第55話

 今井は一週間ほどで退院した。折れた骨も、つぶれた内臓も、嘘のように完治したことを、主治医は驚きを隠せない様子だった。


「ご心配をおかけしました」

 退院した翌日に、今井はくれないの屋敷を訪れた。

「あら、お元気そうで何よりだわ」

 紅が言うと、

「おかげさまで」

 と今井は笑ったが、すぐに顔をこわばらせ、

「佐久間さんは?」

 と尋ねた。

さかき

 紅が言うと、榊が黒猫佐久間の遺体の入った発砲スチロールの箱を持ってきた。保冷状態は保ったままだ。

「治せるかしら?」

 紅が蓋を開けると、中には腹が裂けたままの黒猫の遺体が。目を背けたくなる痛ましさだ。

「やってみます」

 今井が手をかざすとオーラ―のような柔らかな光を発し、それは黒猫の身体を優しく包み込んだ。すると、裂けた腹の細胞が生き物のように動き、繋ぎ合わせていって、元の身体に戻った。傷の治療は成功したようだ。あとは精神と身体を繋ぎ、蘇生を行うだけ。

「黒猫ちゃん、あなたは生きたい?」

『……』

 返事がなかった。

「今井さん!」

 今井が頷いた。

「佐久間さん、あなたは生きたいですか?」

『どちらでもよい』

「どちらでもよい。と言っています」

「だめよ。はっきり答えて。あたしにとってあなたは必要よ。でも、あなたの意志がどちらかを選択しなければならないわ。これもあたしの宿命よ。命を取るか、与えるか。さあ、答えて、あなたは生きたい?」

『生きたい』

「生きたいと答えました」

 今井が言った。

「ええ、今のはあたしにも聞こえたわ。ならば生きよ」

 紅が右手を翳すと、そこから光が迸り、それは黒猫の身体を包んだ。


 しばらくすると、

「ニャッ」

 っと黒猫が飛び上がった。そして、寒そうにブルブルと震えた。

「佐久間さん!」

 今井がすぐに黒猫佐久間を抱き上げて、身体をさすって温め、抱きしめた。

「良かった。本当に良かったです」

 嬉しそうに黒猫に頬擦りしているところは、ただの猫好きにしか見えない。

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