第8話 俺と魔族の不可侵条約
シーも加えた、俺とリュシア、エリンの4人の暮らしが始まり1週間ほどたった時、ちょうど夕食を終えて全員が居間でくつろいでいたタイミングで、魔族ミカが再び現れた。用件は思ったとおり、俺と魔王国との間で「不可侵条約を締結して欲しい」という、あの件であった。
「朝のお取り込み中の折に大変恐れ入ります。本日は魔王様の全権委任大使として、正式な使者として参上いたしました。マサツグ様と魔王国との間における不可侵に関する条約文書案を作成しましたので、そのご報告に参った次第です。このたびは条約締結についてご検討頂けるとのことで誠にありがとうございます!」
彼女はそう言うと、ガバッと土下座して俺にお礼を言った。
・・・周りの少女たちの情操教育上よくないから土下座はやめて欲しいんだが。
「いいから頭を上げろ。対等な条約なんだろう? ならばお前がそんなに下手(したて)に出ることはない」
「な、なんとお優しい・・・。我々からの無理な願いを聞いていただいただけではなく、まさか対等に扱って頂けるとは。なんて寛容な方だ」
「別に大したことじゃない。当然のことだろう? さあ、そんなことより条約の締結をするんだろう。文書の方を見せてくれ」
「は、はい!」
彼女はそう返事をすると、黄金に輝く箱を取り出す。
「えらく大仰だな~。そんなに力を入れなくてもいいのに」
「いえ! 今回の条約の重要性を考えれば当然のことです!」
ミラは反論すると、蓋を開いて中に大事そうに収められている書面を、俺にうやうやしく差し出したのであった。やれやれ。
うーん、それにしても、かなり高価そうな箱だな。金か何かで作られてるんだろうか。あ、ステータス鑑定してみるか。どれ?
『魔神族の黄金箱』
かつて地上を支配していたという魔神族が使用していた宝物箱。外装は金のように見えるが素材はまったく不明。宝物箱の所有者と、許可を得た者にしか開くことが出来ない不思議な魔法がかかっている。物理、魔法、異常への完全耐性を持っており、破壊などは不可能。また、盗難者を自動的に撃退する自律性を備える。この世界の宝物(レアアイテム)を収めるために、神が作った一品ではないかと言われる伝説の品。収容量は一見有限のようだが、取り出したい品によって内装を変えるだけで、実際は無限と言われている。
市場価格:値段がつけられない
「・・・えっと、さすがに貴重品すぎないか? 持ち出して良かったのか?」
「いえいえ、今回の条約の重要性を鑑みれば当然のことですよ! 魔王国でも反対する者は0でした!・・・それと、ご説明できておりませんでしたが、この宝物箱は、今回の我々の誠意を示すためにお渡しする献上品です。なにとぞ、我々の気持ちをご斟酌いただければと思います」
「うーん、別にいらないんだがなあ・・・」
「そ、そうおっしゃらずに何卒お納めください! 突き返されたとなれば私も含めて魔王国の重鎮の何人かが首をくくることになります!」
「うーん、そうか。まあそこまで言うならもらっておくが・・・」
正直いらないんだがなあ・・・。
「あ、ありがとうございます~」
とミラは半泣き状態で感謝の言葉を口にするのであった。やれやれ。
「あ、それからまだ差し上げたいものがあるんです」
「まだあるのか。いや、もういいよ。お前たちの気持ちはわかったからさ」
「そ、そこをなんとかお納めください! 我々の誠意だと思って!!」
迷惑な誠意だなあ。
「差し上げたいのはこの『古代竜の皮』です!1万年を生きた古代竜の皮をなめして作成しております。この世に二つとない超希少な素材です! これを使って装備品を作成すれば、あらゆる攻撃を無効化する超レアな防具が作れるでしょう!」
「別に俺は冒険者じゃないから、特にいらないんだが・・・。あ~わかったわかった。そんな泣きそうな顔をするな。ありがたく頂いておく。だから条文を確認させてくれ。な?」
「あ、ありがとうございます~」
やれやれ。さて、条文の内容はっと。
第1条 双方は互いへの武力を用いた攻撃や威圧、その他行為の一切を禁止する。
第2条 これを破った時は、相手からの損害賠償請求に誠実に応えなければならない。
第3条 この条約の期間は5年とし、双方からの申し出がなければ自動的に更新する。本条約を破棄する場合は、遅くとも半年前には申し出ること。
第4条 この条約文書は2部作成し、それぞれに血判を押したうえで、双方が一部ずつ保管することとする。
