第44話
ロールスロイスは五人乗りで、運転手を除けば、四人乗車できる。助手席には
「藤堂様、こちらになります」
社長がそう言って案内した建物は、広い庭のある豪邸だった。その敷地内も建物の中も、すべてがフォトスポットに
「どこで撮りましょうか?」
社長が尋ねると、
「場所を決める前に、りっちゃんのお着替えが先だわ。どこか部屋を貸してちょうだい」
紅が言った。
「かしこまりました。では、どうぞこちらへ。スタッフがご案内いたします」
社長は女性スタッフを呼ぶと、案内を命じた。紅、如月、四之宮の三人は、女性スタッフに案内された部屋へ入ると、さっそく四之宮の着替えを手伝った。しかし、ロリータファッションのショップ店員のように、上手く着せる事が出来なかった。そこで、廊下で待っている女性スタッフに声をかけて直してもらうと、完璧に仕上がった。そこはさすがにプロであった。
「りっちゃん、可愛い!」
「本当に衣装がお似合いです」
四之宮を見て微笑む女性スタッフも、本心で言っているようだった。
着替えを終えて、藤堂たちと合流すると、さっそく写真撮影が始まった。応接間の豪華なソファーに座る四之宮を、紅、如月、藤堂が囲むようにして一枚。庭に出てブランコに座る四之宮を囲んで一枚。
「すみませんが、みなさん笑顔でお願いします」
ファインダーを覗きながら、社長が言う。
「あら、面白くもないのに笑えないわ」
紅がさらりと言う。
「え? みんな笑っていないの? みんな笑顔で撮ろうよ」
藤堂が言う。
「では、笑顔マジックのプロを呼びますね」
そう言って、社長は電話でそのプロを呼んだ。その間、紅たちはお茶とお菓子で休憩。二十分ほどで、そのプロたちがやって来た。男女二人組の彼らは、売れない芸人だという。フォトスタジオで、客を笑わせるアルバイトをしていた。
「では、お願いします」
しかし、残念なことに、彼らの芸で大笑いしたのは藤堂だけだった。
「みなさん、少しは笑ってくださいよ」
社長が言うと、
「面白くもないのに笑えないわ」
と紅が言う。
これには、売れない芸人二人が、さらに落ち込む。
「いや、いや。君たち、面白かったよ」
藤堂は、慰めではなく、本当に面白かったようで、彼らの芸に満足していた。
紅が、はっと気付いたように、
「りっちゃんの笑顔の写真が撮れないなんて困るわ」
そう言って、誰かに電話をかけた。
「今井さん、今すぐ、黒猫ちゃんを連れてきて。場所はこの後、メッセージに添付するわ」
電話を切ると、今井にメッセージを送った。
十分ほどで、彼らはやって来た。
「今井さん! こっちよ」
紅に呼ばれた今井と黒猫佐久間は、
「さあ、黒猫ちゃん」
と言って、紅が黒猫佐久間を優しく抱き上げ、ブランコに座る四之宮に抱かせた。
「黒猫ちゃん」
四之宮は、嬉しそうに微笑み、黒猫に頬擦りをしている。
それを母のように優しい笑顔で見守る紅。
そんな紅を見て、安心したように微笑む如月。
そんな微笑ましい彼女たちの笑顔に癒され、微笑む藤堂。
「いいねぇ。いい画だねぇ」
そんな言葉を連発しながら、満足げに微笑みファインダーを覗き、シャッターを切る社長。
「これは一体、何事でしょう?」
一人、笑えない今井がぽつりと言った。
笑わせることが出来ず、黒猫に敗北感を味わい、苦笑いする芸人二人。
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