呼びになった方が賢明ではないでしょうか?」

「そんな大げさな。やってみれば大体解かるだろ。やってみよう」


 3つ並んだ魔石を3本の指で押さえて、魔力を流す。

 魔力を流すなんてこと、俺はやった事がないから、適当に指先からビームが出るイメージをしてみる。


 ピシ! パキッ! パキッ!


 全部の魔石が弾けた。


「ありゃ?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 ……な、なんか怪しい音がしてきた。


「ユウト! お主何をした!?」

「壊しちゃったんですか?」

「おっふっろ~♪」

「ユウトさん! 魔力の流し過ぎです!」

「えっ? 流し過ぎ?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…… 

 カタカタカタ!

 

 振動まで伝わってきたぞ。


「何かくるぞ!」


 ミケが言った瞬間にきた。


 ドバーーーーーーーー……、ビチャビチャビチャ!

 ボボボボボォォォォーーーー!


 2本の管からは冷たい水が勢いよく吹き出し、浴槽のどこかの穴からは火炎放射のような炎か吐き出されている。


 ドバーーーー……、ビチャビチャビチャビチャビチャ……

 ボボボボボォォォォーーーー!


 浴室は一瞬でカオスと化した。


 ドンドンドン! ドンドンドン!


「お! お客様! いかがなさいましたか!」



 その後、俺達は部屋を出されて、従業員達がてきぱきと後処理をしていた。

 従業員達の手慣れた動きをみるに、たまには起こるんだろうな、こういうこと……。

 表情には出さないが、またかと思ってるんだろうな。


「申し訳ありません。本日は浴室の使用ができません」

「……あ、ああそうですか。わかりました。」


 申し訳ない気持ちになりながら部屋に戻って、浴室を覗いてみる。


 魔石のあった場所には、新しい魔石がはめ込まれていたが、そこには御札のように紙が貼り付けられていた。


 ご利用の際は  客室係にお申し付けください。

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