第25話

 今井がやって来たのは、夜の遅い時間だった。

「あなたね。うら若き乙女の屋敷を訪れるには、非常識な時間だと思わないのかしら?」

 くれないはすでに赤い着物に着替えて今井を出迎えていた。

「すみません。夜分遅くに……。って、準備万端じゃないですか!」

「ニャーッ!」

 黒猫の佐久間も『行くぞ』と言って、やる気満々だった。

「それで、今日の相手はどんな奴なの?」

「これが、ちょっと難敵でして、二つの能力を持っているんですよ」

「あら、それくらいどうってことはないわ。あたしは四つの能力を持っているんですから」

 紅は自分の強さを自負している。そんな紅を、今井は少し心配していた。そのおごりが失敗を招くのではないかと。

「あなたは強いかもしれませんが、気を付けてください」

「分かっているわよ」

 紅は自信満々で現場へ向かった。黒猫佐久間は黙ったままだ。何も言ってくれないのはなぜだろうと、今井は佐久間へ視線を向けたが、気付かぬふりをして、長い尻尾を立てて優雅に歩いている。


 いにしえの者は、廃墟となった倉庫にいた。そこには信じられない凄惨せいさんな光景があった。

「そこまでよ!」

 古の者は、血に染まった人の身体を投げつけてきた。紅はその行動に対し、微動だにせず、瞬時に敵の背後にまわり、土ドリルで背中を突き刺した。しかし、それに手ごたえはなく、水分身だと分かると、今度は敵に背後を取られた。紅は風となり、敵から距離をとった。敵の能力は水と風、二つの能力を使い、紅の攻撃を躱すと同時に、攻撃を仕掛けてきた。


 どうやら、ここはバイクの愛好家(暴走族)のたまり場のようだった。数台のバイクと三人の遺体が転がっている。他の仲間はあわてて逃げたのか、地面には強くこすれた黒いタイヤ痕が残されている。

「あたしの目の前で、こんな惨い事をするなんてね。このあたしの刑戮けいりくからは、決して逃れることは出来ないわよ。覚悟しなさい!」

 古の者に人差し指を向けて、紅はいつになく厳しい表情で言った。その時、紅の背後に炎が燃え上がる。

「師匠、すごい気迫です。まるで不動明王ですね」

 そこへ山本が、いつの間にか現れた。

「あなた! なんでいるのよ。子供が出歩いていい時間じゃないわ! 帰りなさい」

 紅は、山本の方へ向いて、敵に背を向けた形となった。


「あぶない!」

 今井が声を上げたが、紅は敵に目もくれず、後ろに手をかざし、土で防壁をつくり、攻撃を受け止めた。まるで、何事もなかったかのように、敵を無視して、山本に近寄り、

「あなたみたいな未熟者は、まだ実戦に来ちゃだめよ。死んでしまうわよ」

 紅はそう言って、山本の肩に手を置いた。

「俺に背を向けるとは、いい度胸だな、悪魔!」

 自分が無視されたことに、古の者は腹を立てたようだ。

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