第19話 ギルドマスターからの依頼 後編
俺とのあまりの力の差に、ゴズズは半泣きのやけくそ状態でこちらへと斬りかかって来た。
無論、打ち倒してしまうことはあまりにも容易い。
・・・ただ、手加減の仕方を誤ると、ゴズズはたやすく死んでしまうだろう。
ゴズズは俺を一方的に敵視し、憎悪を向けてくるような相手だ。
もし神がいたならば、奴はきっと即刻地獄へ落とされるような愚か者に違いない。
だから、本来ならば俺に殺されても文句は言えないのだ。
だが、だからこそ・・・。俺が圧倒的な力を有し、相手の生殺与奪の権利を完全に握っているという、まるで神のごとき立場にあるからこそ、目の前のクズのような男であっても、命までは取るまいと考えるのであった。
リュシアならば優しいと言うのであろう。だが違う、俺が単に甘ちゃんなのだ。そう思って自嘲する。
俺が奴の止まったように見える剣を眺めながら、そんなことを悠々と考え、そろそろ回避行動に移ろうかと思い始めた時である。
横合いからある人物の手が刃の方へとかざされたのであった。
その人物は俺と一瞬目が合うと美しい顔でニコリと笑う。俺も笑顔で応じた。そう、それは孤児の少女の一人であるリュシアだったのである。
ガシ!!!
そしてリュシアは振りかぶられた剣の刃を、やすやすと二本の指で掴んで止めたのであった。
「ご主人様がわざわざ手を下される様な相手ではありません。僭越ですが私の方で対応しておこうと思うのですが・・・」
「ふむ・・・そうだな。確かに俺の場合、手加減しても相手が死んでしまうかもしれないと心配していたところだったんだ」
「なるほど。そうですね、ご主人様の力は強大過ぎますから・・・」
「・・・よし、いいだろう。少しでも俺に追いつけるように、実戦訓練を積むと良い」
「は、はい!! 見ていて下さい!!」
リュシアが喜びの声を上げるのと同時に、刃を受け止めていた指をパッと離す。
すると、その拍子にゴズズは後ろにすごい勢いで倒れ込んでしまった。
実はゴズズ俺たちの会話中、ずっと掴まれた剣を振りほどこうと全力をだしてもがいていたのである。
だが、俺の何万分の1程度の力しかないリュシア相手であっても、掴まれた剣を振りほどくことは出来なかったのである。
やれやれ、その程度の力で俺に挑みかかってきたとは・・・。
無謀を通り越して呆れかえるばかりでだな。
「お、お前のような小娘が、え、え、え、S級になるべき存在である俺の相手になどなるものかぁぁぁぁああああああ!!!!! うおおおおおおおおお、喰らえ! 奥義!! 雷冥爆裂刃(らいめいばくれつじん)!!!!!」
怒りに囚われたゴズズは人としての良心すら失ってしまったらしい。
いたいけな少女であるリュシアに対して、いきなり全力の秘技を叩き込む。
完全に相手を殺すつもりだ。
刃に宿したた雷撃を相手に叩きつける剣技のようで、リュシアはそれを避けようともせず、正面からまともに受けた。
その瞬間、ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン・・・・っ!!! という空気を引き絞るような裂帛(れっぱく)の破裂音が鳴り響き、煙がもうもうと立ち上るとともに、視界を隠すのであった。
「ぎゃーっはっはっはっはっは!!!! み、見たか俺の力を!! この俺様をっ、こ、このゴズズ様を舐めるとどうなるか思い知り・・・」
だが、ゴズズはその言葉を最後まで言うことが出来なかった。
「えっと・・・なんですか? 今の? もしかして切り札だったりするのでしょうか・・・」
リュシアは煙の中から傷一つない姿でたっており、困惑したような表情をしていたからである。
「ひいっ!? ば、馬鹿な!!! 俺の秘奥義が!!!! 上級戦士の最高クラスのスキルなのに!?!?!?」
「えっ、ほ、本当にあれが秘奥義だったんですか!? えっと、貶めるつもりはないのですが・・・ご主人様が小指一本で戦われた時の方が、何万倍も強いくらいですよ」
「おい、リュシア、あまり俺と比べてやるな。強さの階層(クラス)が違うんだ」
俺の言葉にリュシアは頷く。
「それもそうですね。ご主人様と比べること自体が間違いでした。そもそも私にもご主人様の強さの底はまったく見えていませんし」
