第2話
「おはようございます。
ここは古い洋館の一室。紅と呼ばれた少女は、裾の短い赤い着物を着ていた。昨夜、事件を起こした時の服装のままだ。
『なんだ、我に用か?』
「いえ、貴女ではありません。貴女の中にいる紅様にご挨拶をしたのです」
少女は少し不機嫌な顔をしたあと、ガクンと頭を落とした。次の瞬間、
「あら、おはよう。もう朝なのね。おなかが空いたわ」
歳相応のあどけない表情で言った。
「やだ、またこんな格好。着替えるからちょっと待ってて」
紅が言うと、老執事は、
「では、外でお待ちしております」
と答えて、部屋の外で待つ。着替え終えると、紅が元気よく部屋から出てきて、
「今日の朝食は何かな~? 楽しみだなぁ」
とはしゃぎながら食堂へ向かった。紅の部屋は二階にあり、部屋はいくつもあったが、この洋館には紅と使用人しかいないようだ。食堂には一人分の朝食が用意されていた。
「やったー! 今日は生クリームとフルーツたっぷりのパンケーキ。あったかいミルクティもいい香り」
紅はうれしそうにパンケーキを頬張った。
「紅様、今日の予約は三件入っております。一番早い時間は十時となっております」
「今何時?」
「八時でございます」
「分かった」
紅は食事を終えると、仕事着に着替えた。
「お客様がお見えでございます」
「どうぞ通して」
スーツを着た、小太りの年配の男が入って来た。
紅は男を見るなりこう言った。
「あなた、隠し子がいるのね」
「なぜそれを」
と驚くと同時に、脅えるように男はきょろきょろとした。
「あたしには分かるのよ。まあ、隠し子ってのは表現が嫌だわ」
この言葉に、老執事は微かに表情を曇らせた。
「要は愛人に子供が生まれて、奥さんにばれそうで怖がっているのよね。それで、神のお告げを聞きに来たのでしょう?」
「その通りです。どうしたらいいでしょうか?」
「正直に話す事よ。奥さん、あなたの財力に魅力があるだけで、あなたには興味もない。むしろ性的欲求を外に向けてもらって、助かっているくらいよ。あなたが望まなければ、離婚はないわ。ただ、奥さんはあなたの弱みに付け込んで、好き放題すると思うけど、それは覚悟するしかないんじゃない? あなたに愛人がいる事が公になっても、あなたが不利になることはないわ。話しが長くなったけれど、結論はこうよ。愛人がいる事と、子供が生まれたことを奥さんに話す。それと、子供を認知し、養育費を支払う事。あたしには未来が見えるけれど、未来は一つじゃないの。あなたがその子を大切にすることで、未来はよくなる。愛人の子は男の子でしょ? その子が大人になるまで、あなたが見守ってあげると、その子が将来、あなたを助けてくれる。だから大切にして」
「本当に大丈夫だろうか?」
「あなたね、自分がしたことに後ろめたさを感じるくらいなら、最初からしなければよかったじゃない。今さら後悔したって仕方ないのよ。四の五の言わずにちゃんとしなさいよ。けじめつけるの!」
男は消え入りそうな情けない声で、はいと返事をして帰っていった。神のお告げは一律五千円と決めていて、お金の受け取り、管理は老執事がしているようだ。
しばらくして、次の客が来た。犬を抱いている中年の派手な女だった。
「失礼ながら、ここは動物をお断りしていることはお伝えしていたと思いますが」
「あら、この子は家族よ! 失礼ね」
小さな室内犬だが、険しい表情をして、脅えながら牙をむいて暴れ出した。
「どうしたの急に?」
犬は女の腕から飛び降りて、紅の待つ部屋の方を向いて激しく吠えたてた。
「困りましたね。紅様には神が下りていらっしゃるのです。動物はそれに気づき、反応しているのですよ。神の存在に恐れているのです。お告げを聞くことは難しいかと思います」
「何よ! お金は払うわよ。今さら断る気?」
部屋の扉が突然、バンッと開き、紅が冷たい表情で現れた。
『騒がしき事よ。この汚らわしき獣を、我の前から連れ去れ』
「紅様、申し訳ございません。お客様のペットでございまして」
神はそんな言い訳には聞く耳を持たず、熱い風で老執事もろとも吹き飛ばした。女は乱れた髪を気にしながら、犬を抱いて怒鳴りながら帰っていった。
「お怒りはごもっともですが、どうか静めてください。そして、紅様を出してください」
神はガクンと頭を落とし、紅と入れ替わった。
「だから、犬はダメだって言ったのに。何で連れてきたのよ、まったく。おかげで仕事が一件減ったわよ」
「申し訳ございません」
「あら、榊のせいじゃないのよ。客が悪いの。次の人何時だった?」
「午後の二時です」
時計を見ると、十一時を過ぎたところだった。
「お昼の時間まで、ちょっと散歩に行ってくるね」
紅は部屋へ戻り、ラフな服装に着替えて、自転車に乗って出かけた。
「お昼の時間までにはお戻りください」
榊は頭を下げて紅を見送った。それと入れ違いに黒い車が入って来た。
「旦那様、お帰りなさいませ」
「僕の紅は元気かな?」
「旦那様と入れ違いに、お散歩に出かけられました」
「なんだって? 僕も運が悪いなぁ」
「お昼ご飯には、お戻りになられます。旦那様もお昼をご一緒にいかがでしょう?」
「もちろん、そのつもりだったんだよ」
「ご連絡いただければよかったのですが」
「突然来たかったんだよ」
どうやら、ここへ来ることを紅には知られたくないようだ。何か理由がありそうだ。
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