第22話 受付嬢シルビィ

さて、そんな訳で俺たちは受付でまず冒険者登録を行うことになったのである。


アレンが指さした先には窓口があり、受付嬢をしている銀髪の美しい少女がいた。


見た目はシーと同じくらいの年齢に見える。15,6くらいだろうか?


どうやらそこで様々な手続きをするようだ。


俺は少女に向かい、「すまない、冒険者登録をしたいんだが」と声をかける。


なお、少女のネームプレートには『シルビィ』とあった。


シルビィは俺の姿をみとめると、とても恐縮した様子で深々と頭を下げて、


「ようこそ、救世主様。我ら冒険者ギルドはナオミ様のご来訪を、首を長くしてお待ちしておりました。ギルドマスターの娘のシルビィです。本日は直々にナオミ様の受付をするよう命令を受けています」


そう言ったのである。


なんだ、ギルドマスターのドランの奴、わざわざ俺の受付のために娘を派遣したのか。


粗相がないようにという配慮だろうが、そんなに気を使わなくても良いというのに・・・。


それにしても、救世主か・・・。間違いではないが小っ恥ずかしいな。


孤児院を安定して運営し、ひっそりと暮らしたいだけの俺からすれば、”救世主”などという大層な称号なんて不要なんだがなぁ・・・。


確かに結果として国を救うことになるのかもしれないが、大仰すぎるぞ。


なので俺は、


「頼むから、その呼び名はやめてくれないか? この国を救うことにはなるかもしれないが、俺はひっそりと生きていきたいんだ」


と言ったのである。


だが、受付の少女は首を横に振ると、


「ですがギルドマスターの父もそう呼んでおりますので・・・。気をつけますが、ふとした拍子に自然と出てしまうかもしれません。その際はご容赦くださいませ」


そう困った顔をして言うのであった。


「うーん、その場合はしょうがないか・・・」


救世主などという呼び名、非常に恥ずかしいからやめてほしいんだがな。


とはいえ、彼女が無意識に言ってしまうことまで、俺がとやかく言えるものじゃない。その場合は、あえて救世主と呼ばれることを、我慢することとしよう。


やれやれ。


そんな訳で俺が了承の意を伝えるとシルビィは、


「ありがとうございます!!」


と深く頭を下げて感謝の意思を示したのであった。


そんなに感謝してくれなくても良いってのに。


すると、リュシアたちからも、


「救世主様なんて、本当にご主人様にぴったりですね」


「エリンもマサツグ様のことそう呼びたいです」


「シーも、シーも~」


そんなことをキャキャイとはしゃいで言い始める。


うーん、確かに世界を救うことにはなると思うが、やはり俺としては目立たずこっそりと生きていきたい。


そこで俺は、


「その呼び方だと、なんだか他人行儀すぎて、まるで他人みたいじゃないか?」


と言ってみる。


すると、少女たちはたちまち焦った顔になって、


「や、やっぱりご主人様って呼ばせて下さい!」


「エ、エリンもこれまでどおりマサツグ様でお願いします!」


「他人なんてやだよ~。マサツグさんって呼ばせて~」


と言ってくるのであった。


「やれやれ、好きに呼んでくれたら良い」


そう言うと、少女たちはホッとした表情で微笑んだのである。


さて、そんなことは置いておいて、さっそく冒険者登録を進めよう。


「で、登録手続きだが、どうしたら良いんだ?」


俺がそう問いかけると、受付の少女シルビィは、


「それなのですが・・・本来であれば幾つかの試験を受けていただき、合否判定を行うシステムなのですが・・・」


と、少し困ったような表情で口を開いたのである。


ふむ?


「実は・・・ナオミ様に関しましては”受けて頂けるような試験がない”のです」


「ん? 受けられる試験がない?」


俺が疑問の声を上げると、受付の少女は、


「本当に申し訳ございません」


と深く頭を下げる。


「君が謝るようなことじゃないさ。それよりも俺は理由を知りたいんだが」


俺のその言葉に、少女は恐縮したような面持ちになると、再度、頭を深く下げて説明を続けるのであった。


やれやれ、俺になど頭を下げる必要などないというのに。


「ご説明させて頂きます。実は、冒険者ギルドで用意している試験自体が、ナオミ様の力を試すことの出来るレベルに達していないのです。つまり、ナオミ様の試験をすることをシミュレーションしたところ、逆に試験そのものの欠陥がたくさん露呈する事態になってしまったのです」


あー、なるほどそういうことか。


俺はその事態を一瞬で理解すると、思わず苦笑する。


つまり、俺の実力が高すぎて、試験そのものの出来が問われる事態になってしまっているってことか。


まあ、考えてみれば当然だな。


恐らく今まで俺レベルの冒険者はいなかったのだろう。だから、その実力を測定するためのテストが用意されていないのだ。


「ご主人様は規格外すぎますからね・・・」


「まさかテストすら無効にしてしまうだなんて」


「ものさし自体がマサツグさんを測るには短すぎるってことね~」


ふうむ、だが、だとすると・・・。


「それだと、試験を受けられない俺は、冒険者になることは出来ないということか・・・」


俺がそう残念そうに言うと、受付の少女は、


「と、とんでもありません!」


と焦った表情で俺へ腕を伸ばしたのである。


まるで俺を手放してしまえば世界が終わってしまうような、そんな焦燥感に満ちた表情であった。


「でも、試験を受けないと冒険者になれないルールなんだろ?」


俺のそんな質問に対して、


「いいえ! いいえ! 父からは、ナオミ様への試験は全て免除すること! そして、史上初めてとなるSSSクラスの称号を、ただちに授与するよう厳命を受けております! なにとぞ冒険者になって下さい!!! あなただけがこの国の、いえ世界の希望なのです!!」


そう必死に懇願するのであった。


おいおい、そんな大層なことか?


だが、俺たちの様子をこっそりと窺っていた冒険者たちからも、驚きの声があがり、ギルド内は騒然とする。


「め、免除のうえに、SSSクラスだと!!?!??」


「き、聞いたことがねえぞ、そんなの!? しかも、SSSだぁ!? 実在するのかよ???」


「い、いや確か神話時代に一度だけ存在したはずだ。恐らく神が降臨した際に受けられた称号だったはず。だ、だが、伝説上のクラスだぞ!! そ、それをあの男は授与されるってのか!?!!? くそ、神話じゃねーんだぞ!」


そんな声が聞こえてくるのであった。


「ご主人様すごすぎますね・・・まさか、SSSクラスの冒険者になられるなんて・・・」


「わかっていたことではありますが、マサツグ様が世界最強であることが、正式に証明されましたね」


「やっと世界がマサツグさんに追いついてきたってことだね~」


などと少女たちも言ってくる。


だが俺は、ふむ、と少し考えると、首を横に振り、


「いや、やはり冒険者になることはできないな」


と、言ったのである。


するとシルビィがたちまち顔を青くして、


「ど、どうしてでしょうか!? な、なんとか冒険者になって、世界をお救い下さい!! 救世主様、お願いします!!!!」


そう言って、まるでこの世の終わりだと言わんばかりに慌てふためくのであった。


うーん、そういうことじゃないのだ。少し落ち着いて考えてみてくれれば良いだけなんだがな。


「俺が特別だからこそ、試験を受けて、正当な手順で冒険者になることが必要なんだ。わからないか?」


俺のその言葉にシルビィが「ハッ」とした表情になった。


どうやら俺の言いたいことに、やっと気づいたらしい。


「気づいたか?」


俺の問い掛けに、シルビィは神妙に頷いた。


「ナオミ様は最強であるからこそ、逆にルールに則ることで、ルールの大切さ、公平さを暗に訴え、人々に範を示そうとされていたのですね。まさに次元の違う発想です・・・」


そう言って、俺に対して畏敬の眼差しを向けて来るのであった。


だが、俺は首を横に振ると、


「そんなに大したもんじゃない。だが、俺のような上位にいるものこそが、ルールを遵守することが大切だと考えているだけさ。上の者がルールを守らなければ下々の者たちが守るはずないんだからな」


シルビィは一層尊敬の眼差しをこちらへ向け、


「救世主様のお力ばかりに目を奪われていましたが、本当に素晴らしいのは人を教え導こうとする、そのお心なのですね」


そう言って潤んだ目でこちらを見るのであった。


俺は、そんな大層なもんじゃないよ、と何度も言う。


だが、そう言うたびに、シルビィの眼差しが一層熱を帯びたものになるので、いい加減諦めたのであった。


やれやれ、俺は自然にしているだけなのだが、どうしてこうなってしまうのだろうか。はぁ。


まあ、何はともあれ、俺はこうして冒険者ギルドの試験を受けることとなったのである。

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