第13話 大商人ゴレットの部下 前編
ミヤモトのバカをけちょんけちょんにした数日後、孤児院の扉がノックされた。
「おほん、ここにマサツグという者はいるかね? 私は大商人ゴレット様の部下リイルだ」
そして、何だか偉そうな声が聞こえてきた。
ビクリ! と一緒にいたリュシアが肩を震わせたのが分かった。そう、大商人ゴレットとは、この街を牛耳る商人ギルドの親玉であり、暴力を振るうのが趣味で、かつてリュシアを殴るけるむち打ちの刑にあわせた元主人でもあるのだ。
トラウマが刺激されたのか、リュシアは怯えてブルブルと震え出した。だが、何とか事情を説明する。
「ゴレット様の秘書であるリイル様です。ですが、ゴレット様よりも残忍な性格で手段を選びません。ゴレット様よりも、むしろリイル様にも何度もひどい目にあわされたくらいです。むち打ちや何日も食事を抜かれたり、冬に外で眠らされたり・・・。も、もしかして、私を連れ戻しに来たんでしょうか!?」
酷く震えるリュシアに対して俺は優しく肩を抱く。
「大丈夫だ、リュシア。これからは俺がずっと守ってやるんだからな」
俺がそう言うと、震えていた少女は自分からギュッと抱き付いて来た。
「ご主人様にそう言って頂くだけで、あんなに怖かった気持ちが無くなってしまいました。見てください。震えもおさまってます。ご主人様に優しくされるだけで、どんな不安だって忘れてしまうんです。とても安心してしまうんです」
「俺みたいな頼りない奴でか?」
リュシアは何度も首を横に振ると、
「ご主人様じゃないとダメなんです! ご主人様だけが私に安らぎをくれるんです! 他の人ではだめです!」
それは普段控えめなリュシアにしては、強硬な主張であった。
「そうか。そんなに信頼してくれてうれしい。だけど、きっと他にも素敵な人が見つかるよ。孤児院を巣立つ時には立派なレディになってるだろうからな」
だが、少女は大慌てで反論してくる。
「絶対にそんな人は現れません! 私の命をかけたって良いです!!!」
と、これは今までには聞いたことのないようなリュシアの激しい主張であった。
ふうむ、まあまだまだ子供だから、思い込んだら、ということなんだろう。いや、信頼してくれているのは嬉しいけどな。
ああ、でもこれは言っておかないとな。
「命をかけるなんて軽々しく言うな。俺にとってはお前たちが一番大切なんだからな」
そう言って頭とその上に可愛く乗っかる耳を撫でてやると、
「た、大切・・・一番なんてそんな・・・はうぅぅぅぅ」
そんな声を上げて、リュシアは顔を真っ赤にして目を潤ませて俺の方を見上げるのであった。
うーん、何だろう、いまいち正確に伝わっていないような気がするぞ。
「で、でも、私がいると迷惑ではないでしょうか? リイル様が私を連れ戻しに来たのだとすれば、や、やはり大人しく付いて行くしかない気がします。ゴレット様は本当に・・・本当に恐ろしい方なのです。それこそ、この孤児院をつぶすくらい訳ありません。最悪、ご主人様の命すら狙ってくるかも・・・。私のせいでご主人様にご迷惑をお掛けしたくありません!」
「ん? ああ、なんだそんなことを気にしてたのか。違うぞ? リュシア。お前はまだ子供なんだから、どんどん迷惑を掛けてくれて良いんだ」
「・・・え?」
少女はあまりにも意外なことを言われたかのように目を丸くする。
「子供なんだからそんな難しい事は考えるな。そういうのは全部俺がやっておくから。お前は明るく楽しく過ごせばいいんだ。友達と遊んだり、勉強したりしてればそれでいい」
リュシアは俺の言葉にポカーンとした表情を浮かべる。
だが、次の瞬間、ぐすぐすとぐずり始めた。言葉が乱暴だったか? ・・・と思ったがそうではなかった。
「ご、ご主人様・・・わ、わたし、ご主人様とずっと一緒にいたい! あんなひどい所になんて戻りたくないです!」
「当然だろ? そもそも俺が大切なリュシアをそんなひどい奴らに引き渡す訳がないだろう?」
