第64話 正式に絡まれる。

 今日は昼まで宿でダラダラ過ごして、そのまま宿で昼食を摂ってから冒険者ギルドへ向かう。この宿の料理は美味かったからな。

 昨日の風呂騒動で、冷たい視線が刺さるかと思ったが、流石高級宿の従業員で、そのような態度は微塵も感じられなかった。

 ギルドでは、解体したボアとジャイアントボアの肉を受け取り、更に売った素材の代金も貰った。


「さて、掲示板にはどんな依頼があるのかな~?」


 ランク毎に分けられている掲示板は、昼過ぎという事もあってそれほど混雑していないが、依頼書自体も少ないな。


「私達はBランクの依頼まで受けられますよ」

「へっ?」


 アニカの突拍子もない発言に、変な声が出てしまったではないか。


「そりゃ、俺達ならどのランクのモンスターでも倒せるだろうけど、俺達は登録したばかりで、Fランクだよな?」

「私達は、今Dランクですよ」

「何で?」


「ぎゃー!」「な、なんだコイツら!?」「悪かった! 許してくれ~」「逃げろー! グフェッ」


 また酒場スペースの方から悲鳴が聞こえてきているが、気にしない。


「規則と、昨日受付の方から聞いんですけど、貴族の危機を救助したかららしいです」


 ギルド規則の中に、『依頼関係にない貴族が危機に陥っていた場面に遭遇し、これを救助した場合』という項目に書いてあるそうだ。

 その貴族の申し出を受けてギルドが調査を行って事実確認が取れた場合、その難易度や救助した貴族の爵位の大きさによって、最大2ランクまで褒賞として上げることができるらしい。


「私達はキースさんを助けて、キースさんがギルドに言ってくれたみたいです」


 まぁキースは、マッカラン大公国の貴族の中のトップともいえるからな……、一応。

 で、俺が実際にジャイアントボアやらウルフやらのモンスターを解体に出したものだから、それで確認が取れた、ということか。


「それでDランクという事か」

「さらにですねぇ」

「――更に!?」

「はい。昨日パーティー登録もしたので、私達はCランクパーティーになりました」

「シ~!?」


 建前として、例え個人個人がDランク冒険者でも、それが規定(4人)以上揃って活動すれば、1ランク上の依頼も達成できるだろうという事で、パーティメンバーの中で最高ランクの1つ上のランクに出来るらしい。


「これで私達はCランクのパーティーになって、同じ理由で、Bランクの依頼を受けられるということです」


 なんじゃそのハイパーインフレっぽい上がり方は?


「実際はこんなことはほとんど起こらないらしいですけど、規則には書かれてあるんです」


 読んでない。開いてもいない。


「なんじゃユウトよ、珍しく動揺しておるな?」

「どうしたの~?」


 言ってもわからなそうな2人が聞いてきたが、事の経緯を話してみる。


「ふむ! わからん」「わかんな~い」

「――ですよね~」

「じゃが、よいではないか? 小さな依頼をチマチマしなくてもいいのじゃろ?」


 その時、ギルドの入り口付近がザワついた。


「ゼンデルヴァルトさんが帰ってきた!」

「おかえり! ゼンデルヴァルトさん」


「やあやあみんな、久し振りだねぇ? みんな変わりは無いかい?」


 5人組のパーティーらしき集団が入ってきたようだ。

 声を掛けられているのが、先頭を歩いている男。30代後半だろうか?

 2m近い長身で小太り、整えられた赤髪、綺麗に割れたアゴ。

 ピカピカに磨き上げられた鎧を身につけて、真っ赤なマントをはためかせている。

 自己顕示欲が強く、プライドの高そうな男だ。

 現に彼についている3人は盾役、斥候、魔法使いだろうが、表情も装備も少しやつれている。

 そして何より、更にその後ろを武器も防具も身に着けずに大荷物を背負ってついていくボロ着の獣人の男の子。

 明らかに3人よりも虐げられている。


 そのゼンデルヴァルトと呼ばれている男に、昨日今日とミケから痛い目にあってそうなガラ悪冒険者が、こそこそと耳打ちをした。


「それはいけないなぁ、僕がいない間にそんな事があったのかい? よしっ! 僕がなんとかしてあげよう」


 ゼンデルヴァルトはそう言うと、ツカツカと俺達の方に向かってきた。

 知らぬ間に野次馬が集まって俺達を遠巻きに見ている。


「君達かぁい? 昨日今日ここに来たばかりなのにおお~きな顔をしているというのは?」


 大きな顔はお前だろ!


「昨日今日来たのは確かだが、顔はでかくないぞ、誰も。なあ?」


 ミケ達がうんうん頷く。


「き、君の言葉遣いは何だぁい? もしかして僕の事を知らないのかぁい?」

「知るわけ無いだろ? 昨日今日来たんだから」


 ゼンデルヴァルトは、額に青筋を立てて、頬を引きつらせている。何を怒っているんだ?


「そ、そうだねぇ。僕はゼンデルヴァルト。このCランクパーティー“輝けるゼンデルヴァルト”のリーダーさ。」


 何だよ、その名前。自己顕示欲丸出しじゃねぇか!


「もう少しでBランクになるけどねぇ? 君達はぁ?」

「奇遇だな。俺達もCランクパーティーだ。お前達とは違って、この間冒険者登録をしたばかりだがな」


 さっき知ったばかりの事実を、今さっそく使う。


 ゼンデルヴァルトは、平静を装っているのだろうが、青筋も頬もピクピクいっている。


「じ、冗談を言うんじゃないよぉ? 冒険者登録をしたばかりの新米が嘘を言ってはいけないじゃないか」


 俺達を見回してミケを見つけると、閃いた的な表情になって、言葉を続けた。


「――いいことを思いついたぁ! 僕が直々に君達の実力を確かめてあげよう! 勝負だよ勝負。……お互いの獣人を賭けるというのはどうだぁい?」


 この騒ぎに何事かと、受付のテーブルの上に立ってこちらを窺っていた、副ギルドマスターの顔がドンドン青ざめていく。


「面白そうだね! その勝負! アタイが立ち会いをしてやるよ!」

「おお! Aランクパーティー“大公様大好き”のハンナがいたぞー」

「ハンナが立会人だってよ!」「すげぇ~!」「ハンナ愛してるぞー」


 ……盛り上げってるとこ悪いけどさ、なんなのそのパーティー名! ラジオネームじゃあるまいし!


 30分後に地下訓練場で勝負をすることを勝手に決められて、一時解散になった。


「勝手に決められては困るんだが?」

「いいじゃないか! アンタらの内、誰がやってもアイツには勝つんだろうしさ?」



 30分後、訓練場には、アニタにボコられて顔面パンパンのゼンデルヴァルトが横たわっていた。

 貰った獣人の男の子は、能力的にはゼンデルヴァルトよりも高いのに、差別意識の高いゼンデルヴァルトによって冒険者登録もさせてもらえないまま、こき使われていたのだった。

 前々からこの子に目をつけていたハンナが、この子を冒険者登録して仲間にしたいと言うので男の子の意志を確認して、譲ってやった。



 またもや騒動に巻き込まれたので、今日のところは市街地の観光と買い物をして宿に戻った。


「ユウト様、宮殿より文が届いております」


 支配人らしき人がわざわざ部屋に届けてくれた。


『本日より三日後の午後に宮殿に来られたし。会談の首尾整う。キース・フォン・マッカラン』


 ドクン!


 思ったより早く会えそうだぞ、バハムート。

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