第30話 災厄の龍―カラミティ・ドラゴン 前編

世界最強のドラゴン、災厄の龍ことカラミティ・ドラゴンは離れた場所に鎮座し、俺の方を見ていた。


恐らく、人間たちが攻めてくることを察知し、反対に先手を取りに来たと言ったところだろう。


カラミティ・ドラゴンの体は真っ赤で、その巨大な体躯は100メートル以上あるように思われた。


そして、遠くからでも、その力が強大なものであることが分かる。


「ご、ご主人様・・・」


「あれがカラミティ・ドラゴン・・・」


「バカみたいにでっかいね~」


「相手にとって不足はありません・・・」


少女たちも息を呑む。


だが、そんな中にあっても、俺はただひとり、ニヤリと笑う。


「ご主人様?」


リュシアが俺の表情を見て、頭の上にはてなマークを浮かべ可愛く首を傾(かし)げた。


俺が余りに余裕たっぷりだったのが腑に落ちなかったのだろう。


エリンやシー、それにシルビィからも、


「ど、どうしてそれほどリラックスされているんですか?」


「ここまで魔力が漏れてくるほどの相手なのに~」


「世界を破滅させるほどのドラゴンなのですよ!?」


そう口々に言うのであった。


だが、俺は落ち着いた様子で口を開くと、


「お前たち緊張しすぎだ。ドラゴンと言っても、しょせんはトカゲの一種。害虫駆除だと思えば良い」


そう淡々と言い切ったのである。


すると、俺の言葉に彼女たちは一瞬で安心した表情になると、


「そ、そうでした。ご主人様にとってはその程度の存在でしたね」


「マサツグ様が一緒にいてくれれば、ドラゴンだってへっちゃらです!!」


「出来るだけ離れないように戦うわ~」


「さすが救世主様です。格が違いすぎますね」


と言って、俺にピタリとくっついてくるのであった。


「やれやれ、お前たち戦闘中だぞ? そんなに密着されたら戦えないだろう?」


俺は呆れてそう言うが、


「だ、だめでしょうか? わたしご主人様とくっついていたいです」


「わ、私もです。これくらいお傍(そば)にいさせてください!」


「本当に安心する~。天国みたいよ~」


「先ほどまでの不安が嘘の様になくなりました」


と言って決して離れようとしないのであった。


やれやれ、いくら彼女たちが地球では見たこともないレベルの絶世の美少女たちであったとしても、今は戦闘中だから控えて欲しいんだがなあ。


それに、俺に頼りたい気持ちも分かるが、依存しすぎているな。


俺がいれば絶対に安心だと思うのは仕方ないが、将来孤児院を巣立って行くことを考えれば、少しは俺の手を離れ自立してもらわなくては困るのだが。


とはいえそれは、俺の力の大きさ、頼りがい、器が余りにでかすぎることが原因で、彼女たちの責任ではない部分が大きい。


俺がもう少し普通の人間であれば良かったのだが、どうしても一般人とは隔絶した面がにじみ出てしまうほどの高位な存在だからなあ。


優れすぎている。


それをどうにかしないと彼女たちの自立を促すことは出来ないだろう。


俺が優れすぎているのが一番の課題だとは、まったく人生とは皮肉が効いているな。


俺はそんなことを考えて、自分が優れすぎているというこの難しい難問を何とか解決しようと、懊悩(おうのう)するのであった。


と、そんなやりとりをしていると、何とドラゴンが口を開き、人の言葉を話し始めたのである。


「勇者どもか。封印されし邪神ルイクイ様の復活のため、その生贄になってもらうぞ。祭壇にはまだまだ血が足りぬのだ」


そう不気味な声を山間に響かせると、煌々こうこうと赤く目を光らせるのであった。恐らく笑っているのだろう。


ドラゴンの言葉にシーが、


「あら~、まさか邪神ルイクイとはね~」


と呟くのであった。他の少女たちも一様に驚いた顔をしている。


ふむ、俺はこの世界での常識を知らないからな。有名な存在なのだろう。


俺が視線でシーに説明をするように促すと、シーは殊勝(しゅしょう)に頷いて続きを話し始めた。


「神話時代に世界を破壊しようとした邪神ね~。善神オルティス様の陣営と戦ったんだけど~、倒すことは出来なくて~、結局オルティス様自身が結界となって封印したの~。あ、封印したのは邪神だけじゃなくてー、その他の有力な部下たちも封印されたわ~。あと、いくらかは逃れて世界のどこかに身を潜めて再起の機会を窺ってと言われているの~。あ、ちなみに私も~オルティス様陣営だったんだよ~。敵の幹部に負けて封印されちゃったんだけどね~」


ほう、そうだったのか、なるほど。今回はその身を潜めていた敵が動き出したということか。そして、今このタイミングで動き出した理由とは・・・、


「ご、ご主人様、私が伝え聞いている伝説ですと、邪神は永(なが)き時を経て結界が弱まった時、数多(あまた)の命と引き換えに復活するということでした。そして、世界は破滅すると・・・。ただの神話かと思っていましたが・・・」


そうリュシアが震えながら言った。


だが、エリンはむしろ明るい表情をして口を開く、


「ですがエルフ族にはこうも伝わっています。結界が弱体化し邪神が復活する時、新たな希望もまたやって来ると!」


その言葉に、シルビィがハッとした表情をした。


「新たな希望は”生まれる”、ではなく、ましてや再び”善神が復活する”、でもなく、新たな希望が”やって来る”とされているのですね? じゃ、じゃあ、この世界を破滅から救う存在というのは、もしかして異世界からやって来られた・・・!?」


