第5話

 少年の部屋は個室で、外には警察官が立っていた。

「ご苦労様。目撃者から話しを聞きたいのだが、この部屋にいるのかな?」

 佐久間は警察手帳を見せて言った。

「はい。どうぞ」


「失礼するよ。すみませんが、事件の目撃者の方からお話を伺いたいのですが。今よろしいでしょうか?」

 佐久間と今井が病室に入ると、三人の目撃者はこちらを向いて会釈した。

「私たちが見たことは、先ほど警察官にお話ししました。それ以上の事はありません」

 答えたのは、少年の担任教師だった。

「そちらの方々は、その子供さんのご両親ですか?」

「はい」

 父親が答えた。

「息子さんもあの現場にいたのですよね?」

「はい」

「また、改めてお話しを聞きに来ます。お大事になさってください」

 そう言って、佐久間は病室をあとにした。


「いいんすか? 何も聞かなくて」

「状況を見ろ。焼死体のそばで発見された息子が昏睡状態だぞ。話しなんて聞けるか」

「そうっすね」

 佐久間は先が思いやられた。今井は刑事としての未熟さだけではないようだ。


 署に戻って情報の整理をした。鑑識の所見でも夕べの焼死体と同じだと言っていた。しかし、どうやって人を燃やしたのかが、まだ解明できていない。被害者には共通点があるのか? 半グレと男子中学生に繋がりはあるのか? 三人の目撃者からの情報では、少年たちは生きたまま焼かれた。

「どんな罪を犯したというんだ。まだ中学生じゃないか」

「そうっすね。残酷っす」

 お前のしゃべり方はどうにかならないのか? 誰がこいつを刑事に推薦したんだろう? 佐久間はそんなことを思った。

「佐久間さん。絶対にホシを挙げましょう」

 今井が熱意のこもった目をした。こいつ、チャラいのはフリなのか?



 紅の朝は騒々しかった。

「おなかすいた!」

 昨日の件で、昼食も夕食も食べずに寝てしまった紅は、猛烈な食いっぷりだ。

「紅様、落ち着いてお召し上がりください」

 喉を詰まらせないかと、榊が心配するほどだった。

 紅は紅茶で流し込み、一旦落ち着いて、

「そうね。がっつき過ぎたわ。でも、本当にものすごくおなかが空いていたのよ」

 と言って、再び食べ始めた。若いといくらでも食べられるのだなと榊は思った。


 榊には、他に思うところがあった。昨日はあれだけ落ち込み、食べる事さえ拒否していた紅が、今は元気に食べている。腹が空いているから当然なのだが、紅の中で、昨日のことが解決したのかもしれないとも考えた。しかし、それを聞くべきではないとも心得ている。


「紅様、今日のお勤めは大丈夫でしょうか?」

「ええ、もちろんよ」

 紅はいつもの衣装に着替えて客を待った。一人目は女で、夫の不倫相手を見つけ出して、懲らしめたいということだった。

「あなたね。それ、本気で言っているの? だって、あなたにも男がいるじゃない。泥沼よ。お互いに何の得もない。引き分けってことで、別れる事をお勧めするわよ。あなたが夫と相手の女を懲らしめると、あなた、ひどい目に遭うわよ。一番いい方法は、夫の不倫を強く咎めず、理解ある妻を演じて、相手と幸せになって欲しいと言って、離婚すること。いい? 欲を出さないこと。お金を要求すれば、あなたの隠し事は暴かれてしまうから、気を付けて」

 女は納得して帰っていった。


 二人目はなんと、猫探しだった。それは他へ依頼してくれと思ったが。これも仕事と割り切った。

「そうね。あなたの猫、もう保護されているわよ。その猫、よくいなくなるけれど、なぜかしら? まあ、いいわ。猫の居場所、地図で教えるから。あなたのスマホでこの辺りの地図を出して」

 紅はその場所を示した。

「ありがとうございました」

 女は礼を言って帰っていった。


 今日の客はそれで終わった。昼の準備をすると言って、榊と如月が食堂へ行った。何か怪しいと紅は思った。


 部屋でくつろいでいると、

「紅様、お食事の準備が出来ましたので、食堂へいらしてください」

 と榊が声をかけた。


「お誕生日おめでとう!」

 やっぱりだ。誕生日は昨日だった。藤堂は残念そうに帰ったが、今日こそはと都合をつけて、榊達にも協力を求めて、準備していたのだった。


「ありがとう」

 紅は至って冷静に言った。

「紅、相変わらず冷たいなぁ。小さい頃はパパって、抱きついてくれていたのに」

「いつの話しよ」

「これはパパからのプレゼント。開けてみて」

 有名ブランドの箱を開けると、水色のコットンワンピースだった。

「きっと似合うぞ」

 藤堂は嬉しそうにそう言った。

「ありがとう」

 どうやら、紅も気に入ったらしい。藤堂の前でも笑顔を見せた。

「着替えてくる」

 紅は部屋へ戻って、ワンピースに着替えてきた。


 藤堂はあまりの嬉しさに、紅に抱きつこうとしたが、

「それはダメ」

 と冷たく断られた。如月と榊は使用人なのでその立場上、プレゼントはないが、精いっぱいのもてなしをした。紅の喜ぶ料理を並べ、楽しいひと時を過ごした。パーティの終盤に、一人の来客があった。

「ごめんね。遅くなったよ」

 急いで来た様子で、息が上がっていた。

「お兄ちゃん。来てくれたの?」

 紅にそう呼ばれた青年は制服を着ていた。

「今日は部活を休んで、急いで来たんだ。誕生日会は昨日のはずだったのに、急に変更になったって言うから焦りましたよ。父さん」

「ああ、すまないね。来てくれて嬉しいよ。なあ、紅」

「ええ、もちろんよ。お兄ちゃんが来てくれるなんて思わなかったもの」

 紅はいつになく、はしゃいだ。

「紅、お誕生日おめでとう」

 兄からのプレゼントを開けると、ネックレスだった。兄が紅につけてあげると、

「よく似合うよ。そのワンピースもね」

 そう言って、頭に優しく触れた。紅は照れたように微笑んだ。

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