第32話

 今井は、黒猫の頭をなでる。それが習慣のようになっていた。

「ニャ~」

 黒猫は気持ち良さそうに目を細めた。このとき、黒猫は何も言ってはいなかった。しばらく誰もしゃべらず、沈黙が続いた。そこへさかきが、ワゴンで紅茶とお菓子を運んできた。人数分の紅茶をカップに注ぎ、お菓子を添えて配った。

「どうぞ」

 少女は警戒して、それには口をつけなかった。

「大丈夫ですよ。毒なんて入っていませんから」

 今井がそう言っても、やはり口をつけなかった。

「まあ、いいでしょう。お話しを聞かせてください。まずは、あなたの名前を教えてください」

 少女は答えなかった。

「ニャー」

 黒猫佐久間が、今井の膝から下りて、少女のとなりへ座った。

「ニャー」

 その愛くるしいつぶらな瞳で、少女を見上げる。それを少女が見つめ返して、愛おしそうに抱きしめて、泣き始めた。

「ニャー」

 黒猫佐久間は、慰めるように、少女の頬に頭をこすりつけた。


 それを皆が見守り、誰も言葉は発しなかった。しばらくして、少女は自ら語り始めた。



 私の名前は、四之宮しのみやりつ。十四歳。親はいないわ。私が殺したから。悪魔を殺すように命じられたことは事実よ。殺し損ねたけどね。私の力じゃ敵わないことは、私自身も、上の者も分かっていた。だから、私の身体に爆弾が仕込まれた。どうせ私は人殺し、親殺し。能力も他の者より劣っている。だから、捨て駒にされるのは当然だわ。こんな、何もない私なんてただのクズよ。今すぐに殺せばいいわ。組織の事を聞き出そうとしても無駄だから。知っている事なんて何もない。上層部の事は知らない。ただ、私には居場所がなかった。能力を使って役に立つなら、必要とされるなら、組織の一員になってもいい。それで、組織に入った。私は住むところを与えられ、命令が下るのを待つだけ。それでも、そこには居場所があると思えた。でも、失敗した、期待に応えられなかった私は、組織には不要な存在。悪魔が私を始末しなくても、いずれ消される。だから、ここで消してしまえばいい。


 少女はそう言いながらも、身体を震わせ、黒猫を抱きしめている。やはり、殺されることに、恐怖を感じているのだろう。


「殺させませんよ」

 今井は優しく言った。

「ニャー」

 黒猫佐久間も、何か言っている。

「そうですね。佐久間さんも、あなたを殺す必要はないと言っています」

 佐久間には、何か策略があるのか、それとも、少女に同情したのだろうか?

「ねえ、あたしも、とお話ししたい。もう、しゃべってもいい?」

 紅が、もう我慢の限界とばかりに声を発した。

「ニャー」

「いいですよって、りっちゃん?」

 紅が急に、親し気な愛称をつけて呼び始めたので、今井が素っ頓狂な声を上げた。

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