第33話 カラミティ・ドラゴンの特上ステーキ ~ガーリック風味
「本当に宜しいですか、ナオミ様? ナオミ様がカラミティ・ドラゴンを倒され、この世界をお救いになられたのに、それを公表せず、しかも冒険者ギルドの精鋭たちが倒した事にするだなんて・・・」
災厄の龍を倒し、数日かけて孤児院に戻った俺たちは、テーブルを囲み寛(くつろ)いでいた。
今は俺がシルビィに今後の方針について指示を出しているところである。
その指示の内容とは、カラミティ・ドラゴンを打倒したのが俺ではなく、冒険者ギルドの誰か、ということにしておいてもらいたい、というものであった。
「名声など煩わしいだけだからな。他の者にくれてやってくれ」
俺は心からそう言う。
だが・・・。
「いえ、それは難しいでしょう。ナオミ様がカラミティ・ドラゴン討伐のクエストを受けられるため、SSSランクの冒険者となられたと言う伝説的な逸話は、少なからず冒険者たちに知られています。本物の英雄を目にした者達の口に戸を立てることは困難です」
そう言ってシルビィは残念そうな表情で首を横に振る。
「困ったな・・・。俺は名誉も何も興味ない。静かに暮らしたいだけなんだが・・・」
「名声も名誉も望んで手に入るものではありません。ナオミ様だからこそ、それらが自然と高まってしまっているのです。ナオミ様がナオミ様でなくならない限り、声望から逃れることは出来ないでしょう」
そうはっきりとシルビィは断言する。
「はぁ・・・」
と俺はうんざりとした調子で溜め息を吐(つ)く。
俺は平穏に孤児院を運営したいだけなのだがなぁ・・・。
だが、シルビィの言うことを認めざるを得ない。
俺が本物の英雄である以上、庶民は放っておいてはくれないだろう。
俺にとって世界を救うなど造作もないことだが、彼らにとっては紛れもなく神にも勝る偉業なのだ。
騒いでしまう気持ちもわかる。
悪いのは英雄としてのオーラを隠しきれず、人々の注目を集めてしまう俺なのである。
彼らに罪はない。
「ご主人様が幾ら隠そうとされても、どうしてもその強さでばれちゃいますもんね・・・」
「いえ、強さだけじゃありません。マサツグ様の高潔さや気高さも、周囲の人々を惹(ひ)き付けてしまうんだと思います」
「人間でいることに無理があるよ~。もうそろそろ諦めて神様になろ~?」
そう口々に少女たちは言うのであった。
やれやれ、俺は単に自分の出来ることをしているだけなんだがなあ。
それに、世界を救うだなんて意識したことすらない。
単に孤児院を守りたい。
少女たちの笑顔を守りたい。
それくらいしか考えていないのだ。
なのに、いつの間にか世界の英雄になりつつある。
くそ、一体どうすれば目立たずにいることが出来るのだろうか。
俺は自分の滲み出る才能に苦悩するのであった。
・・・とはいえ、やはり日常の平穏さは重要だ。
なので俺は一枚カードを切ることにした。
俺は、
「だが、シルビィ、君ならうまく情報をコントロールできるんじゃないのか?」
そう唐突に切り出したのである。
リュシア、コリン、シーは、俺の突然の言葉に理解が追いつかず、呆気に取られた顔をしている。
だが、シルビィだけは、俺の顔を驚愕した表情で見つめると、
「ど、どうしてお分かりになったのですか・・・?」
そう震える声で問いかけて来たのである。
やれやれ、ばれていないとでも思っていたのか?
