第29話 旧友たちとの対決 後編

サカイが魔法で創り出した体長10メートルにも及ぶ巨大ゴーレムが岩をも砕く力で襲いかかってくれば、ヨシハラは鉄をも溶かす灼熱の爆炎を放ち、フカノが巨大な氷柱を何十本も打ち出した。それらはいずれも轟音を立てて俺の方へと迫る。


「はーっはっはっはっは!! 押し潰されるがいい!!!」


「あんた達みたいに生意気にも私たちに逆らう奴らは全員死ねえ!!」


「下賤な人たちです。消えてくださいっ!」


それぞれが嫌らしく唇を歪め、嘲りの表情を浮かべた。


俺は彼らのそんな姿に悲しみを覚える。


この世界に召喚された特典でせっかく強力なステータスとスキルを得たのに、何も学んでいない。


偶然手に入れた力を自分の力だと勘違いし、その力自体に翻弄されているのである。


幼稚な人格にはありがちなことだ。


だが、目の前でそれを見せられると、流石に憐憫(れんびん)の情をもよおさずにはいられない。


同じような境遇の俺が、孤児院で不遇な少女たちを救い、また今はこうして災厄の龍を倒し世界を救済しようとしているのに、その一方で旧友たちは、まるで野盗のように暴力を振るい、人を襲おうとしているのだ。


同じスタート地点にいても、人格が優れているか、劣っているかで、こうも違いが出るのである。


そう考えると一層、目の前の旧友たちが哀れでならないのであった。


はぁ、それにしても、俺はこんなレベルの低い者たちすらも、導いてやらなければならないのか。


それが選ばれた人間の役割とはいえ、彼らの人格の幼稚さや無分別さを考えれば、さすがの俺でも苦労することは明白だった。


はぁやれやれだ。俺はそう思って溜息をつく。


まあ、俺にここまで呆れさせて精神的に疲弊させたことだけは、大したものといったところかな。


さて、と俺はそこまで考えると悠々と、襲いかかってくる旧友たちに意識を向けた。


俺にしてみれば、まるで止まっているに等しい。


奴らがそれぞれどんな醜い表情をしていて、そして哀れな存在であるのか、じっくり観察することすら可能だ。


だが俺はたまらず、目をそらしてしまう。


当たり前だ。


余りに醜悪なその姿を正視することが出来なかったのである。


とりあえず俺は手近な物を使って距離を取ることにした。


ゴキブリや蛾を追い払う行為に等しい。


俺はちょうど良い具合に泥に塗れたイシジマが倒れていたので、それを一斉に襲いかかってくるゴーレムの拳(こぶし)、そして飛んでくる炎魔法、氷魔法の中心へと投げつけたのである。


「え?」


そんなイシジマの声が小さく俺の耳に届いた瞬間、


ゴギンッ!! という鈍い大きな音と、ドオオオオオオオオオンン!!!!!! という炎の巻き上がる爆発音とグサグサグサ!!! という氷柱が次々に刺さる音が次々に聞こえてきたのだった。


「んぎいいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?!?!?」


そんな屠殺(とさつ)される豚のような声が聞こえてくる。


「なぁ!?」


「ひっ!??!?!」


「そ、そんな・・・」


仲間であるイシジマに全力の攻撃をぶつけてしまったサカイ、ヨシハラ、フカノが哀れな悲鳴を上げた。


俺はそんな彼らに憐憫の視線を向ける。


「愚かだな。力に振り回されるばかりで制御できていない。だから仲間を傷つけることになる」


俺の冷静な言葉に、彼らは目を剥(む)くと、


「なあっ!? 」


「あ、あなたのせいじゃない!!」


「そ、そうです! この人でなし!!」


などと、唾を飛ばして興奮しながら必死に反論してくる。


だが、俺はそんな風に哀れな姿で喚(わめ)く輩(やから)たちを丸で相手にせず無視すると、泥と土、そして煤(すす)にまみれて真っ黒となり倒れ伏した、あたかも打ち捨てられたゴミの如き状態のイシジマに近づいたのである。


そして、持ってきていた薬草を、大量に彼の口の中に無理やり突っ込んだのだった。


「うぐんんんんん!?!?」


イシジマが虫の息だったところに薬草を口に入れられ、呼吸が困難になったために、反射的に吐き出そうとするが、俺はそれを許さずに、奴が口を開けないよう顔面を無理やり地面へ押し付けたのである。


