第31話 災厄の龍―カラミティ・ドラゴン 後編

災厄の龍、カラミティ・ドラゴンが100メートルを超える体を魔力の浮力によって宙に浮かび上がらせた。


そして、その巨躯(きょく)からは信じられないほどの速度で、こちらへと飛来したのである。


俺たちも戦闘態勢へと移った。


ドラゴンはまず俺たちの上空まで素早く移動すると、そのまま急降下してきた。


どうやらその巨体を活かし、加速をつけて踏み潰すつもりらしい。


100メートルを超える巨体から繰り出される攻撃は、街一つ分のクレーターが出来るレベルの破壊力をほこるものであろう。


まさに災厄(カラミティ)の名にふさわしい相手だといえる。


少女たちが緊張に身を固くするのが分かった。


しかし、そんな必要はないのだ。


なぜなら、少女たちは俺の「守る」スキルの対象者たちなのだから。


俺が守ると決めた以上は、災厄(さいやく)ぐらいどうということはない。


だから俺はリュシアに一人落ち着いて悠々と指示を飛ばす。


「慌てることはない。奴から繰り出される攻撃を受け止めて見せろ」


と言ったのである。


だが、


「ご、ご主人様・・・で、でも、あんな大きなドラゴンの攻撃を、わ、わたしなんかが受け止めるなんて・・・」


そう不安そうにリュシアは答えるのであった。


やれやれ、仕方ないな。


「俺のスキルの支援があるから本当なら大丈夫なんだが・・・。だが、まぁまだ一人だと不安かもしれないな。今回は俺も手伝おう。ふたり一緒だ。どうだ?」


俺がそう言うと、リュシアは先ほどまでの不安な表情が嘘だったかのように、ぱぁっと笑顔になると、


「ご主人様と一緒!! やります!! やらせてください!!」


そう言って、俺に腰に抱きついて来るのであった。


やれやれ、まぁまだ子供だからな。


いくら大陸有数の冒険者となったとは言え、俺がいないと何も出来ないのは仕方あるまい。


しっかりと養育し、立派なレディになってもらうことにしよう。


それにしても、この歳でこれだけの美少女なのだから、大きくなれば誰だって放っておかないほどの絶世の美女になるだろう。


将来リュシアと結婚出来る相手は幸せ者だな。


俺はそんなことを思いながら、抱きつくリュシアの頭をケモ耳ごと撫でてやるのだった。


「あ、ご主人様ぁ・・・」


リュシアが気持ちよさそうに耳をピクピクと震わせ、とろけた様な声を上げた。


やれやれ、大げさなことだ。


だが、なぜか、その様子を見ていた、他の少女たちからも、


「リュシアちゃん、いいなぁ・・・。マサツグ様にあんなにしてもらって・・・」


「私も頑張るから~あれやって欲しい~」


「わたしもナオミ様のお役に立ってあんな風に・・・」


などと言う声が上がるのであった。


ふうむ、一体何をそれほど羨(うら)ましがっているのだろうか・・・?