「ギルドの受付嬢かと思えば御者として付いて来たり、時にはアサシンのA級冒険者、更にはギルドマスターの娘だ。俺の事を書き残すとも言っていたか。出来ることが少し多すぎる。まるで、色々な姿や立場に変われる様に普段から準備をしているようだ。そんなことをする人間は1種類しかいない。間者さ」
そんな俺の指摘に、シルビィは一瞬で誤魔化すことが不可能だと悟ったらしい。
「ご慧眼恐れ入ります。すべて白状致します。もちろん、救世主様を欺(あざむ)いていた訳ではありませんが、私の役割は冒険者ギルドの斥候部隊のリーダーなのです。どんな場所にでも出入りし、行動出来るよう、様々な立場や顔を使い分けているのです」
そう洗いざらい喋ると、深々と頭を下げたのであった。
ふむ、思った通りか。
「で、ですが私の正体を一瞬で看破なさるなんて驚きました。これまで私の裏の顔に気付いた者は、王国のSクラスの間者ですら、一人もおりませんでしたのに。どうしてお分かりになったのでしょうか?」
ふうむ、どうしてと言われてもな。
「いや、隠蔽は完璧だった。単に俺だから気付けただけだ。だから、気にする必要はないぞ?」
そう正直に伝えるのであった。
すると少女はなぜか尊敬の念を瞳に浮かべ、
「やはり救世主様は規格外すぎますね・・・。ですが、救世主様に隠蔽は完璧と言って頂けたことは逆に自信になりました」
そう言って微笑んだのである。
やれやれ、たまたま勘が良すぎるから、気付いただけだってのに。
確かに俺の分析力や閃きは常人を凌駕してしまっているが、そんなに大したことではないんだがなぁ。
なので俺は、
「それほどのものじゃない」
と言うのだが、逆にシルビィはますます尊敬の色を深め、
「能力はもちろんですが、そうしてご謙遜されるところも凄(すご)いです」
と言って逆に賞賛してくるのであった。
やれやれ、別に謙遜ではなく、あれくらいのこと、本当に大したもんじゃないんだがなぁ。
それに何より、
「別に、しばらく一緒にいれば、その女の子がどんな子なのかぐらい自然と分かるものさ」
俺は軽くそう言う。
だが、なぜかシルビィは頬を染めて、
「そ、そうですか・・・。ナオミ様に掛かれば、私なんてただの女の子なのですね。こ、このような裏の顔を持っていても、た、ただの女の子なのですね?」
そう言って、どういう訳か普段のクールな態度を崩し、どこか必死な様子で問いかけてくるのであった。
うーむ、どういう意味だろうか?
「そりゃあ、シルビィが可愛い女の子なのは当然だろう?」
俺がそう言うと、今度こそシルビィは顔を真っ赤にして、
「お。女の子としての幸せなど決してありえないと思っていましたが・・・。こ、これは運命に違いありません」
そういって自分の中で何かを確認するかのように、うんうんと何度も頷くのであった。
ううーん、本当にどういう意味だろうか?
俺が首を傾げて他の少女たちに視線で問いかけてみる。
だが、
「ひ、秘密です!!」
「こ、これ以上ライバルはいりません!!」
「わたしの第3夫人の地位は絶対に譲らないんだから~」
などと、なぜか意地悪をして教えてくれないのであった。
うーん、いつもならどんな事でも話してくれるのに、なぜだろう?
まぁ何はともあれ、シルビィに情報操作をお願いすることにした。
基本的には、冒険者ギルドの精鋭たちが何とか数を頼みに倒したということにするらしい。
俺が参加したという事実は変えず、他の仲間たちが大勢参加し、全員で打倒した、という事にするようだ。
そのことで、俺の英雄性が消失し、冒険者全体の功績だけが残る、と言う訳である。
事実は変えずに、情報の質を変える巧(うま)いやり方だな。
さて、と俺はそうしたやりとりを終えると椅子から立ち上がり、厨房へ移動する。
もちろん、カラミティ・ドラゴンの肉をステーキにして食べるためだ。
俺は早速アイテムボックスから、輪切りにして保存していたドラゴンの尻尾を4つ取り出す。
もちろん、傷む事も無く、保存した状態が維持されている。
まだ血がしたたっている程だ。
俺は鉄板を火にかけると、熱くなったのを確認してから、早速の肉の塊を乗せて焼き始めたのだった。
塩、胡椒をまぶし、ジュウジュウと肉汁の弾ける音を立てつつ焼いて行くと、香ばしい匂いが厨房を越えて、一気にリビングまで広がっていった。
鼻孔が刺激され、知らない間に口の中によだれがたまって来る。
うーん、たまらんな。
と、ちょうどその時、匂いにつられた少女たちがフラフラと厨房へ吸い寄せられて来た。
「ご、ご主人様の作るドラゴン・ステーキ・・・っ!うう~楽しみすぎます」
「マサツグ様が作られると宮廷料理人より美味しいですからね。生きてて良かったです」
「良い匂い~。何だかふわーっとして幸せ~な気持ちになるね~。これだけであと10万年は生きていける~」
「ナオミ様のお料理を食べると、普段食べていた物が味気なくなりますからね。ナオミ様のドラゴン・ステーキを食べてしまった後は、きっと、しばらく他の物は食べられなくなりそうです」
そんなことを口々に言うのであった。
やれやれ、大げさだな。
料理なぞ普段からやっていれば自然に身に付くものなのだから、そんなに褒められるようなことではないのだがな。
多少、器用なだけで、本当に大したことではないのだがなぁ。
だが、俺がそう言うと少女たちは、
「ご主人様はご自分の凄さをもっと理解されるべきかと思います」
「王宮にもマサツグ様ほどのコックはいませんよ?」
「何十万年と生きているけど~、マサツグさんほどの料理の腕前の人は初めてだよ~」
「ナオミ様でしたらお料理のお店を開くことも出来ると思います。まぁ、毎日行列が出来て大変そうですが」
などと言うのであった。
やれやれ、お世辞に違いないだろうが、褒められると嬉しいものだな。
・・・さて、そんなことより、やり取りをしている間に良い焼き色になってきた。
そろそろかな?
