第26話 王国騎士団の暗躍
「おい、ここにナオミ・マサツグという者がいることは分かっているんだ! 出てこい!!」
体感で夜中の12時ぐらいだろうか。
俺たちがかご馬車の荷台で固まって眠っている所に、外から怒鳴り声が聞こえてきたのである。
足音からしても、20名ぐらいの人間が集まってきているようだ。
「ご主人様・・・」
リュシアが怯えた様子で、俺の腕にそっとしがみつく。
彼女は虐待を受けていたトラウマもあって、夜の物音が苦手なのだ。
そのため、心から信頼している俺にどうしてもこうして頼ってくる。
いつかは独り立ちする必要もあるだろうが、いくらS級冒険者といえども、今は俺がいなければどうにもならない子供だ。守ってやらなければならない。
俺が怯える彼女の頭をひと撫でてやると、一瞬にして怯えた表情が消える。
それほど、俺に対する信頼が大きいということである。
「安心して寝ていろ。子供が起きている時間ではない。エリンもな。背が伸びなくなるぞ?」
俺が冗談っぽくそう言うと、リュシアに加えて、やはり目を覚ましていたエリンも頷いた。
「はい・・・ご主人様のおかげでとても安心できました。さっきまであんなに不安だったのに、その恐怖心が今はまったくありません。やっぱりご主人様はすごいです」
「で、ですが、わざわざマサツグ様の手を煩わせるのも心苦しいです。やっぱりわたしが代わりに・・・」
「子供が無理をすることはない。そういうのは大人である俺の役目だ」
「シーも大人~。マサツグさんと一緒に戦ってみたい~、がんばるぞ~」
「わたしも是非お供させてください、ナオミ様!」
やはり起きていたシーとシルビィが続いた。
いつものんきなシーと、冷静なシルビィさんが、なぜか俺と共闘できると聞いて戦意を高揚させている。
うーむ、なぜだろうか。
まぁ、ドラゴンとの戦いを前に彼女たちの実力を見ておくのも悪くはない、か。
もちろん俺一人でも大丈夫なのだが、それでは今後、全ての敵を俺が一瞬で屠(ほふ)って終わり、ということになる。
それでは、彼女たちの成長につながらないだろう。
俺はすでに最強だから修行は必要ないが、彼女たちはまだまだ成長できる余地がある。
師である俺に少しでも近づくという意味でも、こういった実戦を俺とともにするのは、彼女たちにとって良い訓練になるだろう。
それに、俺がいる以上は、彼女たちに万が一など起こりはしないから安心だしな。
そういうわけで、俺とシー、そしてシルビィの3人は、馬車の覆いを勢いよくめくると、地面に降り立ったのである。
俺の堂々とした登場に、先頭で怒鳴り声を上げていた騎士風の若い男が「うわ!」と無様な声を上げて尻餅をついた。
俺の威厳に満ちた姿勢とは反対の、間抜けで嘲笑を誘うような格好であった。貴族のボンボン風で、金髪を長く伸ばしている。
「ふふふ、何をしているんだ、お前は? いきなり笑わさないでくれよ? くくく」
俺はその騎士を見下ろしながら、懸命に笑いをこらえるようにする。
だが、なぜかその騎士は俺の方を見て、たちまち顔を真っ赤にすると怒り始めた。
「き、貴様ぁ!! この僕、ローデル公爵家の長男、騎士団長のデューク様を侮辱してただで済むと思っているのかぁ! この平民風情がぁ!!!!」
俺はそんな怒鳴り声をあっさりと聞き流すと、
「で、お前らは何をしにここにきた? 俺たちは睡眠中だったんだぞ? 非常識だとは思わんのか?」
そう質問するのであった。
「き、貴様!ぼくの言うことを聞いているのかぁ!!」
だがそんな声が聞こえてきたので、俺は改めて面に尻餅をついたままの男を見下ろす。
「・・・ぶっ、ふふふ、おい、はやく立ち上がれ。俺に笑われるために生まれた訳じゃないだろう? いや、案外そうなのかもな。それはそれで価値があるぞ。道化としてのな。ふふ、ふ」
その言葉に、またしてもデュークとかいう男は口から血を流すほど歯ぎしりして悔しがると、皿に顔をどす黒く変色させるのであった。
だが、さすがに俺に馬鹿にされ続けるのが耐えられなかったのか、屈辱に顔を歪めながら何とか立ち上がる。
まぁ、立ち上がるのも仲間に起こしてもらいながら、という締まらなさであったが。
それがまた、俺の笑いを誘ったため、ついつい顔がにやけてしまった。
「くくく、お前は俺を笑わす天才か。やめてくれよ、こんな夜中に。はぁ腹が痛い」
俺はゼイゼイと息をつき、久しぶりに息切れを感じた。
ふうむ、これは恐ろしい敵だな。俺を笑い殺しに来たに違いない。
「さっきから白くなったり赤くなったり、今は黒~、腐ったトマトみたいで、なんだかおもしろい顔だね~」
「あの、ナオミ様、そろそろ話を聞いて差し上げたほうが・・・。なんだか相手が余りに哀れになってまいりましたし」
「それもそうだな。おい、お前デュークとかいったか? お前、一体何をしにきたのか、この場で説明してみろ」
俺がそう命令すると、デュークはまたしても怨嗟(えんさ)のこもった視線をぶつけてきた。
人を呪い殺せそうな、どす黒い情念のこもった視線だ。
はて、なぜだろうか? 俺はキョトンと首をかしげる。何か悪いことをしただろうか?