俺は分からず、ただ首をかしげるのであった。


まぁ、そんなことよりも、


「来るぞ、リュシア。構えろ!」


「はい!!!」


先程までの弱気な姿は掻き消え、気合十分のリュシアが急降下してくるドラゴンのキックを受け止めるために腰を落として力を溜め始める。


何が彼女の不安をそれほど容易に拭いさったのかは分からない。


「さて」


そう言って、俺もいちおう構えらしきポーズを取った。


いちおう、と言うのは、言葉通りの意味で、本当に「いちおう」である。


なぜなら俺には本来、構えなど必要ないからだ。


どのような体勢からでも最高の攻撃、そして最高の防御を繰り出すことが出来る俺に、構えなど意味がないのは当然である。


だが、ならばなぜ構えるか。


それは、単に少女たちを不安がらせないためである。


つまり、棒立ちのように見えてしまっては、少女たちをいたずらに不安にさせてしまうかもしれないからだ。


俺はそうさせないために、あえて構えという名のポーズ演技をしているのであった。


最強である俺にしか味わうことない気苦労といったところか。


そうして、間もなくドラゴンの攻撃が目前へと迫った。


それは100メートルの巨体と引力を利用した上空からの急降下、そして龍の魔力を纏った文字通り災厄と言って良いほどの力を秘めたドラゴン・キックであった。


通常であれば街どころかその周囲一帯が消し飛ぶほどの衝撃を伴(ともな)うであろう攻撃だ。


ドラゴンが勝利を確信し、瞳が煌々こうこうと朱(あか)く光らせたのが見えた。



しかし、


「くっ、ぐうううううううううううううううう、きつい・・・でも・・・・・・でもご主人様の力があれば何とか保(も)ちます・・・っっっ!!!」


「な、何ぃぃぃぃいいいいいいいい!? お前の様な獣人の小娘ごときに!?!?!!??!」


「ふん、当然だな」


そんな声が同時に上がる。


そう、それは俺が想定していた通りの、そして、リュシアからすれば期待以上の、最後にカラミティ・ドラゴンからすれば悪夢以外の何物でもない光景だったろう。


俺のスキルの効果で格段にステータスの恩恵を受けたリュシアは、街一つ破壊するほどのドラゴンの急降下攻撃を、何と繰り出した拳のみで受け止めたのである。


両者の攻撃が交わる点からは、ギチギチと空間が捩(よじ)れるかのような裂帛音が響き、ぶつかり合う異なる魔力と物理の相克(そうこく)が激しい衝撃となって、周囲の岩や山肌を消し飛ばして行った。無論、俺や少女たちにとっては問題ないが、国の軍隊やクラスメイトたちではこの戦いの余波だけで消滅していただろう。偶然とは言え、そういう意味でも俺は彼らを救ってやったことになる。


両者の力はほぼ互角・・・均衡状態に見えた。


すると、その状態を察したエリンが、


「助太刀をっ」


そう言って呪文の詠唱を行おうとする。


ふむ、普通ならばそれで正解だ。


だが、だからこそ俺は、


「待て!」


と言って、その行動を止めたのである。


「ど、どうしてでしょうか、マサツグ様!? このままではリュシアちゃんが・・・」


慌てるエリンに対し、俺は首を横に振る。


「落ち着け。これくらいの相手、リュシアならば本来、一人でも倒せるんだ。倒せないのは、まだ相手に対して本気を出すことに躊躇(ためら)いがあるんだろう。だが、いずれもっと強い敵が出てきた時に、それでは困る。今回の実戦で敵を倒すことに慣れてもらわないとな」


俺の言葉にエリンは、


「す、すごい。目の前のことだけに必死な私たちと違って、そのような先の先まで見通していらっしゃるなんて・・・」


そう言って、尊敬の視線を俺に向ける。


他の少女たちも、


「それに私たちのことすごくよく見てくれてるんだね~」


「はい、救世主様は慈悲深いお方です。私たちは幸せ者ですね」


と口々に言うのであった。


やれやれ、そんな大したものではないんだがな。


察しが良すぎるというのも、逆に色々見えてしまって困るものなんだぞ?


俺くらいになると、未来予知のようなものだからなぁ。


まぁ、今はそんなことはどうでもいい。それよりもリュシアに本気を出してもらうようにしよう。


だが、本気を出させるには、何か強い動機付けが必要だ。


リュシアにとってそれは何だろう?


さすがに俺もそこまでは分からない。


ならば・・。


そう、本人に任せれば良いのである。


「リュシア、もしも一人でドラゴンに勝つことが出来れば、なんでも一つお願い事を聞いてやるぞ?」


そんなことを俺はドラゴンの攻撃を受け止めているリュシアに言い放つ。


・・・そして、その効果は驚くほど覿面(てきめん)であった。


リュシアは耳をピンッ! と立てると、


「ほ、本当ですか、ご主人様!?!?! な、何でも良いんですね!??!?!!?」


そう言って食い入る様な表情で、俺に確認してくるのであった。


普段大人しいリュシアからは考えられないほどの積極さである。


「あ、ああ、そ、そうだな」


俺は何となく早まってしまったような気がしつつも、言い出した手前引っ込めることが出来ずに、そのまま頷いてしまう。


「や、やりました! ご主人様にチューしてもらえます!! 絶対に負け上げる訳にはいきません!!!!!!!! はぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


「へ?」


「ば、馬鹿な!? と、突然、力が何倍にもなっただとおおおおおお!??!? こ、この序列10位がこんな小娘如きにぃぃぃいいいいいいいい!?!? ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


「お、おい・・・」


だが、俺の小さな声は完全に両者の魔力の衝突する音にかき消されてしまう。


リュシアの突如として力を増した拳が、伯仲していた魔力の相克を突き破り、ドラゴンへと突き刺さったのだ。


その攻撃はドラゴンの繰り出して来た足から腹、そして頭蓋まで突き抜け、災厄の龍と呼ばれた恐怖の存在を真っ二つにしてしまう。


そう、なぜかリュシアは俺からチューしてもらうことに謎のやる気を出し、序列10位カラミティ・ドラゴンを瞬殺してしまったのである。


もちろん、リュシアならば、これくらいの力は持っていると予想はしていた。


だが、まさか俺のチューで本気を出すとは思っていなかったのである。


ま、まあ良しとするか。まだ子供のリュシアだ。ほっぺにしておけば、それで満足するに違いな・・・。


「ご主人様!! ドラゴンを倒すことが出来ました。く、く、く、唇にチューしてください!!!」


そう真っ赤になりながらも、期待に潤んだ瞳を俺に向けて来るのであった。


俺は異世界に来てから、初めてどうして良いか分からない困難な問題にぶち当たったのである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る