第5条 本条約の効力は双方が血判を押印した段階で開始される。
第6条 本条約の解釈に疑義が生じた場合は、双方が協議して確認するものとする。
ふむ、なるほどなぁ・・・。
「うーん、これじゃあ結ぶことはできないなぁ」
「!? ど、どうしてでしょうか!?何かマサツグ様に不利な条文がありましたでしょうか!?」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど・・・分からないかなあ? そこが分からない限りは、条約を結ぶのは難しいぞ?」
「な、何卒その問題の箇所を教えていただけないでしょうか!? なんとかマサツグ様と条約を締結したいのです。国を挙げて努力致しますので!」
「じゃあ、ヒントだ。第2条と第3条の間に条文が一つ足りないぞ? これでわかるだろう?」
「え!?す、すみません。わかりません・・・」
「それが分かるまでは条約の締結は保留だ。これは俺と条約を結ぶために、お前たち魔王国が自分たち自身で気づく必要がある試練のようなものだ。わかったらまた来るといい」
「は、はい、頑張ります!」ミカはそう言ってすぐに飛び立ったのであった。おそらく大急ぎで魔王国に持ち帰り、俺の言った言葉の意味を国の幹部たちで考えるのだろう。
「すごいですね、ご主人様。元の世界でも外交官か何かだったのですか?」
「本当ですよね。手馴れてるというか、貫禄がありました。条文を一目見ただけで問題点を指摘するなんて、本物の外交官でも難しいのに」
「ていうか、なにが問題かスー分からなかったー。ねー、マサツグさん、答え教えてー」
「これくらい自分で思いつけた方がいいな。よし、みんなにも宿題にしておこう。分かったら俺にこっそり教えること。正解だったら、何かご褒美を上げよう」
「それは楽しみです! リュシア頑張ります!!」
「私も、負けないんだから」
「シーも頑張るよ~」
「まあ、それはともかく、そろそろ子供は風呂に入って寝る時間だぞ。それにしても、シーのおかげでお湯を用意するのが簡単になったから本当に助かるよ」
「はいー、とっくに準備できてるよ~」
この建物、部屋だけは沢山あるので、部屋の一室に大きな桶を買ってきて設置し、簡単な風呂場にしているのだ。俺が孤児院をする上で最初に取り掛かったのがこれである。ちなみに、シーが来るまでは共同井戸から汲んで来た水で身体を洗っていたのだが、正直汚れは落ちにくかった。シーは水の精霊神だけあって、水をお湯に変えることなど造作もない。おかげで今では暖かいお風呂を楽しむことができるようになっていた。
「ああ、それとだな、昨日までは俺も一緒に風呂に入っていたが、そろそろ俺抜きでも入れるようになっただろう? さすがに年頃の女の子と俺みたいな男が、ずっと一緒に風呂に入るわけにはいかないからなあ」
が、俺がそういった途端、今までニコニコとしていたリュシアとエリンの様子が激変し、俺の腰や脚にぎゅっと抱きついて離そうとしなくなったのだった。
「ご、ご主人様は私たちを嫌いになっちゃったんですか!? ど、どうか、捨てないでください。何でもしますから!」
「な、何か態度が悪かったようなら改めます! マサツグ様の好みに合う女の子になります。だから、どうかどこにも行かないでください!」
うーん、まだ色々とトラウマが残っているらしい。俺は優しく諭(さと)すことにする。
「俺がお前たちを捨てる訳ないだろう。世界で一番大切な存在だよ。だけど、さすがに年頃の女の子と一緒にお風呂に入るってのはなぁ・・・。問題があるのは分かるだろう?」
「全然まったく問題ありません! わたし・・・ご主人様にだったら何をされても構いません!」
「わ、私もです! マサツグ様に全てを捧げるって心に決めてるんです! い、今からだって別に・・・」
「あー、ちなみにシーも大丈夫だよー」
うーん、問題ありまくりだと思うのだが、やれやれ、ここまで彼女たちが言うなら仕方ないか・・・。俺は内心でため息を吐きながら、彼女たちに手を引かれて風呂場へと向かうのであった。
あ、ちなみに入浴は特に問題なく済みました。
やたらと俺に身体を洗ってもらおうとするのが若干引っかかったが、まあまだまだ子供だということだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます