第27話 ウサギの肉の串焼き 香草仕立て風味
翌朝、起床してみると、何やら軍の方が騒がしい様子であった。
シーに精霊の状態になって様子を見に行ってもらったところ、騎士団長と幹部たちが大怪我をしたために戦闘に加われなくなり、現在、全軍を挙げて指揮系統の見直しに奔走する事態になっているとのことだ。
「あの程度で行軍に支障が出るとはな。まったく、呆れたものだ。あの無能な王と貴族どもが作っただけあるな。構造的な欠陥を持つ軟弱な軍隊だ」
俺は呆れ果てつつ、淡々と評価を下す。
「ん~、むしろマサツグさんに歯向かって来てまだ存続してるんだから大したものかも~?」
「確かにそうですね、救世主様に楯突いたのですから、すぐにでも天罰が下って破滅してしまわないのが不思議なくらいです」
昨夜の功労者である二人が、逆に別の角度から評価をする。
なるほど、一理あるな。
「まあ、そもそも歯牙にもかけていないからな。俺からすれば空気よりも存在感のない存在さ。そういう意味では、天罰をくだそうにも、相手がいないと言うべきかな」
「なるほど~」「言い得て妙ですね」
「さ、そんな国軍を崩壊させてしまった、などという瑣末(さまつ)なことよりも、さっさとカラミティ・ドラゴンの討伐に向かうこととしよう。そして、俺たちの帰る家である孤児院を守るんだ。そして、ついでにこの国も救っておくことにしよう」
俺の言葉にリュシア、エリン、シー、シルビィの4人はキラキラと尊敬の眼差しを俺に向ける。
やれやれ、そんなに大したことではないというのに。
本来ならば王や軍が何とかしなければならないところを、無能な奴らに代わって規格外の俺が何とかするだけの話なのだ。
有能な者が、無能の尻拭いをさせられる。ただ、それだけさ。はぁ。
こうして俺たちは、慌てふためき浮き足立った軍を尻目に、淡々と山道を進んで行くのであった。
やれやれ、無様な奴らだ。そんなことを思いながら。
そうして俺たちは5時間程度を歩いた。当然ながら馬車は山道に入るところで置いてきている。太陽はすでに最も高い位置まで登っていた。出発した時間は7時くらいだったはずだから、そろそろお昼どきだろう。本来ならばもっと早い段階で休憩を入れようと思ったのだが、少女たちが疲れ知らずだったために、予定よりも大幅に行程を進めることができたのである。とはいえ、疲労は肉体だけではない。そろそろ精神的にリフレッシュする意味でも、休憩をするべきだろう。
そんな訳で俺たちは担いでいたザックを下ろすと簡単なテントを立てて昼食をとることにしたのである。
「ただ、今回はいつもよりも簡単な料理しかできないな。さすがに持ち運べる食材や調理器具に限界があったからなあ」
俺はそう言って串に先ほど仕留めたウサギの肉を差しつつ、香草をまぶすと、火から一定の距離をとって地面に刺すと、そのまま炙り始めた。
次に、昨日の夜に残ったクリームシチューを入れた瓶の蓋を開くと、
周囲には、新鮮なうさぎ肉から流れ出る肉汁の香ばしい匂いと、シチューがぐつぐつと沸騰する音と甘い香りが漂い始めた。
「ご、ご主人様ぁ、リュシアは・・・リュシアは幸せでふ、ゴキュリ」
「リュシアちゃん、ヨダレがいつもより多いよ! で、でも、いつものマサツグ様の宮廷のお料理も最高ですが、こういうのも最高ですね!!」
「シーも精霊神やってて良かった~。5000年前に退屈で消滅しちゃおっかな~って思ったけど、我慢してよかったよ~」
「わたしもギルドマスターの娘に生まれてよかったです。こうして救世主様の施(ほどこ)しを受けられるのですから」
みんなテンションがおかしくなってるな。
高山病かもしれないので、これを食べたら少し休憩することにしよう。
「よし、出来た。みんな食べてよし」
わぁ! という歓喜に満ちた声を少女たちは上げると、少女たちは地面に刺された串を次々に手に取ると肉に食らいついた。
「はうあ、こ、これは!?」
「すごい! すごいですよこれは!!」
「ふにゃー、おいしよ~」
「こ、これほどとは!」
ほう、そんなにおいしいのか。どれどれ。
・・・おお、確かに美味い!!
肉汁が口の中で弾けて旨味で満たしてくれる。
しかも兎だけあって肉がほぐれるように柔らかいな! 舌の上に乗せただけでトロリととろけて、咀嚼すると溶けてしまう!!
