第14話 大商人ゴレットの部下 後編
「リュシア、ほらおいで。おもしろい見世物だ」
俺が手招きすると、少女は恐る恐る近づいてきて俺の腰にしがみつく。
そして、地面に転がるリイルの姿をちょっとだけ顔を出して見下ろすのであった。
それはまさに哀れなピエロを見下ろす、上位者たちといった風景であった。
「お、お前はリュシアか!! ぐおおおおお!! お前のような奴隷ごときが私をそんな目で見ていいと思ってるのかあああ!!! 許さんぞおおおおおお!!!! 貴様も、そこの男もだあ!!!!」
「ふん、何を言っている。勘違いするなよ。もうリュシアは奴隷じゃない。孤児院の大切な子供だ。手を出すことは俺が許さん」
俺がそう言うとリュシアがぎゅっと俺の腕にすがりつくのであった。
「ば、馬鹿な!?そんな無法が通るものか!! そやつはゴレット様が購入した奴隷ではないか!!! 奴隷解除の手続きもしていない以上、法に照らせば明らかに我々が正しいのは明白なはずだ!!!」
そう必死にリイルが言い募ってくる。
だが、俺はあっさりと反論する。
「ふ、残念ながら俺は奴隷制度を認めてはいないんでな」
「・・・は?」
リイルはあまりに意外なことを言われたという風に間抜けな顔を晒した。
「俺が認めない以上は、奴隷制度は無効だ」
「な、何を馬鹿な! 国が定めているのに・・・」
「国などより俺のほうが偉いのだから、俺がダメだと言えばその法律は無効だ。奴隷制度は認められない。だから、お前の主張も認められない」
「そ、そんな馬鹿な話があるものかあああああ!!!!」
「むしろ、お前が俺の法に抵触しているようだ」
「な、なに・・・!?」
「うちの孤児院の子供を危害を加えるような輩は、弱い者の痛みを知るために奴隷になることになっているんだよ。リイル、残念ながらお前は今日から奴隷になるんだ」
俺は哀れむように告げる。
その言葉にリイルは絶叫するように反論した。
「ど、奴隷だと!? こ、このゴレット様の部下であるこのわたしが? わははははははは、何をバカなことを! このわたしが奴隷になんてなるはずがないだろう!!!! 」
だが、次の瞬間、リイルの笑い声は凍りつくのであった。
「どうだ、ミラ。少し手間だとは思うが、この男を魔王国で奴隷として引き取ってくれないか? 俺からの個人的なお願いになるが・・・」
「はい、もちろん構いません。マサツグ様に個人的なお願い事をして頂けるとは、光栄の極みです。早速魔王国に連れ帰りましょう。なに、気が狂うか、魔物に頭から丸呑みにされるかどちらかでしょうが、運がよければ1年くらいは生き残れるでしょう」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「なんだ、まだ状況が飲み込めないのか? 今、まさにお前は奴隷になったんだぞ? もう二度と人間の土地は踏めないだろうな。まあ、人間あきらめが肝心だ。残念だったな」
俺の言葉にやっと現状を認識したらしく、リイルは阿鼻叫喚の声を上げた。
「そ、そんな!? た、助けてくれ!!!! ど、どうしてわたしがこんな目にいいいい!!!!!」
だが、そんな絶望の声を上げるリイルに対して、魔族ミラが声をかけた。
「おい、静かにしないか。マサツグ様の目の前だぞ? これ以上うるさくすれば、主人としてただではおかんぞ?」
「う、うるさい!! 何が主人だ!!! 汚らわしい魔族ごときがこのわたしに指図など! 誰が言うことなど聞くもの・・・ぎええええええええええっ!!!!!」
リイルが言い終わる前に、ミラはリイルの頭髪を掴むと、凄まじい腕力でそのまま振り回し始めたのである。
もちろん、振り回す度にブチブチと毛髪が抜ける音が響く。
「ぎゃあああああああああああああああ、やめてやめてやめてえええええええええええ」
「ふう、仕方あるまい。奴隷の躾は主人の役目だ。今日は帰るとしよう。マサツグ様。また日を改めてまいります」
そう言って、ミラは優雅に一礼した後、リイルの髪を掴んだまま、宙にふわりと浮かび上がる。
もちろん、リイルもそれにつられて浮かび上がった。相変わらずブチブチと髪の千切れる音が響くがミラは全然気にしない。
「いやだああああああああああ!!! 家に返してくれえええええええええ!!! こ、こんなのうそだあああああああああああ!!!」
リイルの絶望の悲鳴が轟くが、ミラは気にせずに上昇して行く。
「リュシア、かわいそうだと思うだろうが、よく見ておけ。あれが人を傷つけてきた者の末路だ。俺がやらなくても、きっと別の誰かが彼を罰しただろう。奴隷にされるどころか、殺されていたかもしれない。俺はあえて彼を殺すのではなく、奴隷にすることで、自分がいかに愚かなことをしてきたか理解するための機会を与えたんだ」
その言葉にリュシアは、はっとした表情で俺を見上げた。俺の深い思考に今更ながらに気づいたといった感じだ。
「ご主人様、なんてお優しい。彼のような残虐非道な人間にも、更生のチャンスを与えてあげたんですね?」
俺は頷きつつも、肩をすくめる。
「だが、俺がしてやれることはここまでだ。あとは奴次第さ。奴隷をする中で、悔い改めることができるといいが。例え魔王国でひどい死に方をするにしても、少しでも悔い改めることができたほうが、彼の人生には価値があったことになるだろう」
俺の言葉にリュシアは感銘を受けたらしく、尊敬の目で俺を見上げる。
「すごい、他人のためにそこまで考えて差し上げられるなんて・・・」
「まあ、それほど大したことじゃないさ」
俺はそう言うが少女は首を横に振る。どうやらあまり納得してないようだ。
だが、まあ本当にどうでもいいことだ。
俺は別に褒められたくてやっている訳ではないのだから。
「ところでリュシア。もうリイルやゴレットなんて怖くなくなったろう?」
俺の言葉に、再度リュシアは「はっ」とした表情で俺を見上げた。どうやら、俺のもうひとつの真の狙いに気づいたようだ。
「ま、まさか、全部わたしなんかのために・・・?」
俺は軽く頷く。
するとリュシアはぐすぐすとぐずり始めた。
「ご、ご主人様ぁ・・・うう・・・リュシアは、リュシアは・・・、あ、ありがとうございまふう・・・」
「大したことじゃないさ。うちの大事な子を守るのは当然のことだろ?」
だが、リュシアはその言葉を聞くと、更に本格的にぐずり始め、俺の胸に顔をうずめてしばらく泣き続けたのであった。
「わ、わたしの人生はご主人様と会うためにあったんですね。過去の何もかもを今日、全てご主人様が上書きしてくれました。わたしの人生を、生まれてから今までのずっとを、ご主人様一色に染めて頂きました」
「大げさだなあ」
少し興奮しているのだろうと思い、俺は少女にやんわりと落ち着くように促す。
だが、リュシアは全然聞いてくれず、わたしはご主人様のものです、と言い続けるのであった。
やれやれ、まだまだ子供だな。
俺はそんなことを思いつつ、少女の頭を優しく撫で続けたのであった。
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