第28話 旧友たちとの対決 前編
俺はイシジマたちに、弱い者同士の助け合いの大切さを教えてやった。
だが、彼らの視線はなぜか憎悪に満ちたものになり、体格の大きいサカイが、
「おう、マサツグ、ちょっと調子に乗りすぎなんじゃないのか!?」
と怒鳴れば、
「そうよそうよ! イシジマ君に謝りなさいよ! この人でなし!!!」
「ナオミ君のやったことはいけないことではないでしょうか? 謝罪するべきだと思います!!」
などと、元気娘のヨシハラ、そして令嬢のフカノも睨みつけるような視線を俺に向けながら、喚(わめ)くのであった。
そして、そうした仲間たちの声に、さっきまで顔を真っ赤にしてブルブルと震えていたイシジマも少し余裕を取り戻したのか、
「そ、そのとおりだ!! お前の非常識さに、僕たちは迷惑しているんだ!」
と、甲高い声で絶叫したのである。
「ふーむ」
と、俺は彼らの言葉を聞いて少しだけ反省する。
確かに、目の前の者たちは、取るに足らないちっぽけな存在たちではある。
ゆえに、本来なら俺の様な上位の人間が、耳を貸す必要など全くないだろう。
だが、だからこそ、反対に俺の様な人間こそが、彼らの声に耳を傾けてやらなくてはならないのだと思ったのである。
なぜなら、こうした愚か者たちだって、人間なのだ。
上位者たる俺は、清濁(せいだく)併(あわ)せ呑むように、彼らの愚かな声や行為を受け止め、そして、何が間違っているか教え導いてやらなければならない立場なのである。
大変なことではある。
だが、それが選ばれ、才能のある人間の役割なのだ。
やれやれ、なまじ能力があるだけに、こうした気苦労をさせられてしまう。
心底、普通でいられたらと思うぜ。
まったく、自分の高すぎる才能が疎(うと)ましい。
そんな訳で俺は、彼らを一介の人間として取り扱うことに決め、事情を説明させることにしたのである。
「ハエのように喚(わめ)いているばかりでは分からんぞ? 人の言葉を使って落ち着いて説明してみろ」
そう命令したのである。
俺の言葉にイシジマは一瞬ひどく顔を歪めるが、ぎりぎりと歯ぎしりした後に、ちい! と強烈に舌打ちしてから口を開いた。
「ふ、ふん、なら説明してやろう! そもそも俺がお前にさしむけたのは騎士たちはな、大貴族の嫡男(ちゃくなん)なんだ!! だから、お前ごときが歯向かって良い相手ではな・・・」
「おい貴様!! 無礼だろうが!!!! 頭を下げんか!!!!!」
「んぎいっ!?」
イシジマが説明を始めた途端、いきなりシルビィが奴の頭を地面に押し付けたのである。
土下座どころか、全身を大地に伏せた状態にさせられたイシジマの口からは、豚のような無様な悲鳴が上がった。
「いぎぎぎぎぎ・・・な、何をするっ!?!?」
「お、お前、いきなりイシジマを・・・どういうつもりだ!!」
「そ、そうよそうよ、急に暴力を振るうなんて!?」
「ゆ、許されることじゃありませんよ!!」
他のメンバーからも、動揺しつつではあるが、必死に非難の声を上げる。
だが、
「救世主様が説明をお求めになられているのです。まず、かしずき、それから物を述べなさい。目に余る無礼だったので処罰を与えました」
とシルビィが言えば、
「ご主人様は優しすぎます。この世界の統治者なのですから、礼のなっていない方にはもっと厳しい態度をとられた方が良いと思います」
「マサツグ様に口を開く機会を与えられただけでも有難いことなのに、同じ目線で話そうとするなんて、ありえませんよ」
「マサツグさんはね~、本人さえ望めば神様になれる人なんだよ~? 神様にはね~、頭(こうべ)を垂れることから始めないとダメだよ~?」
などと口々に注意するのであった。
「お前たち、言い過ぎだぞ?」
俺がそう言うと、リュシアたちはピタリと黙って俺の言葉に耳を傾ける。
「イシジマたちの様な凡庸な人間たちの目は、一様に曇っているものだ。愚かで哀れな者たちだが、それでも人間だ。俺の役目はこうした低位にいる者たちを少しでも学ばせ、マシな人間にすることにあるんだ。だから、俺はこいつらが分不相応な態度を取っても、怒るのではなく、指導する機会だと思っている。お前たちが怒る気持ちも分かるが、すまないが俺の意を汲み、許してやって欲しい」
俺がそう言うと、リュシアたちは感動したように目を潤ませて、
「すごい・・・。人を導く方というのはご主人様のような方なのですね・・・。発想が全然違います」
「マサツグ様にはいつも教わってばかりです。また一つ真理を教わりました!」
