最終話

 今井と『白き神』は向かい合い、二人とも目を閉じた。彼らが今、何を考え、何をしているかは誰にも分からなかった。しばらく、無音の時が流れ、固唾を飲んで二人を見守った。そして、それは始まった。『白き神』が光り出すと、それは段々と明るさを増し、誰もが目を開けられないほどに眩しくなった。そして、それが徐々に収まっていくと、『白き神』はまだ光っていたが、その姿は透けて見えていた。それからその身体がキラキラと光の粒になって、サラサラと今井の身体へ向かって流れていった。これが吸収なのだろう。すべての光の粒が吸収されると、『白き神』の姿は消えて、今井は力が抜けたように、ソファーへと倒れ込んだ。くれないはすぐさま駆け寄り、彼の身体を支えてソファーへそっと寝かせた。意識がないようだ。

「終わったな」

 弘道こうどうはそう言って、

「しばらくは目を覚まさないだろう」

 とくれないに向かって言った。そばに居てやれということだろう。その言葉を聞いて、他の者たちは部屋から出て行き、そこには紅と今井だけが残った。紅はソファーの前で膝をついて、今井の顔を見ながら、

「まだ終わっていないわ。あなたはまだ、戦っているのでしょう?」

 今井は吸収した力を制御するために戦っている。その証拠に、彼の額には冷たい汗が滲んでいた。

「あなた、あたしの伴侶になるのでしょう? 力を制御してみせなさいよ」

 紅はそう言って、今井の手を握った。意識のない今井だが、紅の手から彼女の気が流れ込むのを感じた。その温かみが今井の心を落ち着かせ、一人ではないと安心できた。その気持ちが力となり、大きすぎる己の力を抑え、制御することが出来た。

「今井さん……」

 紅が心配で堪らないという表情で見つめて言葉をかけた。

「はい」

 今井はゆっくりと目を開いて返事をした。それを見て紅は、

「良かった! あなた、自分の力に勝ったのね!」

 嬉しくてつい、今井の身体に抱きついて、二人の頬が触れ合った。

「本当に、あなたったら無茶をして。あたしにどれだけ心配を掛ければ気が済むのかしら?」

 いつもの高飛車な言葉が、紅の口をついて出た。そんな紅を見て、今井は安心したように穏やかに微笑む。

「ところで、僕たちの婚約は成立ってことでいいですよね?」

 今井の言葉に、紅は頬を赤らめて、

「あたしに二言はないわ。婚約の儀は近いうちに執り行うから覚悟しなさい。あなたには、あたしと将来、結婚することを約束してもらうわ」

 と、高圧的な態度で照れ隠しをしているのを、今井は気付いていて、にんまりと笑みを浮かべている。

「分かりました。楽しみにしています」


 二人の様子が気になって戻って来た王鬼おうきたちは、扉の外で入るタイミングを失っていた。



 『夜明け』の組織壊滅、戦場の後始末、親を失った子供たちの引き取り先、『白き神』の消滅、今井の能力の制御。すべてが終わり、平穏な日常が戻った。


 それぞれの暮らしが安定したが、今井は紅と婚約を交わし、彼女に振り回されることが多くなった。

「今井さん! 早く起きて! 今日はあたしとデートの約束でしょ? 疲れているだなんて、言い訳は聞きませんよ!」

 せっかくの非番も、彼には休むことは許されなかった。



                     了

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紅き刑戮 白兎 @hakuto-i

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