「まぁ、何十年も修行すれば、少しは見えることもあるかもしれない。今後も研鑽(けんさん)を積むといい」
「はい! ご主人様!! 頑張ります!!」
そう言ってリュシアは期待に満ちた目を俺に向ける。
恐らく俺の強さの底が見えるかもしれないと聞いて喜んでいるのだろう。
やれやれ、強さとは良い側面ばかりではないのだがな。とはいえ、今俺がそれを伝えても、まだ幼いリュシアには理解することは出来ないだろう。余りに強大な力を持ってしまったがゆえの悲しみというものも、彼女が成長したらいずれ話してやることにしよう。
俺たちがそんなやりとりをしていると、ゴズズが呻き声を上げた。
「馬鹿にしやがってえええええ!! キサマら許さんぞおおおおおおおお!!!」
そう叫んで再び剣を構える。
やれやれ、だがもうつきあってられないな。
「リュシア、もういいだろう。以前教えたあの技を試してみろ」
「はい! ご主人様!! やってみます!!」
リュシアは素直に返事をすると、俺の言ったとおり例の教えた技を試す。
「ご主人様から教わったこの技を味わって下さい!! 秘拳! 刃崩し!!! はぁっ!!!!」
リュシアはそんな掛け声とともに己の拳を素早く繰り出してゆく。
いや、他の皆にとっては”素早く”どころではあるまい。
リュシアの拳の軌道はまったく見えていないだろう。
俺にとっては容易く見切れる程のゆっくりとした拳の動きだが、他の皆にとっては目にも止まらぬ神技レベルの攻撃なのだ。
そして、リュシアが刹那の間に何千という拳を繰り出した直後、そこには”手に何も持たぬ”ゴズズの姿があったのである。
そう、俺が以前リュシアの前で見せた”武器殺し”の技であり、それをリュシアに仕込んだのだ。
まだまだ荒削りで無駄も多く、レベルも”刃崩し”に留まってはいるようだが、まあ才能はあるようだ。
徐々に洗練されては来ている。
「ひいっ!? ば、馬鹿な!!! 俺のミスリルで作った剣が跡形もなくなっただと!?!?」
そんな悲鳴を上げるゴズズに、ギルドマスターのドランが罵声を浴びせた。
「だから言ったであろうが!! マサツグ様は以前も、この世界で最も硬いオリハルコン製の武器をやすやすと消滅させておられるのだ!! 貴様などとは格が違う・・・いや次元が違う存在なのだと何度言えば分かる!!!」
その言葉にゴズズは俺の方を怯えて目で見ると、「ひいいいいぃぃいいぃいい」と情けない声を上げるのであった。
そんな騒々しい状況に、俺は溜息をつく。
「ふう・・・ドラン、もう茶番はいいだろう?」
その一言でドランのみならず、ゴズズや少女たちといった全員が一斉に口をつぐんで黙った。
俺は続けて口を開く。
「ドラン、依頼の内容は理解した。この街の危機にも繋がることならば、孤児院を守るために一肌脱ぐことも異論はない。だがな、ギルドマスターから直々に頭を下げられて依頼を受けた、ともなればどうしても目立ってしまう。俺はそういうのとは無縁でいたいんだ。俺は孤児の少女たちと平和にひっそりと暮らせればそれで十分だ。名声にも権力にも興味はない。だから、今回のようにギルドマスターから直々に依頼を受けるといった極めて特別な形ではなく、あえて通常の形で依頼を受注することとしたいが、どうだ?」
俺の言葉に、ドランは「おおっ・・・」と感動したような声を上げ、少女たちは「ご主人様・・・」と目を潤ませて俺の方を見てきた。
ドランが俺の前に跪き、頭(こうべ)をたれて礼を言った。
「ありがとうございます、マサツグ様。マサツグ様の隠された真の実力は私などには到底窺い知ることは出来ませんが、懐の大きさについては今まさに拝見させて頂きました。部下の不調法も含めお詫び申し上げるとともに、改めてギルドにてカラミティ・ドラゴン・・・災厄の龍の討伐依頼を出します」
「そんなに大仰にしなくていい。たかだか、クエストを一つ受注しにゆくだけだ」
俺のその寛大な言葉に、しなてくていいと言っているのに、ドランはますます深く頭(こうべ)をたれたのであった。
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