そう言って俺に畏敬の念をたたえた視線を向けてくる。


シルビィの言葉に、他の少女たちもその意味に気づき驚嘆すると、俺に対して熱い視線を向ける。


・・・なるほど、そういうことか。


俺はむしろ納得した気持ちで受け入れる。


俺の規格外の才能や器の大きさ、自然と周囲の人々から信頼され、頼られてしまう人徳・・・これほどの存在が、なぜこの世界のこの時代に現れなければならなかったのか。


それは必然だったのだ。


世界を救う役目を世界から期待された、選ばれた存在だっというわけである。


なるほど、説得力のある話だ。


だが、だとすれば、クラスメイトたちには悪い事をしてしまったな、と申し訳なく思う。


王国は恐らく魔王や他国との戦争のために、自分たちの意思で異世界から勇者召喚を行ったつもりなのだろう。そしてクラスメイトたちも偶然とは言え、自分たちが勇者として召喚された存在だと考えているはずだ。・・・だが、真実は、この世界の意思そのものが、俺を召喚するために、王国に自然に見える形で強制力を働かせただけなのである。


手足を持たない世界が出来る影響力の行使・・・。それが、たまたま異世界からの勇者召喚という儀式を利用するだったという訳だ。王国もクラスメイトたちも自分たちが自らの意思で考え、行動していると思っているだろうが、真実は、俺という存在ただ一人をこの世界に召喚するための踏み台だったということだろう。もしかすると、王国が今行っている魔王国や周辺諸国との戦争、そして窮状(きゅうじょう)というのも、俺を召喚するために世界が干渉し巻き起こした出来事だったのかもしれない。


まぁ少なくとも、クラスメイトたちはただ俺の召喚に巻き込まれただけだろう。


付属品どころか、勝手についてきたバグ・・・ゴミのようなものということになる。


日本で平凡な一生を送るはずが、俺という規格外が存在が近くにいたために、影響を受けざるを得なかったということだ。


本当に申し訳ないと思う。


そうか、俺は世界を救う宿命にあったか。


・・・・・・・・・だが、まあ、それがどうした、という感じだな。


俺はフッと笑って肩をすくめる。


「ご、ご主人様? なぜそんなにリラックスしていられるのですか? 世界を救うなんていう、とても重大な使命を帯びられていると分かったのに・・・」


リュシアが俺に期待と不安の綯(な)い交(ま)ぜになった表情で聞いてきた。


そんなことは決まっているだろう?

「もちろん、世界を救うなんてのは、優先度が低いからだ」


俺は淡々とそう答えたのである。


「えっ!?」


リュシア、それに他の少女たちも驚きの声を上げた。


「おいおい、どうしたんだ? 当たり前のことだろう?」


俺は逆に可笑しそう笑いながら答える。


「俺の役目は世界を救うことなんかじゃない。お前やエリンといった孤児を立派に育てて一人前にすることさ。その重大な使命に比べれば世界を邪神から守ることなど大して価値のない話だ」


「ご、ご主人様・・・」


「マサツグ様・・・」


二人が感動した面持ちで俺を見上げる。


「まぁもちろん、世界が破滅すれば、孤児院を運営することも難しくなるだろうからな。いちおう世界も救済するが、あくまで孤児院のついでだ。世界が俺を頼る気持ちも分かるが、孤児院を優先する。そしてもしも邪魔になるようだったら、邪神やその部下たちとやらも倒すこととしよう」


俺の言葉に少女たちは目を潤(うる)ませる。


気づけばシーやシルビィも感動したのか目を潤ませ、俺の方を見ていた。


やれやれ、世界などより孤児院やお前たちを優先するのは当然のことだというのに。


大げさなものだ。


そんなやりとりをしていると、ドラゴンが口を開いた。


「くっくっくっ、なるほど、貴様が予言に残された希望の勇者か。だが、いい気になるなよ。我は邪神ルイクイ様が定めし序列第10位。かつて北方の大地を蹂躙せし邪竜。倒せるものなら倒してみよ! 異界からの刺客よ!!!!!」


そう言って彷徨すると、その口から何万度かすら分からない炎の塊をこちらへ吐き出す。


「エリン」


「は、はい! コキュートス!!!!!」


俺の指示でエリンが慌てて呪文を詠唱する。炎に向かって氷の腕(かいな)が伸ばされた。


だが、その極寒を顕現(けんげん)させた魔力の渦を突き破り、ドラゴンの爆炎は飛んで来る。


「やはりそよ風程度では無理か」


俺は納得しながら呟くと、手元の石ころに魔力を込めて炎に向かって投げつけたのであった。


俺とドラゴンの中間地点で双方が激突し、すさまじい爆音と魔力の奔流が巻き起こる。


街中で起こせば、それだけで街が壊滅するほどの爆発だ。


「言うだけあるな。俺に魔力を使わせるとは」


俺は淡々とそう言う。


だが、ドラゴンはなぜかどこか焦った様子で、


「く・・・。だがまだ勝負はついておらんぞ!!!」


そう言って、山嶺より飛び立ち、こちらへと飛来するのであった。


当然だ。


まだ俺は石ころを投げただけなんだからな。

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