新鮮な肉だけあって臭みがないし、香草の香りが薄らとだけ付いているのも、肉本来の香りを損なわないことに一役買っている。
「なかなか旨いな」
「なかなかどころじゃないですよ、ご主人様!!」
「とーっても美味しいです!! ありがとうございますマサツグ様!!」
「これだけであと1万年は生きていけるわ~」
「・・・嫁ぐしかありませんね」
そんなにか。
約一名よく分からないことを言っているが・・・。
まぁ、俺としてはお前たちが旨いと言ってくれて、お腹いっぱいになってくれるのが一番だよ。
「肉だけじゃなくてシチューも食べておけよ。栄養が偏(かたよ)るからな」
「もっちろんです! 頂きます。ううー、美味しいよお・・・」
「な、泣いちゃダメよリュシアちゃん! せっかくのシチューがしょっぱくなっちゃうよ!」
「ふわふわ~な気持ちになるね~」
「シー様、成仏しそうになってますよ? まぁ、気持ちは分からないでもありませんが。お肉と合っていて、舌の上でトロけてたまらないですもんね」
そう言ってクリームシチューも肉と同様、むしゃむしゃもぐもぐゴックンと、旺盛な食欲を見せてくれるのであった。
うんうん、よく食べて、すくすく育ってくれよ。
そんな風にして俺たちの昼食は過ぎてゆくのであった。
だが、そうして俺たちが、しばしの休憩を取っていたところ、焦ったような忙(せわ)しない足取りで山を登ってくる男2人、女2人のグループが現れたのである。
それはあの軍を率いているはずの、イシジマ、サカイ。そして、ヨシハラ、フカノという、かつてのクラスメイトたちの姿であった。
イシジマが眼鏡をかけた秀才風なのに対し、サカイは体格のでかい威圧感のある男である。どちらも一見優しげな風貌をしているが、時折見せる視線は人を心底小馬鹿にしたものである。
ヨシハラは一見、屈託のない笑顔が武器の元気系少女であり、フカノも正(まさ)におとなしい感じの深窓の令嬢といった具合だが、それはあくまで教師や周りに見せるための表の顔で、裏の顔はどちらも親が金持ちの、ヒエラルキーが下の者を見下す性根の腐った奴らだ。
なぜか全員が肩で息をしながら、血眼(ちまなこ)になっている。
ふむ、どうやら奴ら、俺のことを必死になって探していたらしい。
奴らは俺のことを見つけると、ゼエゼエと激しい呼吸で、まさに息も絶え絶えと言った様子で目の前までやって来たのである。
そして、代表してイシジマが、いきなり血走った目で俺の方を睨みつけると開口一番、
「ゼ、ゼエゼエ・・・、く、くそっ、探したぞ!! ナオミ!! き、貴様ぁぁあああ、よくも俺の軍隊をっ、ゼハァゼハァ・・・滅茶苦茶にしてくれたな!!!! どういうつもりだ!! フゥフゥ・・・」
そう、口を激しく歪め喘(あえ)ぐようにして絶叫したのであった。
俺はその余りに哀れな姿に驚嘆(きょうたん)し、
「お、おい。頭は大丈夫なのか? お前みたいなガリ勉貧弱君には、この程度の山を登るだけでも、負担だったんじゃないか?」
そう言って心配したのである。
だが、俺のその心からの言葉に対し、イシジマはなぜか一層顔を真っ赤にすると、ギリギリと出血しそうなほど歯を食いしばり、
「き、貴様ああああ、俺の質問に答えろおおおおお!!!」
と、怨嗟の声を山に轟かせるのであった。
答えろおぉぉぉぉぉおぉおぉ、という裏返った声の、間抜けで恥ずかしい絶叫が山々にこだました。
うーん、一体何を怒っているのかな?
ああ。もしかして・・・、
「すまない、貧弱って言ったのが図星だったから怒っているんだな? だが、それはお前が悪い訳じゃない。お前を生んでしまった両親のせいさ。お前が不出来で無能なのは、お前のせいじゃない」
そう気を使って、頭を下げるのであった。
だが、そんな俺の言葉に、
「ぐあああああああああああ!!!!! ゆ、許さんぞ!!! ナオミのくせにいいいいいいい!!!!!」
イシジマはまたしても山間に恥ずかしい絶叫を轟(とどろ)かせたのである。
くそ、一体どうしたってんだ?
事実以外のことは何も言っていないってのに・・・。
だが、イシジマはそうして自分勝手な思い込みで俺を一方的に敵視し、目には怨念の如き憎悪の炎をますます燃やし、真っ赤な顔をして今しも俺に殴りかかってきそうな気配を見せるのであった。
・・・が、ぶるぶると震えるほど興奮し始めたイシジマを庇うかのように、巨体をほこるサカイが前にズイと出た。
そして、
「おい、少し落ち着け。相手のペースに巻き込まれるな!!」
と言ったのである。
「よし、よく言った!」
俺はその姿に思わず拍手した。
「偉いぞ。そうやって無能同士、助け合うことが大切だ。特にお前たちのような塵芥(ちりあくた)のような存在にはな!」
そう言って、賞賛するのであった。
だが、俺の言葉に彼らの視線は、更に恨みに満ちたものになり、憎憎しげな視線を俺にぶつけてきたのである。
ううん、本当のことしか伝えていないのに、どうしてなんだ?
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