第66話
「さあ、りっちゃん、お出かけしましょっ」
紅はそう言って、はしゃいで四之宮の手を取り、護衛の
若者で賑わう街は、誘惑に満ちていて、四之宮も目を輝かせている。街に漂う人々の陽気さ、浮かれが伝播したかのような、繁華街特有の雰囲気に、誰もが飲まれている。それは紅も同じだった。しかし、護衛が任務である如月は、この時も決して警戒は解いていなかった。如月には能力も霊感もないが、人が放つ敵意のような強い意志を感じ取ることが出来た。
「紅様」
静かに声をかけると、紅は如月が伝えたい事を察し、四之宮と如月を両腕で引き寄せ、
「ここから離れるわよ」
と一言言って、風の能力で
「如月、りっちゃんを連れて、家に帰って。王鬼に伝えて」
紅が言った時、赤く燃え立つ炎と共に、その者は現れた。
「あら、誰も逃がさないわよ」
女の言葉に紅が振り返ると、如月と四之宮は既に敵に捕まっていた。
「あなた、卑怯ね。あたしより弱いからって、こんな手を使うなんて情けないわ」
紅が言うと、
「あら、あなたこそ、強気な言葉であたしを牽制しているようだけど、無駄なことだわ。弱い者を人質にした方が断然有利で、賢い方法だもの」
と相手の女は
「あなたが
紅は相手を挑発しながら、既に二人の救出に動いていた。
「あたしと対面しながら、気を逸らして、随分、余裕なのね」
女はそう言って、炎で紅を攻撃した。それに応戦している紅が、一瞬、四之宮たちから注意を逸らした。その隙に、女の炎の分身が四之宮たちを襲った。
「りっちゃん!」
それに気付いた時には、二人は既に炎に包まれていた。二人を捕らえていた
「気を散らすな!」
男の声が四宮たちを包んだ炎の中から聞こえ 、内側から大量の水で炎は消された。そこに現れたのは、綺麗に整った人形のように表情のない若い男。髪の一部が青いのが印象的な所を見ると、四強の『
「敵に背を向けるな! お前はあれを殺すのが使命だろ!」
もっともな事を言われたが、大切な者たちを守る方が、紅にとっては大切なことだった。そんな紅を見て、
「私は大丈夫です」
と如月が言い、
「私も大丈夫です。青を信じます」
と四之宮が言った。これ以上、余計なことを考えてはいけない。紅はそう思い、四強の『赤』と対峙した。
「あら、青じゃない。あなた、本当に甘ちゃんね。その子に相当、ご執心のようだけど。あたしの邪魔をするなんて、組織に
四強の『赤』はそう言って、不敵に笑った。見た目は紅と同じ年頃の少女。真っ赤なドレスに、真っ赤な唇。黒く長い髪。整った綺麗な顔、紅たちを見下す冷ややかな目。口調も高飛車で紅と似ているが、どこか気品に欠けている。
「青、二人を守れなかったら、あなたも殺すから。命を懸けて守りなさい」
紅は青に背を向けて言って、
「あなた、あたしに勝てるなんて思い上がりもいいとこね。さあ、殺し合いましょう」
紅は二人の事を青に任せることで、吹っ切れたように笑みを浮かべた。そんな紅の背中から、炎が
「思い上がってんのは、お前だろう! いい気になりやがって!」
四強の『赤』が感情のままに言葉を発した。これが、この女の本性なのだろう。気取ってはいられないと、本能が危機を察したようだ。女をよく見ると、スレンダーな身体で、胸の膨らみはなく、真っ平だ。
「あなた、男の子だったのね?」
紅が言うと、
「だからなんだ! 馬鹿にしているのか!」
と『赤』が怒鳴り返した。
「馬鹿になんてしていないわ。ただ、綺麗な顔に、いい体形をしているのに、殺してしまうなんてもったいないと思っただけよ。男の子でこんなに綺麗な子、初めて見たわ」
嬉しそうに言う紅の微笑みは、悪魔のように恐ろしく不気味だった。
「お前ら、何を怯えている! 奴を殺せ!」
『赤』が怒鳴ると、姿を隠していた古の者たちが、一斉に紅に襲いかかった。しかし彼らは紅の風に吹き飛ばされて、一瞬にして蹴散らされた。
「さあ、お遊びはこれまでよ。あなた、強いって噂だけど、本当はとっても弱いのかしら?」
そう言って紅は、敵に火炎放射を浴びせた。相手も火の能力者。効果はないが、これは目くらましで、次の攻撃は土の玉を無数に飛ばすガトリング砲。これは、先日、王鬼が使った技だった。この攻撃も全く効いていなかった。『赤』は自らの身体を炎に変えることができるようだ。次の瞬間、敵の炎の分身が紅の周りを囲んだ。紅は風となってすり抜けたが、その先に『赤』が待ち構えていて、炎で紅を包んだ。しかし、紅は水の能力を使い、身体を氷で包み、炎の熱を逃れ、即座に土に潜り、『赤』の足元に現れ、土の中へと引きずり込んだ。『赤』は炎に姿を変え、土を溶かし、ドロドロとしたマグマのように赤く溶けた土から、ゆっくりと立ち昇る炎のように姿を現した。
「あら、やるじゃない」
紅の軽口に対して、『赤』は答える事はなかったが、その代わりに強い眼光を紅に向けた。
「あなた、人を殺したことはあるかしら?」
紅が言うと、
「能力のない者は、生きる意味も価値もない。『白き神』がそう言った。無能力者は殺して構わないと。俺たち能力者は選ばし者。無能力者が死ぬのは増えすぎた人の淘汰だ」
と『赤』は言った。
「だから、あなたは人を殺したのね。それなら、あたしも心置きなく、あなたを処刑できるわ」
満身創痍の『赤』に紅は容赦なく攻撃を続けた。『赤』は徐々に押され始めたが、最後まで戦い抜いた。
「あなたの思想はあたしには悪でしかないわ。それでも、信じた者に付き従い、最後まで戦い続けたあなたの姿は立派だった。もう、これでお別れよ。紅蓮の炎に舞い散れ」
紅は最後に言葉をかけて、『赤』を炎で焼き尽くした。
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