デュークはそんな俺の反応を見て、再度ぎりぎりと歯ぎしりをする。だが、今度は何とか、顔を真っ赤にしつつ、ぐぎぎぎ、などという奇怪な声を漏らしながらだが、デュークは説明を始めるのであった。
「いい気になっていられるのも今のうちだぞ平民どもが!! 僕たちは王国騎士団!! 王の勅命を受けた者たちだ!! 勅命に逆らえば即刻死刑!! そして、貴様の今の態度は明らかに勅命を受けた我らの行動を愚弄するものだ!! いいや、それどころではない!! 大貴族の嫡男たる僕に対する無礼千万、もはや許しがたい!! イシジマ様のところまで連行するまでもない!! この場で首を刎ねてくれる!!!!!!」
デュークはそう言って、ぐしゃぐしゃにほつれた金髪を振り乱しながら抜剣したのである。
うわぁ、なんだかさっき尻餅をついた拍子に泥が顔や頭に跳ねたからか、ひどく薄着汚い。
あまり近寄って欲しくないなぁ・・・。
「マサツグさんに剣を抜くなんて~、神様にたてつくようなもんだよ~? やめといたほうがいいと思うな~。何事も身の程ってものを知らないと~」
「そのとおりです。しかもナオミ様は冒険者ギルド連盟が全面協力をさせて頂いている唯一のお方。おいそれと一貴族ごときが話しかけられる存在ではありません。連盟から正式に抗議しますよ?」
俺は彼女たちの言葉を、まぁまぁ、となだめる。
「デューク、聞いての通りだ。お前ごとき塵芥(ちりあくた)が俺に話しかけるのは無理がある。さっさと帰ると良い。ああ、あとイシジマが俺に会いたいと言っているなら、自分から来るように伝えておけ。俺に直に会いに来れない臆病者のようだが、いちおうかつての旧友だ。自分から足を運ぶようなら、まあ会うことくらいはしてやろう」
「わ~、マサツグさんやさしいな~。デュークみたいなのにもちゃんと情けをかけてあげるんだもんね~」
「まぁナオミ様からすれば歯牙にかける程ではないということですね。さ、デューク、聞いたとおりです。ナオミ様の温情に感謝して、さっさと尻尾を巻いて帰りなさい。だいたいもう夜中ですよ? ナオミ様に謁見しに来るならば、もう少し常識を身につけてから参上しなさい」
「きっ、貴様らあああああああああああああああ!!! どれだけ僕を愚弄すれば気が済むんだああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
そう叫ぶとデュークは俺に斬りかかってきたのであった。
いや、奴だけではなく、取り巻きの連中もである。
だが、何人かかかってこようと・・・いや、何万人とこのデュークや精鋭と言われる騎士たちがかかってきても同じである。
俺にはスローモーションにしか見えないし、この一瞬でも1万回以上は相手を再起不能にできてしまう。
はっきり言って肩慣らしどころか、攻撃と認識することすら困難なレベルだ。
だが、今回の目的は別にある。そう、仲間たちの成長だ。俺はすでにカンストしてしまっているが、彼女たちはまだまだ実戦を通して成長できる。少しでも俺に追いつけるよう努力してもらう必要がある。また、俺も彼女たちの力を把握しておきたいからな。俺の強さにどれだけ付いてこれるか、を。
そんなわけで俺が視線をシーとシルビィに向ける。すると、彼女たちは俺の意図を一瞬で察したようで、にへらっ、と笑ったり、お任せ下さい、と小さく呟いたりしたのであった。
「たまには~、シーも精霊神っぽいこともしないとね~、はーい、レクイエムアクアソウル~」