「ぐふう!?!?!? んぐううううううううううううう!!!!!」


息が苦しいのか、イシジマは地面へと押さえつける俺の手を必死に外そうと這いつくばったままもがき苦しむ。


だが、俺に敵(かな)う者がいる訳もない。


イシジマは虫のように手足を激しく動かすだけで、俺を微動だにとも動かすことは出来ないのであった。


俺はそんな地を這う哀れな存在にも、人間と認め、優しく説明してやる。


「やれやれ、少しは人らしい理性を持って落ち着いたらどうだ。俺はお前を救うため薬草を与えているんだ。少しでも受けた傷を治すためにな。吐き出せば回復出来ないぞ?」


そんな幼稚園児でも理解できる理屈を、相手にも分かるレベルに落として説明してやる。


だが、そんな幼稚園児レベルに落とした説明であっても、こいつほど低位な存在には通じないらしく、


「んぐー! んぐーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


などと苦しそうにのたうち回り、暴れ続けるのであった。


はぁ・・・、と俺は深々と溜息をつく。


俺のような神になろうと思えばなれるクラスの人間もいれば、こうして地の底を這いずるしかないような存在もいる。


もちろん、俺と比べることは残酷だ。


だが、分かってはいたことだが、やはり目(ま)の当(あ)たりにするとショックだな。


俺が導くべき者たちにこういった愚か者が混じっていると知るというのは。


俺は失望してやれやれと首を振ると、まだ暴れようとしているイシジマの髪を片手で掴んで軽々と持ち上げる。


ブチブチ! という音と、


「うぎゃああああああああああああああ!!!! いでえええええええええええええええええ!!!」


という耳障りな悲鳴が聞こえて来た。


だが、まぁ気にするようなことでもないだろう。


奴にとっても、まあ神の与える試練だと思ってもらえれば良い。


俺は悲鳴をあげ続ける奴の雑音を完全に聞き流しながら、髪の毛を掴んだまま振り回して、他の旧友たちの方へと投げつけた。


ゴミはまとめておくに限るからな。


俺が全く力も込めずにイシジマが目には見えない程の速度で飛んでゆくと、見事サカイ、ヨシハラ、フカノたちに命中する。


「ぐあ!!?!?」


「いだぁ!!」


「ぎゃ!?」


そんな聞くに耐えない悲鳴が聞こえてきた。


俺はそんな光景を見て、やはり悲しい気持ちになる。


「仲間を受け止めてやることも出来ないのか? 治療も被害者である俺が施してやった。お前たちには仲間を思いやる、助け合うという、人として最低限の行いさえ出来ていない。生まれたことが失敗だったな。・・・だが、それでも生きているのならば仕方ない。俺から少しでも学ぶといい。そうすれば、今は無価値なお前たちでも、少しはマシな存在になれるだろう」


俺はそう言って、俺から学ぶことを、旧友たちに許したのである。


だが、サカイ、ヨシハラ、フカノは憎悪に満ちた目を向けると、


「ちきしょう、覚えてやがれ!!! 絶対に! 絶対に許さねえ!!! 許さねえからなあ!!!」


「絶対に殺してやる!! 拷問にかけて、ばらばらにして、苦痛にのたうち回らせてからね!!!」


「あなたのような存在は許しておけません!! 絶対に後悔させてあげますから!!!!」


などと捨て台詞を吐いて、サカイのゴーレムがイシジマを担ぐと、全速力で逃げていったのであった。


やれやれ、救えないな。俺からの教えを学ぶだけの知能がないのだ。


いかに俺が救いの手を差し伸べても、あれでは塵芥(ちりあくた)のままだろう。


俺がそんな風に旧友たちを哀れに思いながら、徐々に小さくなっていく彼らを見下ろしていると、突如彼らの居た場所が爆発したのである。


「ふむ、来たか」


俺は慌てずに、その爆発を起こした主の方にゆっくりと目を向けた。


俺だけはとうの昔にその気配に気づいていた。


そう、災厄の龍、カラミティ・ドラゴンがやや離れた山嶺(さんれい)に鎮座して、こちらを見ていたのである。


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