第32話
今井は、黒猫の頭をなでる。それが習慣のようになっていた。
「ニャ~」
黒猫は気持ち良さそうに目を細めた。このとき、黒猫は何も言ってはいなかった。しばらく誰もしゃべらず、沈黙が続いた。そこへ
「どうぞ」
少女は警戒して、それには口をつけなかった。
「大丈夫ですよ。毒なんて入っていませんから」
今井がそう言っても、やはり口をつけなかった。
「まあ、いいでしょう。お話しを聞かせてください。まずは、あなたの名前を教えてください」
少女は答えなかった。
「ニャー」
黒猫佐久間が、今井の膝から下りて、少女のとなりへ座った。
「ニャー」
その愛くるしいつぶらな瞳で、少女を見上げる。それを少女が見つめ返して、愛おしそうに抱きしめて、泣き始めた。
「ニャー」
黒猫佐久間は、慰めるように、少女の頬に頭をこすりつけた。
それを皆が見守り、誰も言葉は発しなかった。しばらくして、少女は自ら語り始めた。
私の名前は、
少女はそう言いながらも、身体を震わせ、黒猫を抱きしめている。やはり、殺されることに、恐怖を感じているのだろう。
「殺させませんよ」
今井は優しく言った。
「ニャー」
黒猫佐久間も、何か言っている。
「そうですね。佐久間さんも、あなたを殺す必要はないと言っています」
佐久間には、何か策略があるのか、それとも、少女に同情したのだろうか?
「ねえ、あたしも、りっちゃんとお話ししたい。もう、しゃべってもいい?」
紅が、もう我慢の限界とばかりに声を発した。
「ニャー」
「いいですよって、りっちゃん?」
紅が急に、親し気な愛称をつけて呼び始めたので、今井が素っ頓狂な声を上げた。
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