第11話 聖剣の担い手 前編

それは聞き慣れた、しかしけっして聞きたくなかったかつてのクラスメイトの男の声であった。


「おい、マサツグじゃねーか。ちょっと待てよ。俺に挨拶もなしとはどういう了見なんだ?あん?」


ミヤモトだ。あのトリタといったクズ連中の親玉である。平たく言えばいじめの主犯格のような奴で、かなり性格の悪い奴で不良だ。逆らえば暴力を振るい、いじめのターゲットにされる。そして、かなりしつこくいたぶって楽しむ趣味がある。もちろん、イジメ相手には金品を要求する時もあれば、人前で裸にして芸をさせて屈辱を与えて楽しむことなどもある。ともかく相手が傷つくことをさせるのが趣味なのである。俺がターゲットになった時も、それはそれは地獄だった。タチが悪いのはそういったイジメを、自分で手を汚さず、トリタといった下っ端の取り巻きにやらせている点だろう。また、顔も頭もかなり良い。親も金持ち。おかげで、こいつ自身は先生や親、周囲からそれほど悪いイメージを持たれていないのだ。本当にクズ中のクズなのである。


なお、当然だが女癖も悪い。少し美人であれば弱みを握って脅迫し関係を迫るような奴で、数多くの女子が泣かされ、かつ泣き寝入りさせられたそうだ。


(ちっ、厄介なやつに見つかっちまったな・・・)


俺がそんなことを思っていると、ミヤモトが俺の連れている3人の少女たちに目を向けて「おっ」と声を上げた。


ちっ、こういうクズが考えることは本当にわかりやすいな。


「なんだよ、可愛い子連れてるじゃねーか。しかも3人とか、マサツグには似合わねーんだよ! おら、3人とも俺に寄越せ。文句ねーだろうな? ねえ、君たちもこんな奴より俺のほうが良いだろう?」


そう言って猫撫で声で少女たちに手を伸ばしたのである。


こうやってかつて学校でも彼氏がいるいないに関わらず、そのルックスで可愛い女性たちを食い散らかして来たのだ。


俺はすぐにそれを止めようとする。


・・・だが、そんな必要は全くなかった。


「ご、ご主人様ぁ・・・気持ち悪い人が近寄ってきます・・・」


「え?」

ミヤモトが何を言われたのかわからず、笑顔の表情のままで固まる。それはかなり間抜けな光景だった。


「マサツグ様、何なんですか? このゴミは? ゴミが私たちに話しかけてくるなんて、今日はおかしな日ですねえ」


「なあっ!?」

エリンの辛辣な言葉に、ミヤモトが口をパクパクとした。


シーも口を開いた。

「蛆虫みたいだからーあんまり私たちの視界に入らないようにして欲しいのー。視界に入るだけで不快なのー。マサツグさんさえ見えていればそれでシーは十分なのー」


「なっ、なっ、なっ、なんだとおー!!」

絶世の美少女から次々と投げかけられる罵詈雑言に、とうとうミヤモトが聞いたこともないような裏返った声で絶叫した。


当然周囲から白い目で見られて注目されてしまうが、ミヤモトは完全に激高していて気づかないようだ。


まったくもって馬鹿丸出しである。


「おいゴミ虫ミヤモト。こんな往来の真ん中で大声出して恥ずかしくないのか。っていうか俺が恥ずかしいんだ。いい加減どこかに行ってくれないか? お前みたいなのと知り合いってこと自体が恥なんだよ。頼むよ」


俺はそう心から懇願するが、ミヤモトはなぜかますます怒りだした。


「て、てめええええええええ、マサツグ、俺にそんな口きいてただで済むと思ってんのかあああ!!!」


その猿のような叫び声を聞いて俺は思わず頭を抱える。


「おいおい、もともと低かった知能がこっちに来て更に退化したんじゃないか? さっきからまともな言葉を話せてないじゃないか? 猿野郎が、いい加減にどっか行ってくれ。一緒にいるのがマジで恥ずかしいんだよ。ああいや、それじゃ猿に対して失礼か。やっぱ蛆野郎かな?」


おれはそう言ってから、「ウジモト君どっかいってね」と、本当に蛆虫に対してやるようにシッシと追い払う仕草をする。


「うわあああああああああああああああああああああ!!! てっめええええええ、マサツグ、許さねえぞ!!許さねえ!!!!」


おいおい、語彙が貧困すぎだろ。まじでこんなやつと一緒のクラスメイトだった事実が恥ずかしくなってきたぞ?


