第25話 カリっと焼いたマッシュルームの濃厚クリームスープ
カラミティ・ドラゴンが棲息するというレブル山脈の麓(ふもと)へとやって来た。
岩肌の見える荒々しい山肌を見せる高山である。
必要な食料や道具、それに馬車なども、なぜかギルドが用意してくれた。
基本、こういったクエストでは冒険者が自前で準備をするものらしいのだが、シルビィから言わせると、「マサツグ様の場合は特別」らしい。
俺としては「特別扱いはやめてくれ」、と言ったのだが、シルビィからは「特別な方を特別扱いして何か問題ありますか?」と逆に質問されて反論できなかったのである。
なるほど、一理ある。
俺が特別な存在だというのは動かしようのない事実だからだ。
まいったな。
ちなみに、シルビィも俺たちについて来ている。
援軍は不要だと言ったのだが、「伝説を見届け、本に残す人間は必ず必要ですので」とのことだ。
なんでも後世に永遠に残す予定らしい。
どうにも恥ずかしいので俺の部分は記載しないようにお願いしたのだが、シルビィにはニコニコとするだけで、ずっとはぐらかされている。
やれやれ、たかだか国を救うだけで大したことないのに。ちょっと国を救うだけのこの戦いが伝説になるほどのものとは思えないんだがな。
こんなものは俺からすれば犬の散歩と一緒だ。
ふらっと行って、帰るだけだというのに。
なお、シルビィ自身も若輩ながらAクラスの冒険者である。職業は意外にもアサシン。そのこともあっていちおう同行を許可したのだ。さすがにA級ともなれば、俺が行動する余波で消滅してしまうようなトラブルも起きないだろう。彼女は御者役を買って出てくれているので、けっこう助かっている。
「救世主様・・・ではなくてナオミ様。レブル山脈の山道への入口が見えてまいりました。・・・軍も野営しているようですね。情報によると数は1000程度。精鋭の騎士たちと傭兵たち、そして異世界からの召喚者たちで構成されているようです。その召喚された者たちは4名で、イシジマ、サカイ、ヨシハラ、フカノ、という者たちとのこと。イシジマという者が軍全体のリーダーでもあるようです」
イシジマ・・・。ああ、あの秀才グループか。自分たちの頭が良いことを鼻にかけていた嫌な奴らだ。イシジマとサカイが男、ヨシハラ、フカノが女だ。普段は優しい振りを表面上はしていて、他の生徒に勉強を教えたりもするので、教師の受けもよい。また、いわゆる不良グループからも見逃されているという独自のヒエラルキーを築いている。だが、俺は知っている。彼らは裏では自分たちより頭の悪い奴らをさんざん馬鹿にし、悪い噂を流すような陰湿な奴らなのである。俺も何度か被害をこうむった。ひどいケースになると不登校になった生徒もいたとか。
とはいえ、今はそのことを考えても仕方ない。それよりも俺たちも野営の準備をするとしよう。
俺たちは軍の駐屯場所からは少し離れた場所を見つけると、野営の準備を開始する。
薪をくべる、寝床の確保、夕食の準備などだ。
ちなみに、軍はまだカラミティ・ドラゴンとの戦いを始めるつもりはないようである。
ドラゴンは山脈の奥深くに棲息していて、今はもう夕刻だから、明日の朝にでも出立する予定なのだろう。
俺たちも今晩はここで一夜を明かすつもりだ。
皆で分担し作業にいそしむ。
と、その時、リュシアたちと話していたシルビィが驚きの声を上げた。
「えっ、ナオミ様がこの中で一番、料理がお上手なんですか!?」
そう言って俺の方を目を丸くして見つめたのである。
「上手なんてものじゃありませんよ、シルビィさん。本当にほっぺたが落ちるくらい美味しいんですから!」
「わたしもお姫様だったから色々なお料理は食べてきただけど、そのどの料理よりもマサツグ様の作られた料理は美味しいです」
「シーも何万年と生きてるけど、マサツグさんのお料理が一番美味しいよ~」
やれやれ大げさだなあ。
元々両親が共働きで一人でいることが多かったので、自然と料理が出来るようになってしまったのだ。別に覚えようとして覚えたわけではなく、片手間にやっていたら、一流の味が出せるようになっていたのである。
まぁ、大したことはないが才能があったということだろう。
「別にそんなに大騒ぎするほどのものじゃないよ」
と俺は首を横に振るのだが、
「うーん、ご主人様だけが自覚してないんですよね」
「そうですよ。孤児院にいるはずなのに、なぜか毎日、まるで宮廷のお料理を食べてる気分になるレベルなんですから」
「マサツグさんの唯一の欠点は~、自分を過小評価しすぎるところよね~」
などと反論されてしまう。
やれやれ、俺は普通に料理を作っているだけなんだがな。
それがなぜか無意識に、自然と一流の味になってしまうようだ。
俺のような素人が、才能のせいで本物のコック顔負けの料理を作ってしまって申し訳ない気持ちになる。
だが、まあおかげで、こうして孤児院の不遇な少女たちに美味しい料理を振舞うことが出来るのだから、この才能も捨てたものじゃないな。
そう解釈して俺は料理を進めるのであった。
「ところでご主人様、今日は何を作っていらっしゃるんですか?」
とリュシアが聞いてきた。
「うん、今日はな」
と言って、俺は次々に料理を更に並べ始める。
「まずはカリっと焼いたマッシュルームの濃厚クリームスープとベーグル米パンだ。それから、鹿肉から作った団子をワインシロップで煮た煮込み料理」
「わあ」という声が広がり、少女たちの目が輝いたのが分かった。
ふふふ、まだまだこれからだぞ?
