紅き刑戮

白兎

第一章

第1話

「やめて!」

 女が叫んだ。三人の男に囲まれ、連れの男が暴行を受けていた。そこは大都会の薄暗い路地裏。表の通りは明るく、賑やかに人々が通り過ぎて行き、女の叫びもかき消された。

 急に熱い風が吹き、男たちは吹き飛ばされた。そこに現れたのは、裾の短い赤い着物を着崩している少女。細くすらりとした足には、ロングブーツを履いていた。

「何だお前は? コスプレか? 俺たちと遊びたいなら相手してやるぜ」

『汝、その者を連れて去れ』

「なんだお前、偉そうだな」

 女は言われたとおりに、連れの男を連れてその場を去った。残された三人の男たちは、厭らしい目つきで少女を見ている。

『我の目に映りし醜き者よ、紅蓮の炎に舞い散れ』

 少女が左手を振ると、熱い風が吹き、男たちは燃え上がった。


「おい、これは一体どうなっているんだ?」

 死体を見た一人の刑事が言った。

「ひどいっすね」

「見てみろ。おかしいと思わないか?」

「何がっすか?」

「人以外は燃えていない」

「それがどうしたんすか?」

 年長の刑事は、若い刑事の鈍感さに呆れて会話を諦めた。

「行くぞ」

 年長の刑事は現場を離れた。

「ちょっと、佐久間さん。どこ行くんすか?」

 若い刑事も佐久間を追いかけ現場を離れた。

「聞き込みだ。現場は鑑識に任せろ」

「そうっすね」

 佐久間はこの若い刑事のお守にあてがわれたことを悔やんだ。表の通りにはコンビニ、カラオケ店、CDショップ、居酒屋など、多くの店が立ち並んでいた。それぞれ聞き込んだが、目撃した者はいなかった。路地裏で人が焼け死んだというのに、誰も気がつかない。大都会というのはそういうところだ。

「何かあったんすかね? 喧嘩っすかね?」

「それを調べるのが俺たちの仕事だ。ここは夜にもう一度聞き込みだ。害者の身元が分かればいいが。遺体は丸焦げだ。望み薄だな」

「そんじゃ、夜まで休憩しますか?」

「遊んでいる暇はねぇ。仕事は山ほどある」

「そうっすね」

 若い刑事は残念そうにそう言った。

 まずは、それぞれの店先や店舗内の防犯カメラの映像を入手した。それを署に持ち帰ったが、手がかりもなしに、ただ映像を眺めるしかなかった。どこかに手がかりがあるかもしれないと思いながら。そこへ鑑識から性別とおおよその年齢が判明したと連絡が入った。三人とも男性で、二十代から三十代だという。これで、探しやすくなった。

「こいつらか?」

 三人組の男がコンビニで、男女二人連れに絡んでいる映像があった。確信はなかったが、トラブルの予感はあった。その後、男女二人は、三人の男たちに連れられ、コンビニから出た。外の映像にはその続きがあった。彼らはあの路地へと入っていったのだ。

「これだ!」

 佐久間が映像を確認している横で、若い刑事はうたた寝していた。

「起きろ! 仕事だ」

 再び現場近くのコンビニへ行き、映像に映る者たちについて聞き込みした。

「知らないです。夕べのその時間帯なら、内田だったと思います」

 店員はシフト表を持ってきて、

「ほら、昨日のこの時間は内田だ。もうすぐ出勤してきますよ」

 と言った。

「なら、外で待っている」

 十分ほど待っていると、先ほどの店員とは違う男が店から出てきた。

「あのー。僕に話しを聞きたいと?」

「ああ、中で話せるかな?」

「はい」

 佐久間と若い刑事、内田は店の奥の控室へ入った。

「昨夜の事件は知っているか?」

「ああ、ニュースでやっていた、路地裏の焼死体ですね」

「三人の被害者はここへ立ち寄った可能性がある。これを見てくれ」

 佐久間は防犯カメラに写っていた男たちの写真を見せた。

「そうですね。覚えていますよ。カップルにいちゃもんつけて、店から出て行きました。なんか嫌な連中でしたよ」

「その三人組はよくここへは来るのか?」

「ええ、よく来ていましたよ。迷惑でした。トラブルを起こすんで」

「どんなトラブル?」

「僕にもいちゃもんつけてきたんですよ。温めた物が熱すぎて火傷したから、慰謝料払えとか」

「その時、あなたはどうしましたか?」

「謝りましたよ。でも、許してくれませんでした。金を払えって言って、僕も困ったので、店長を呼びました。店長も謝ったけれど、まだお金を要求するので、防犯カメラもありますし、行き過ぎた行動なので、店長が通報すると言ったら、怒って店を出て行く際に、店の棚の物を叩き落としていったんです。それで、店長は器物破損と、営業妨害の被害届を出したんです。カメラの映像も確認してもらったんだけど、相手が特定できないから受理できないってさ。警察ってのは何のためにあるんだろうって。あっ、ごめんなさい。僕らが無知だったんです」

「いや、すまなかったね。今度、何かあったら、俺に言ってくれ。無下にはしないさ。こいつらの身元、調べてやるが、死んだ奴は起訴しても何にもならない。悪いな」

「いえ、もう過去の事はいいです。誰も怪我していないから」

「ところで、男女の事は知っているか?」

「知らないです。初めて見ました」

「そうか。ありがとう。また、話しを聞くことがあるかもしれないが、その時はまた協力してほしい」

「分かりました」

 他の店にも聞き込みしたが、三人の男たちと、二人連れの男女の目撃情報は得られなかった。

「いい手がかり、なかったっすね」

「いや、そんなことはないさ。素行の悪い連中の行動は大体目星が付く。行くぞ」

 佐久間と若い刑事は、風俗店の立ち並ぶ通りへと向かった。違法な客引きが目立つが、今の目的そんなちんけな検挙じゃない。

「お兄さんたち、いい店ありますよ。私が同伴します。どうです?」

 どう見ても十代と見える少女が佐久間の腕に絡みつき、店へと誘った。

「ああ、どこの店だ?」

「何してんすか?」

 若い刑事が佐久間の耳元でそう言ったが、

「黙ってついて来い」

 と言って、黙らせた。佐久間には考えがあるのだろう。

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