第24話 実技および知能試験

「あの、弁償の必要はございませんので・・・。ナオミ様のお弟子様なら、こうしたケースがあることも当然考えておくべきでした。こちらの不注意です」


そう言ってシルビィが頭を下げる。


「うーん、だが申し訳ないことをしたな。俺からすれば彼女たちの魔力はそれほど大したものではないんだが、世間では凄まじい強さであることを失念していたんだ」


「ナオミ様は強すぎますからね・・・。普通一般の物差しでは測れないということを、我々側がもっと注意していればこんなことにはならなかったのに」


そう言ってシルビィは悔しそうな顔をする。


うーん、俺が規格外であるばかりに、彼女に余計な自責の念を抱かせてしまった。


俺は俺の力が恨めしい。


「やはり手加減が一番難しいな」


俺がそう呟くと、


「ご主人様の力の大きさからすれば、そのことが至難の業であることは想像に難(かた)くありません。ご主人様だからこそ、まだコントロールできているんです」


「そのとおりです。ドラゴンが蟻(あり)を気にして歩いているようなものなのですから・・・」


「神様が人間に混じって生きてるみたいな状態だからね~。色々と支障が出るのは仕方ないよ~。でも、マサツグさんはすごく制御できてるかなーって、シーは思うな~。だって、たぶん神様でもマサツグさんレベルの制御は出来てないと思うから~」


少女たちが口々にそう言う。


ふ、守るべき少女たちに慰められてしまった。


まぁ、なりたくてなったわけではないが、確かに、すでに最強となってしまったことは悔やんでも仕方ない、か。


才能ゆえに、望んでもない人類の上位者たる存在になってしまったが、これも運命だと思って、今後も一層、力の制御を学ぶとしよう。


やれやれ、才能というのは時に人を傷つけるとは本当だな。


さて、それはともかくとして。


「結局、魔力測定の試験を俺は受けることができなかったな。別の試験はないのか?」


俺がそう問うと、シルビィは、「は、はい」と何とも中途半端に頷いた。


どうしたんだ?


「いえ、本来ならば実技試験となるのですが・・・すでに教官たちが試験の必要はないだろうと申しておりまして・・・」


「ふうむ、そうなのか」


まぁ無理もない。俺と戦うなど名誉ではあるだろうが、無謀でしかないだろうからな。


その教官たちとやらは、なかなか嗅覚の鋭い者たちのようだ。


多少、見所があるといえよう。


「では、俺が鍛えたこの3人が戦うというのは・・・」


俺は少女たちを指差すが、


「い、いえ!! ナオミ様のお弟子様と戦うなど恐ろしい・・・いえ、それもけっこうだと申しておりますので!!」


とシルビィは慌てて首を横に振るのであった。


確かに、俺の数億分の1程度の力しかないとはいえ、少女たちは俺のスキルの加護と、直々に鍛えたこともあって、ほぼ人類の頂点にいるからなあ。


俺も含め、今更教官に教わることもないか。


まだ俺たち同士が組手をしている方がマシだ。


強すぎるが故の孤独というやつだな。


ふう、俺のせいで少女たちにまで孤高であることの寂しさの片鱗を味あわせてしまうとはな。申し訳ない限りだぜ。


最強ゆえの孤独は、俺一人が噛み締めていれば十分だというのに。


「だが、だとすると他に試験は何があるんだ? やはり俺としては試験をちゃんと受けて冒険者になりたいんだが」


「はい、そうですね・・・あとは教養試験ぐらいでしょうか。とは言っても、常識問題のようなものですが・・・」


常識問題か。いいかもしれないな。俺は異世界人なので、この世界の常識には疎い。


世界最強の存在なので、もはや力を問う試験は、やるだけ無駄だが、そういった教養系のテストならば最強の俺であっても、まだ取り組む価値があるだろう。


「ただ、やはりナオミ様に受けていただくような試験ではないんですよね・・・。人のものを奪ってはいけません、YESかNOか、みたいなものばかりなのです」


「ふうむ、さすがにそれはな・・・」


俺ががっかりしていると、


「あっ、そうですね、上級問題として、計算問題なんかもありますが、それでいかがでしょうか?」


「計算か、あまり得意ではないが、それで構わないぞ?」


「そうですか? くす、はい、それでは問題です。11×99はいくらになるでしょうか? 制限時間は・・・」


「1089だな」


「えっ!?」


あれ、違ったかな? うーん、だがいくら考えても1089だよな?


「す、すごい・・・」


ん? なんだか、すごい、っていうセリフが聞こえたようだが・・・。きっと、気のせいだな。


「で、ではナオミ様、1438×1155はいくつでしょうか? これは難しいので制限時間は、そうですね、3分で・・・」


「1660890だな」


「なっ!?」


俺が一瞬で答えると、シルビィがあっけにとられたような声を上げた。さっきから一体どうしたっていうんだ?