シーがそう唱えるのと同時に、人魂のような水霊が5体現れて騎士たちへ襲いかかった。
なるほど、天界から水の魂魄を召喚して使役する技のようだ。俺が戦えば一瞬で始末出来る程度の強さだが、騎士団相手ならば10000人は相手にできるだろう。
今しも水霊がそれぞれ強力な呪文を無詠唱で放ち、5人の騎士団は50メートル近くは吹っ飛ばされ、なんとか命だけはとりとめた状態で気絶している。
・・・シーのことだ。きっと、相手が複数人だから自分でやるのを面倒くさがって召喚魔法を選択したのだろうなあ。
実にシーらしい、怠惰で合理的な戦術だ。
まあ、合格としておこう。
一方のシルビィはナイフ一本で、デュークを含めた5人の騎士たちに立ち向かう。
「馬鹿め!! そんなナイフごときで!!!!」
やれやれ、馬鹿はお前だよ。
「・・・・・・・・・は?」
「お、おい、お前、剣を落としてるぞ?」
「い、いや、お前こそ」
「は、早く拾い上げ・・・げええ!? 手、手が動かねえ!!!」
「な、なんでだよ!! どうして手が動かねえんだ!?!?!?」
ふう、あの程度の動きさえ見えないのか。
もはや戦いの盤上に立てていないじゃない。
ましてや、俺と戦うなど、もはやお笑いでしかない。
・・・ああ、いや。確かに最初からお笑いだったな。
「殺さなかっただけ感謝しなさい。手首の腱に毒薬を塗ったナイフを刺しておきましたので。早く回復魔法で治さなければ、二度と動かなくなるでしょう」
そう、彼女はナイフを凄まじい速度と精度で振るったのだ。
俺からすれば余りにもゆっくりなものだが、騎士たちにとってはそうではないらしい。
痛みすら感じないうちに、手首の腱を破壊され、剣を握れなくなってしまったというわけだ。
まあこっちも合格としておこうか。
「ふぅ、もういいだろう。シーとシルビィにこの体たらくでは、俺に敵(かな)う訳がない。さっきも言ったが今後は身の程を知り、小さく生きていくと良い」
俺がそう言うと、デュークは悔しそうな顔をしてブルブルと震える。
だが俺が、
「その手首、そろそろ二度と動かなくなるぞ?」
そう言うと、ついに顔を真っ青にして半泣きになって、
「ぢ、ぢぐじょぉぉおおおあおおおお覚えてろおおおおおおおぉおぉおお」
と手首を抑えつつ、絶叫しながら駆け去って行くのであった。
他の騎士たちも気絶した団員に声をかけて起こしたりしながら、デュークの後を追って逃げてゆく。
「ふむ、哀れな奴らだったな。まあ、俺に笑われに来たと言ったところか。道化師としては及第点だ」
俺がそんなことをつぶやいていると、シーとシルビィが何かを期待したような表情でこっちへにじり寄ってきた。なんだなんだ?
「今日はシー、頑張ったよね~? いつもリュシアちゃんとエリンちゃんばっかりずるいんだ~」
「わ、わたしも出来れば同じように扱って下さると嬉しいかな、と」
そう言って二人が頭をズイと差し出してくるのであった。
「えっと、撫でろってことか?」
「イグザクトリ~」「もちろんです!」
「別に他の褒美でも構わ・・・」
「いいえ! ナデナデがいいんです!!!!」「イーンダヨ~」
やれやれ、俺などに撫でられて何が嬉しいのやら。
俺は首をかしげながら二人の頭を撫でてやる。
二人はまるで幸せの絶頂のように表情をとろけさせるのであった。
やれやれ、なんでそんなに幸せそうなのやら。
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