第66話

 王鬼おうきが来てから、しばらく平穏が続いていた。四強よんきょうの『』がこちら側についたという情報は、既に組織にも伝わっているだろう。それで、今は策を練っているのかもしれない。王鬼の言っていた『あか』、強い力を持つという噂だが、会ってみなければ、その力量も測れない。

 くれないはいつ襲撃されても、迎え撃つ準備は出来ていた。しかし、今日は久々に、四之宮と街へ出かけることで、つい、気を緩めてしまっていた。

「さあ、りっちゃん、お出かけしましょっ」

 紅はそう言って、はしゃいで四之宮の手を取り、護衛の如月きさらぎと三人で出かけた。


 若者で賑わう街は、誘惑に満ちていて、四之宮も目を輝かせている。街に漂う人々の陽気さ、浮かれが伝播したかのような、繁華街特有の雰囲気に、誰もが飲まれている。それは紅も同じだった。しかし、護衛が任務である如月は、この時も決して警戒は解いていなかった。如月には能力も霊感もないが、人が放つ敵意のような強い意志を感じ取ることが出来た。

「紅様」

 静かに声をかけると、紅は如月が伝えたい事を察し、四之宮と如月を両腕で引き寄せ、

「ここから離れるわよ」

 と一言言って、風の能力で人気ひとけのない場所へと移動した。

「如月、りっちゃんを連れて、家に帰って。王鬼に伝えて」

 紅が言った時、赤く燃え立つ炎と共に、その者は現れた。

「あら、誰も逃がさないわよ」

 女の言葉に紅が振り返ると、如月と四之宮は既に敵に捕まっていた。

「あなた、卑怯ね。あたしより弱いからって、こんな手を使うなんて情けないわ」

 紅が言うと、

「あら、あなたこそ、強気な言葉であたしを牽制しているようだけど、無駄なことだわ。弱い者を人質にした方が断然有利で、賢い方法だもの」

 と相手の女は高飛車たかびしゃに言った。

「あなたが四強よんきょうの『あか』ね。大した自信だけど、これだけの配下を連れて、人質まで取って、もう既に敗北を認めているようなものじゃない」

 紅は相手を挑発しながら、既に二人の救出に動いていた。

「あたしと対面しながら、気を逸らして、随分、余裕なのね」

 女はそう言って、炎で紅を攻撃した。それに応戦している紅が、一瞬、四之宮たちから注意を逸らした。その隙に、女の炎の分身が四之宮たちを襲った。

「りっちゃん!」

 それに気付いた時には、二人は既に炎に包まれていた。二人を捕らえていたいにしえの者たちも道連れだ。彼らの元へ駆け寄ろうとする紅に更なる炎の攻撃が向けられ、足を止められた。その時、

「気を散らすな!」

 男の声が四宮たちを包んだ炎の中から聞こえ 、内側から大量の水で炎は消された。そこに現れたのは、綺麗に整った人形のように表情のない若い男。髪の一部が青いのが印象的な所を見ると、四強の『あお』に違いない。彼は片腕で四之宮を包むように抱きかかえ、もう片方の手で水を操っていた。四之宮も如月も全くの無傷と知ると、紅は安堵したが、この『青』が二人を炎から守った意図が分からない。味方と思っていいのか、それとも、紅を油断させるのが目的か。

「敵に背を向けるな! お前はあれを殺すのが使命だろ!」

 もっともな事を言われたが、大切な者たちを守る方が、紅にとっては大切なことだった。そんな紅を見て、

「私は大丈夫です」

 と如月が言い、

「私も大丈夫です。青を信じます」

 と四之宮が言った。これ以上、余計なことを考えてはいけない。紅はそう思い、四強の『赤』と対峙した。

「あら、青じゃない。あなた、本当に甘ちゃんね。その子に相当、ご執心のようだけど。あたしの邪魔をするなんて、組織に楯突たてつく気なの? 弱いくせに。みんなまとめて、殺してあげる」

 四強の『赤』はそう言って、不敵に笑った。見た目は紅と同じ年頃の少女。真っ赤なドレスに、真っ赤な唇。黒く長い髪。整った綺麗な顔、紅たちを見下す冷ややかな目。口調も高飛車で紅と似ているが、どこか気品に欠けている。

「青、二人を守れなかったら、あなたも殺すから。命を懸けて守りなさい」

 紅は青に背を向けて言って、

「あなた、あたしに勝てるなんて思い上がりもいいとこね。さあ、殺し合いましょう」

 紅は二人の事を青に任せることで、吹っ切れたように笑みを浮かべた。そんな紅の背中から、炎が迦楼羅炎かるらえんのように燃え上がった。


「思い上がってんのは、お前だろう! いい気になりやがって!」

 四強の『赤』が感情のままに言葉を発した。これが、この女の本性なのだろう。気取ってはいられないと、本能が危機を察したようだ。女をよく見ると、スレンダーな身体で、胸の膨らみはなく、真っ平だ。

「あなた、男の子だったのね?」

 紅が言うと、

「だからなんだ! 馬鹿にしているのか!」

 と『赤』が怒鳴り返した。

「馬鹿になんてしていないわ。ただ、綺麗な顔に、いい体形をしているのに、殺してしまうなんてもったいないと思っただけよ。男の子でこんなに綺麗な子、初めて見たわ」

 嬉しそうに言う紅の微笑みは、悪魔のように恐ろしく不気味だった。

「お前ら、何を怯えている! 奴を殺せ!」

 『赤』が怒鳴ると、姿を隠していた古の者たちが、一斉に紅に襲いかかった。しかし彼らは紅の風に吹き飛ばされて、一瞬にして蹴散らされた。

「さあ、お遊びはこれまでよ。あなた、強いって噂だけど、本当はとっても弱いのかしら?」

 そう言って紅は、敵に火炎放射を浴びせた。相手も火の能力者。効果はないが、これは目くらましで、次の攻撃は土の玉を無数に飛ばすガトリング砲。これは、先日、王鬼が使った技だった。この攻撃も全く効いていなかった。『赤』は自らの身体を炎に変えることができるようだ。次の瞬間、敵の炎の分身が紅の周りを囲んだ。紅は風となってすり抜けたが、その先に『赤』が待ち構えていて、炎で紅を包んだ。しかし、紅は水の能力を使い、身体を氷で包み、炎の熱を逃れ、即座に土に潜り、『赤』の足元に現れ、土の中へと引きずり込んだ。『赤』は炎に姿を変え、土を溶かし、ドロドロとしたマグマのように赤く溶けた土から、ゆっくりと立ち昇る炎のように姿を現した。

「あら、やるじゃない」

 紅の軽口に対して、『赤』は答える事はなかったが、その代わりに強い眼光を紅に向けた。

「あなた、人を殺したことはあるかしら?」

 紅が言うと、

「能力のない者は、生きる意味も価値もない。『白き神』がそう言った。無能力者は殺して構わないと。俺たち能力者は選ばし者。無能力者が死ぬのは増えすぎた人の淘汰だ」

 と『赤』は言った。

「だから、あなたは人を殺したのね。それなら、あたしも心置きなく、あなたを処刑できるわ」

 満身創痍の『赤』に紅は容赦なく攻撃を続けた。『赤』は徐々に押され始めたが、最後まで戦い抜いた。

「あなたの思想はあたしには悪でしかないわ。それでも、信じた者に付き従い、最後まで戦い続けたあなたの姿は立派だった。もう、これでお別れよ。紅蓮の炎に舞い散れ」

 紅は最後に言葉をかけて、『赤』を炎で焼き尽くした。

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