「ご、ご主人様ぁ・・・」
リュシアは今度こそ大きく目を見開いて俺を見た。なぜか顔が真っ赤なのは泣いて興奮したからだろう。
「た、大切なリュシアだなんて・・・。わ、わたし早く大きくなりますからね・・・」
と、何だかそんなよく分からないことも言っているようだ。
「それにな、リュシアの言葉通りなら、奴は俺たちの敵だ。だから、そろそろ見に行かないか? 多分おもしろいことになってるぞ?」
「・・・へ?」
そうして俺たちは玄関の方へと向かったのである。
「こ、この縄をほどかんか!! この汚らわしい魔族がああああ!!!!」
そんな怒りの言葉を迸らせているのは、もちろん大商人ゴレットの部下、リイルだった。なぜか縄で縛られた状態でミノムシのように地面に転がされている。
ちょび髭を生やした執事然とした男で、いかにも周りの人間を見下していそうな目をしている。おまけに非常に潔癖で気位の高そうな奴だ。
そして、そんなリイルに縄を打ったのは・・・
「ご無沙汰しております、マサツグ様。条約の件で宿題を頂いておりましたので、その答え合わせに伺った次第なのですが・・・」
魔王国で五魔皇をつとめる魔族ミラであった。
「訪ねてきたところ不審な男がいたので捕縛したのですが・・・まずかったでしょうか?」
そう言って五魔皇である魔族の少女は俺を前にして膝を折り、かつ頭を垂れて尋ねるのであった。丸で俺を王と戴く騎士のような仕草である。
「やめてくれ。そんな大仰な挨拶は。恥ずかしい」
俺は呆れてそう言う。
だが、ミラはあくまでもその姿勢を貫くつもりらしく、凄い勢いで首を横に振ると、
「まさか! マサツグ様に対して礼を失する訳には参りません!!」
そう言って全く取り合ってくれないのであった。
うーん、頼むからやめて欲しいのだが。俺なんて全然そんな上等な存在じゃないってのにさ・・・。
と、そんなやりとりをしていると、横から怒鳴り声が割り込んで来た。
「おい、貴様ら聞いているのか!! このわたしを無視してただで済むと思っているのか!!! この縄を解けと言っているだろう!!!!! 解けと言うのが聞こえんのか早くしろ! このわたしを誰だと思っているんだあああああああああああ!!!!!!」
俺は落ち着いた口調で地面に転がる男に言い返した。
「いや、知らねーよ。誰だよ、お前」
俺の言葉にリイルはぽかんとした表情になる。
だが、しばらくしてやっと言葉の意味を理解したのか、顔をゆでだこのように真っ赤にして、喚き散らした。
「貴様らあああああああ!!! 全員死刑だ!!!! ゴレット様にたてつく奴は全員死刑だあああああああああ!!!!!!」
そう叫んでジタバタと足を動かすのであった。
俺はリイルの言葉にミラと顔を見合わせて、思わず小馬鹿にした様な笑みを浮かべ合う。
「ふふ、なかなか面白いことを言うな。くくく、何でお前らに逆らったら死刑になるんだ? 是非とも教えてくれよ、ふふふ。くそ、だめだ、笑いがこらえきれないぞ! はははは」
俺はどうしても笑いを抑えることができずに、小馬鹿にしたような調子で質問してしまう。だってしょうがないだろう。いきなり「死刑」とか言って来るんだから。完全に小学生以下じゃないか。
いや、それじゃあ小学生に失礼か。少なくとも人間レベルではないな。野生の猿の方がまだ利口な気がするぞ。
「なにが可笑しい!! 貴様、わたしを怒らせて只で済むと思っているのか!!!! 許さん! 貴様ら絶対許さんぞおおおお!!!!!!」
リイルはそんな絶叫の声を上げながら、地面に這いつくばった姿勢のままジタバタと、のたうつように暴れるのであった。
おかげで高そうな服を自分で勝手に泥だらけにして行く。
うわぁ・・・と俺はドン引きしながら、後ろの方に隠れていた少女を呼んだ。
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