「ナ、ナオミ様はもしや天才でいらっしゃるのですか?」


「へ?」


「ご主人様、すごい! 一瞬であんな難しい計算を解いてしまうなんて」


「強さだけではなくて、頭も良いなんて、マサツグ様は本当に完璧超人ですね!!」


「文武両道っていう言葉はきっとマサツグさんのためにあるのね~」


少女たちも俺を褒めてくる。


うーん、まあ、確かに俺は地球にいた頃でも、普通に計算が得意な方で、数学も自然と出来てしまうタイプだったが・・・。


「大したことじゃないだろう?」


俺はそう言うが、シルビィは首をフルフルとすると、


「とんでもありません。私も計算はできますが、それほどはやく計算をすることは不可能です。ナオミ様ほどの数学能力を拝見したのは初めてですよ。あ、まさか暗算のスキルなどをお持ちなのでしょうか?」


「いや、持っていないが?」


「そ、そんな、ではどうやって一瞬でそんなにはやく計算をしてらっしゃるのですか!?」


「うーん、どうやってと言われてもな・・・。単に頭の中で式をつくって自然に計算しているだけだが・・・」


その言葉に更にシルビィは驚いたようで、


「すごい・・・。私の知る限り、ナオミ様ほどの計算能力を持つ方は初めてです。しかもスキルなしだなんて前代未聞です・・・。その知能だけでも、この国の財政面を動かすだけの力があるように思いますよ。そ、そうだ、ぜひギルドの幹部にご就任頂けないでしょうか? 父には私からお願いしますから!」


などと、いきなり俺をヘッドハンティングしようとするのであった。


まぁ、俺ほどの才能を持つ人間を引き抜こうとするのは自然な感情だろう。


彼女の行動は急すぎたものの、理解できなくはない。


だが、残念ながら俺には孤児院を運営するという崇高な使命があるからな。


冒険者ギルド程度の仕事はドランやシルビィに任せるとしよう。


俺がそう言うと、シルビィは未練たらたらの様子ではあったが、とにかくその場では引き下がってくれた。


だが、目は納得していなかったようなので、また近いうちにヘッドハンティングに来ることだろう。


やれやれ、才能に人は集まるものだとは言え、煩わしいものだ。


俺はひっそりと孤児院を運営したいだけの一般人だというのに。


「まぁいい。ともかく今のテストでいちおう俺を合格と認めてくれる、ということで良いんだな?」


俺の言葉にシルビィはハッとした表情になると、居住まいを正し、


「はい、もちろんです。文武両面、私の目の前で証明頂きました。これをお受け取りください」


そう言ってシルビィは4つのカードを渡してくる。


「これは?」


俺が聞くとシルビィが説明をしてくれた。


「冒険者カードです。冒険者のランクと、討伐したモンスターなどの情報が記録される便利なカードです。まず、ナオミ様のお弟子様である、リュシアさん、エリンさん、シーさんの3人には、Sランク冒険者の称号を授与致します」


その言葉に周囲の冒険者たちが大きくどよめいた。


「すげえ! 10年に一度現れるかどうかっていうSランクが、マサツグって奴の弟子から一度に3人も出やがったぞ!」


「あ、ああ。だが納得だぜ・・・。あのマサツグの弟子なんだからな・・・」


「凄すぎるぜ、あのマサツグって奴は・・・。今日一日で冒険者ギルドのカーストを全てひっくり返しちまいやがった・・・。これはギルド史にも残る最大の事件になるだろうな・・・」


「ご主人様には全然及びませんがSランクになれました!」


「でも、マサツグ様とこんなに差があるのに、Sなんてもらっていいんでしょうか?」


「エリンちゃん気にしなくていいのよ~。マサツグさんを基準にしたら、すべてのランクに意味なんてなくなるんだから~」


「そ、それもそうですね。えへへ」


「こほん。それでは、ナオミマサツグ様・・・いえ、救世主様にも称号を授与させて頂きます。ギルド史上初めてとなるSSSランクの冒険者として認定致します」


「そこまで大仰なものでもないだろうに。まあいい、受け取っておこう」


「あ、ありがとうございます!」


なぜか授与する側のシルビィが俺に感謝して頭を下げる。


まあ、俺という存在に冒険者ランクを授けることができた、ということ自体が冒険者ギルドにとって栄誉なことなのだろう。頭を下げたくなる気持ちも分かる。


俺たちを取り巻く冒険者たちも、SSSクラス授与という前代未聞の事態に、先ほどとは比べ物にならないほど騒ぎだす。


シルビィも美しく微笑みながら俺に向かって「今後ともよろしくお願いします」と頭を下げる。


一方、リュシアたち3人の少女たちも、我が事のように嬉しそうな笑顔で俺に向かって「おめでとう」と告げてくれる。


ふむ、やはり俺にとってはSランクも何もかもどうでもよいことだな。


こうして孤児の少女たちが少しでも笑顔を見せてくれることが俺にとっては一番大切なことなのだ。


俺はそんな喜びを噛み締める。


だが、そんな安穏な時間は、俺という人間には許されていないらしい。


盛り上がる俺たちに向かって、顔を真っ青にした人間が駆け込んできて、皆に向かって急報を告げたのである。


「た、大変だ! カラミティ・ドラゴンに対して、王が軍を差し向けたらしい! 異界から読んだ勇者たちも一緒のようだ!!」


俺はその叫びを聞いて、やれやれと首を振ると、


「時期を逸した出兵か・・・。犠牲になる兵が哀れだな」


そう全てを見通して、やるせない気持ちで呟く。


するとシルビィが、


「ええ、本当に」


と応じたのであった。

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