「はぁ、分かった分かった。聞いてやるから大声出すのをやめてくれ。本当に恥ずかしいんだよ。で? 許さねえって、お前みたいなゴミが何をどうするってんだ?」


俺は哀れになってついミヤモトに問いかけてしまう。


すると奴はぎりぎりと歯ぎしりを立てながらも何とか気分を落ち着けて話そうとする。


「へ、へへへ、マサツグ、てめえ、後悔するぜえ! お前の能力は何だったかな。そう、確か「守る」だろ? かーはっはっはっは。低レベルの戦士でも持ってるカススキルじゃねえか。まったく同情するぜ!」


はあ、と俺は何も知らない奴の哀れさにため息を吐(つ)く。


少女たちも顔を見合わせて「何言ってるんですかこの人は?」と一様に呆れた表情を浮かべている。


そりゃそうだ。なんて言ったって、俺のスキル「守る(改)」は1億年に一人いるかいないかの超絶レアスキルなんだからなあ・・・。


知らないにしてもマヌケすぎるぞ、ミヤモト・・・。


っていうか、そんなことより、ともかく前置きが長い!また話が脱線してやがる。いい加減学んでくれ。どんだけ馬鹿なんだよ。


「はあ、なあ、ゴミ。いいから早く話を進めろカス。蛆虫の戯言に付き合ってる暇はないんだよ。一回だけしゃべるチャンスをやるから、脱線せずに頑張って説明って奴をしてみろ。まあ、猿以下の知能じゃあ難しいかもしれんが・・・」


俺は本気で相手の頭を心配しながら、親切心から声を掛ける。


「ぐぎぎぎぎぎっぎぎいいいい。てっめえええええええええええええええ!!!!」


「おいおい、冷静になれってさっきから言ってるだろう? 本当に猿以下だなあ」


俺は何度目かのため息を吐く。


すると、ミヤモトは咆哮するように叫び声を上げた。


「マサツグ! 今は幾らでも吠えるがいい! なぜなら、お前はすぐにでもこの俺を怒らせたことを後悔するんだからなああ!!! てめえの持ってるもんは全て俺のもんだ!!聞いて驚け! 俺のスキルは神から与えられしレアスキル『聖剣使い』だあああああああああああああああ!!!!!」


奴はそう言って、何もない空間からひとふりの剣を取り出したのである。それは黄金色の刃を持つ魔力を帯びた剣であった。


だが、俺としては「ふーん」という程度だ。


正直どうでもいい。


だが、それが態度に出てしまったのだろう


そんな俺の興味なさげな反応にミヤモトは更に青筋を立て、ムキになってまくし立ててきた。


「そんな落ち着いてられるのも今のうちだ! 俺は神の使徒のみが使えた伝説の聖剣を使うレアスキルを持っているんだ! つまり、伝説の大英雄と同じ力が扱えるって訳だ! この黄金剣は宝物庫に眠っていたもので、1000年前に勇者が唯一扱い、魔王を屠ったという聖剣『人類の守護剣』だ! だが、他の者が使うことはついぞ出来なかった! 石の台座から抜けなかったからだ! そういうことだ! 持つことさえ許されない選定の剣だったってわけだ!! それを俺は台座から抜いた! そして使うことが出来た! 誰にも使えなかった聖剣を、召喚された新しき勇者である俺だけが、1000年の時を越えてついに台座から抜くことができたんだ!無論、抜けた後も俺以外の奴は持つことすらできない! 俺以外が持てばたちまち凄まじい重量になり、とても持つことができないから・・・」


「へえ、けっこういい剣じゃん」

ひょい、と俺は演説中のミヤモトに近づいて、あっさりとその剣を掴み上げたのである。


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