「ご、ご主人様、出来上がりですか!?」
リュシアが我慢の限界を迎えたらしく、前のめりになり、よだれを垂らしながら質問して来た。
だが、
「おいおい、楽しみなのは分かるが、もうちょっとだけ待て」
俺はストップをかけたのである。
するとリュシアは、
「ううう~」
と目に涙を浮かべて、酷く悲しそうな顔で俺を見上げてくるのであった。
だが、いちおうちゃんと俺の言うことは聞いて、一切お肉には手を伸ばそうとはしない。
良い子だ。
「意地悪してるわけじゃないぞ? 最後の仕上げがあるんだ。それ」
俺はそう言うと、焼けた肉の上にバターを落とし、お手製のガーリックソースを掛ける。
ジュワッ! という音とともに、香ばしい匂いが一層濃厚に辺りに広がった。
リュシアだけではなく、エリンやシー、そしていつもクールなシルビィすらも、目の色を変えて肉に目を奪われる。
やれやれ、楽しみにしてくれるのは嬉しいが、少し大げさすぎるぞ。
よし、完成だ!!
「お皿に取り分けて、と。食べていいぞ」
俺がそう言った途端、少女たちは一斉にお肉にかぶりついたのであった。
うんうん、食欲旺盛で結構なことだ。
若干、旺盛過ぎて、飢えた狼みたいになっているのが玉に瑕(きず)だが・・・。
まぁ、俺の料理を楽しみにしてくれていたということなのだろう。
「ふああ!? 凄いですご主人様!! 肉汁がぶわって出ました!! ぶわって!!???」
「そ、それに焼き加減も最高です!! 舌の上に乗っけたらトロって肉が溶けちゃいました!! 」
「このソース美味し~。お肉の甘さにガーリックの香ばしさが絡んで絶妙ね~。傾国(けいこく)レベルよ~」
「ぜ、ぜひこのソースのレシピを後で教えて下さい!!!!!」
口々に絶賛しながら、お肉を口に詰め込んで行くのであった。
やれやれ、普段ならマナーはちゃんとしてる娘たちなんだがな・・・。
少し料理に本気を出し過ぎたらしい。
少女たち理性を奪う程、美味しい料理を作ってしまったようだ。
どれどれ、と俺も一口食べてみる。
おお、本当に美味いな!!??
ドラゴンステーキと聞いてどんな味だろうと期待したが、これは極上だ。
しっかりとした肉厚なのに、噛めばスッと切れて、肉汁が口の中にドバっと溢れる。
しかも、気づけば口の中でいつの間にか溶けてしまっていて、香ばしい焼けたお肉の味だけが残っているという具合だ。
やばいなこれ。幾らでも食べられるぞ?
しかもまた俺の作ったソースとよく合っていて、ポテンシャルが最大に引き出されている。
肉のいやらしさ、しつこさが全然ない。
俺がそんなことを考えていると、一瞬にしてステーキを平らげた少女たちが、しょんぼりした表情で空の皿を見ていた。
やれやれ、仕方ないな。
「ちょっと待ってろ。まだまだドラゴンの肉はあるからな。これを食べ終わったら、また焼いてやるから」
俺がそう言うと、少女たちは先程までの暗い表情を一変し、
「ばんざーい!! ばんざーい!!」
と、歓喜の声を上げるのであった。
・・・ちょっとテンションがおかしい様な気もするが・・・。
ま、まぁ、俺としては少女たちにお腹いっぱい食べてもらえれば本望だ。
すくすく育ってくれれば良い。
ただ、これくらいの料理、俺にかかればいつだって出してやれるんだから、今度からはマナーについても教えてやらないといけないなあ。
やれやれ、大人と言うのは色々と考えないといけないものだ。
そんなことを思いながら、俺は新しい肉を焼き始める準備に取り掛かったのであった。
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