「やっぱりマサツグさんの言葉は一言一句書き留めておくべきよね~。人々のバイブルになるべき聖句ばかりなんだもの~」
「私はナオミ様に仕えることができて幸せです。一生を賭してお仕えするにふさわしいお方です」
などと言うのであった。
だが、そんな俺の寛容さすら理解できないのか、シルビィにいまだ地面に這い蹲(つくば)らされているイシジマが喚(わめ)き始めたのである。
「さ、さっきから何をゴチャゴチャと言っている!! 早くこの手をどけろおおおおおおおおおお!!!!!!」
そう言って地面の上でのたうち回る。
体中が土にまみれ、薄汚れた姿になって行く。
やれやれ、低位な者にはお似合いの姿ではあるが、哀れなものだ。
だがまあ、うちの子たちの反面教師にはなるだろう。
塵芥(ちりあくた)にも似た無価値な男だが、それでもそれくらいは役に立つようだ。
ちなみに、イシジマは地面の上でもがくのだが、シルビィの手はビクともしない。
なぜなら、シルビィもまた、既に俺の「守る」スキルの対象者だからだ。
すなわち、俺のスキルのおかげで、彼女の全ステータスは驚異的に向上しているのである。
楽にS級は飛び越えていることだろう。
もちろん、イシジマも召喚された存在で、この世界の常人をはるかに凌駕するステータスとスキルを持っている。
俺の力がなければ、シルビィとは言えイシジマに勝つことは難しかっただろう。
だが、今や俺のスキルの効果で、彼女はイシジマを完膚なきまでに押さえ込んでいるのだ。
俺の加護がどれだけ規格外かを示す良い例と言えるだろう。
「ナオミ様の加護を受けた私が負けるはずがありません」
そう言ってシルビィが敬意に満ちた視線を俺にチラリと向けてきた。
だが俺は肩をすくめるだけだ。
俺にとって、仲間たちのステータスを大幅に向上させるなんて、大したことではないからだ。
確かに、シルビィの冒険者クラスは元々Aだったが、今は俺のおかげで、Sを遥かに凌駕しているだろう。
まぁ、普通ならば奇跡のような出来事だ。
だが、俺にとっては小指すら動かさずに出来ることで、何ら難しいことではない。
だから、褒められても、まるで息をしているだけで褒められたかのような、そんな違和感を覚えてしまうのである。
「ぢぎじょお、ぢぎじょお!! おい! サカイ!!! この女を殺せえええええええええええええええええええええ!!!」
そんなことをしている間に、イシジマが半泣きになって叫んだ。
「お、おう!! そうだ、俺たちは選ばれし勇者なんだ!!! くそう現地人のカスどもめがあああああ!! もう許さねえぞ!! 女といえども容赦しねえ!! 後悔しやがれ、クリエイト・ゴーレム!!!!!」
サカイはそんな怒りと憎悪に満ちた絶叫を上げると、自分の魔力を解き放ったのである。
その魔術は土や岩からゴーレムを創りだす魔法だったらしく、一瞬にして体長10メートルほどの巨大ゴーレムが誕生する。
「ぐわーっはっはっは!! み、見たか!! 俺の全魔力を注いだ完璧なゴーレムを!!! S級冒険者でさえも歯が立たない鋼の防御! 魔皇すらとも互角に戦える岩を砕く破壊力!! 無敵無敗を誇る殺戮の巨人だああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
そんな彼の言葉に、ヨシハラ、それにフカノも、
「炎魔法の極意スキルで支援するよ!!!」
「わたしも氷魔法で支援します」
と続き、こちらに呪文を放とうと構えるのであった。
どうやら全員が属性こそ違えど魔法スキルに特化しているらしい。
「結局は暴力か。お前たちのような輩(やから)はすぐにそれだ。話し合いで解決することが出来ない。実のところ頭が悪いんだろうな。やはり机にかじりついているような奴は人格に問題が出る」
俺がそう言うと、どうやら彼らのタブーに触れてしまったらしく、
「もう許さんぞ、ナオミィイイイイイイイイイイイイ!!!!」
「死ねええええええええええ!!!!!!!」
「地獄に落ちなさい!!!!!!!!!!」
そう叫んで一斉に攻撃してきたのである。
ふうむ、あちらが暴力に訴えるなら仕方ない。
俺は奴らが一方的に話し合いを拒否し、攻撃してきたのを心底残念に思いながら、しぶしぶ対応を開始するのであった。
こういう虚しさを上に立つものは日々感じることになるのだ。
それが、才能があることへの代償なのだろう。
ふう、やれやれ、才能がある自分が恨めしいぜ・・・。
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