「メインディッシュはこれからだ? 次は、これまた熟成させた鹿肉をバジルとパクチーで包んで焼いた蒸し料理、これにポテトマッシュやにんじんスティックなんかを綺麗に添えてメインの出来上がりだ」
俺が皿にそれぞれ香草の肉料理を盛り付けていくと、ついにシルビィも含めた少女たちが一斉に驚きの声を上げた。
「ご、ご主人様、すごいです! とっても綺麗で美味しいそうです! ジュルリ」
「ちょ、ちょっとリュシアちゃん、ヨダレが出てるわよ。で、でも、確かに厨房だってないのに、持ってきた調理道具だけで、これほどのお料理を作られるなんて、一流のコックでも難しいですよ!?」
「すごく良い匂い~、シー成仏しちゃいそう~、んー、我慢できないよー、食べよー食べよーマサツグさーん」
「ナ、ナオミ様すごい・・・これほどの腕前なら、すぐにでも王宮にだって呼ばれるレベルですよ。い、いえ、それ以上のレベルです!」
やれやれ大げさだなあ。
これくらい少し才能があれば誰だってできるだろうに。
「まあ、お前たちも育ち盛りだからな。より美味しそうに見えるんだろう」
だが、俺がそう言うと少女たちから、
「えっと、ご主人様、すでにこの料理はそういったレベルを超えていると思います」
「そうですよ。文武両道でお料理もできちゃうなんて、本当にマサツグ様は完璧すぎます!」
「ねー食べようよー食べようよー」
「ナオミ様についてきて良かった。これも本に残すことにしますね。武、知だけでなく、食の神様でもあったと」
やれやれ、そんなに大したことではないのにな。それに神ってなんだよ神って。俺はそんなくだらんもんじゃないぞ?
あとそれに、まだまだ得意な料理はたくさんあるからなあ。全然本気じゃないんだが。
そんなやり取りをしつつ、俺たちは食事を始めるのであった。
口に料理を入れたとたん、少女たちから「わぁ!」という華やいだ声が響いた。
リュシアなどは我慢できないのか、がっつくように食べている。
「止まりません! すごく美味しいです、ご主人様ぁ!!」
などと言っている。
「喋るか食べるかどちらかにしないさい」と俺は言うが、聞こえていないのか夢中でお皿にかじりついている。やれやれ少し美味しく作りすぎてしまったかな。
「本当に美味しいですよ、マサツグ様。このカリッとしたマッシュルームがドロドロの濃厚シチューと絡んで、頭がおかしくなりそうなほど美味しいです!」
「そ、そうか・・・」
エリンのテンションに若干引きながら俺は答える。
「は~、シー、幸せ~」
「おい、成仏しかかってるぞ?」
薄らぎ始めているシーに俺は声を掛ける。
「この鹿肉のお団子がとっても美味しいですね。ワインの香りがよく移っていて食べたあとも鼻に良い匂いが残りますし、たまりませんね。・・・あの、ナオミ様、後でレシピを教えてもらっていいですか?」
はあ、やれやれ。
まぁ何はともあれ、食事の楽しさも知らなかったリュシアみたいな子たちが、お腹いっぱいになり、少しでも喜んでもらえるなら、俺としては本望だ。
そんな風にして俺たちの食事はすぎてゆくのであった。
だが、平和なときはすぐに過ぎてしまう。
くつろいでいる俺たちの元に、騎士団が攻め込んできたからである。
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