第7話 いちおう精霊神なんですが・・・

魔族ミラが去って、やっと共同井戸に水を汲みに行こうとしたところ、どこからか「まって~」という声が聞こえた。見回しても、うちの庭には枯れた井戸くらいしかないのだが・・・。いや、どうやらその井戸から聞こえてくるようだ。


と思っているうちに、体が半透明の女性が井戸から浮き上がってきた。


「幽霊ってやつか?」

この廃墟には似合ってはいるな。


「ご、ご主人様、落ち着いてますね。怖くないんですか!? お化けですよ!お化け!」


「ふええええ、呪われるー」


「まあ落ち着け、人間のほうがよっぽど怖いぞ? そう思えば幽霊なんて怖くなくなるだろう?」


「そ、そう言われましても~」


「無理ですー、マサツグ様、ちゃんとエリンたちを抱きしめててくださいー!」


やれやれ、強いと言ってもまだまだ子供だな。幽霊が怖くて動けないなんてかわいらしいもんだ。やはり、まだまだ俺の存在が必要みたいだ。


「それで、お前は誰なんだ? これから水汲みに行くところなんだが。まあ、スキルが発動している気配はないから、悪霊ではないと思うがな」


「はいー。えーっと、そもそも私は幽霊じゃなくってですねー。いちおうこの大陸の水の精霊たちのとりまとめをやってる精霊神なんですー。シーちゃんって読んでくれたらオッケーだよー。ちょっとは偉い存在なんだよー」


精霊神ね。またとんでもないのが出て来たな。


「で、その精霊神とやらが何の様だ?」


「えっとー、あなたがここの土地の穢(けがれ)を数日で完全に浄化してくれたおかげでー、土地ごと封印されていた私も復活することが出来たのよー。1000年ぶりくらいよー。本来なら10万年は穢(けがれ)を集めることで、私を封印し続けるはずの呪いが、たった数日で解呪されるなんて絶対に絶対にありえないことなんだからー。本当にすごいわー。ていうか、あなたってもしかして神様が人間に変装してるだけなんじゃないのー?」


「神なんていう、そんな何もしないような、しょうもない存在じゃないさ。れっきとした人間だよ」


「そうよね~、神様だってあの呪いを解くのはきっと無理ねー。あなた・・・えっとマサツグさんね~。マサツグさんはもしかしたら神様を超えてるかもしれないわ~」


「どうでもいいことだ。超えるとか超えないとか、興味ないな。そんなことより、俺は共同井戸に水を汲みに行かないといけないんだが」


「おまけに無欲でストイックなのねー。本当に人間にしておくのがもったいなかもー」


「別に俺は人間で満足してるんでね」


「むー、全然興味すらないのねー。そっかー、うーん、なるほどねー。よーし、マサツグさん、君に決めたぞー!」


はい?


「精霊神って生涯で一度だけ伴侶を持つことを許されてるんだけどー、あなたに決めたって言ったの~。その場合、伴侶・・・つまりあなたも精霊神になるのよー? 精霊と神様の中間的な存在ね~。あなたなら実力と精神の両面とも十分資格があるわー。どうかしら~?」


「興味ないね。他をあたってくれ。もっと神様か精霊神か知らないが、なりたいやつはごまんといるだろう」


「そんな欲があるようなのはダメなのよー。あなたのように強くて無欲で優しい人じゃないと資格がないのー。ねーお願いよー、ちょっとだけでも考えてみてよー。マサツグさんは10万年を生きる私がやっと見つけた資格認定者なんだからー。これってほんとにほんとにすごいことなのよー? 普通は飛びついてくれるはずなのにー」


「だから、ともかく精霊か何か知らないが、そんなものになることに興味ないんだ。それよりも今はこの孤児院をどううまく運営するかのほうが大事だ」


「ええー、そんな~。れ、霊格としてはほとんど最上級のものなのよー? 神様にだってなれる可能性があるのにー」


「いらんって。神様とか興味ない。ともかく俺も暇じゃないんだ。特に今は水を汲みに行かないといかんしな。さあ、帰ってくれ」


だが、精霊神ことシーは、ぐすぐすと泣き始めた。


「ふ、ふえええええん、わ、わたし精霊神なのにー。この世界の水を司ってる自然界の大いなる意志なのに~。わ、わかった! 分かりましたー! まずは私がどれくらいすごい存在か見せて上げるわ~。こ、この枯れ井戸を使えるようにします! 綺麗な水が出るから遠出しなくて済むわよー。ど、どう? ちょっとはすごいでしょ? 精霊も捨てたもんじゃないでしょ? だから、ね?ね? お願いだから帰れなんて言わないでよ~。伴侶になれなんてもう言わないから、せめて傍にいさせて~」


「あー、もー面倒だなー。わかったわかった。とりあえず居るのは許してやるから、泣きやめ。まあ確かに井戸が使えるのは便利だしな」


そう言うと、シーは泣き顔からたちまちニコニコ顔に変わり、感謝の言葉を述べた。


「ほ、ほんとー? シー役にたってるー? えへへーありがとーありがとー、マサツグさんは優しいなー」


そう言ってニコニコとしている。何だか調子が狂うな。


「あー、ちなみにねー、穢(けがれ)もなくなったし、シーもいるから、この辺り一帯の環境はすごくよくなるよー。今までこのあたりは鬼門だったから、野菜も育たなかったし井戸は枯れてたけど、全部解決しまーす。ただ反対に今後は、今王様や貴族たちが住んでる街の北側はえらいことになっていくかもー。こっちが浄化された代わりに、あっちに穢(けがれ)がたまりやすい鬼門になっちゃうからねー」


「ふうん、まあ、ここが鬼門にあたる土地とわかっていて俺をここに連れてきた王族や貴族たちのことを考えれば、完全に自業自得ってやつだな」


「そうだねー。うん、今後は多分、街の北側は、ゾンビとか幽霊とかが現れて、不幸な事故とかが頻発する呪われた土地になっちゃったかもー。作物とかも育ちにくいし、水も腐るし、まあ、なんかめちゃめちゃになっちゃかなー?」


そうか。だがまあ、そこにいる人間たちが自分でなんとかするべきだろう。ここいらが鬼門だった時も、ここに住んでる人間たちはなんとかやってきたのだから、それが今後は王様や貴族、それに城に住んでるだろうかつてのクラスメイトたちに降りかかるというだけだ。人間誰しも平等ということだな。結構なことじゃないか。


「えーっとご主人様、お話中のところ、ちょっとすみません。シーさんに少しお話がありますので」


「そうなんですマサツグ様、ちょーっと女同士の積もる話がありますので、シーさんをお借りますね!」


そう言うと彼女たちはシーを引っ張って建物の裏側へと去っていったのだった。おや、いつの間にかシーが人型になっている。普通の美少女にもなれるらしい。それにしても、話とは一体なんだったんだろうか。


なお、彼女たちが戻ってきたあと、シーがなぜか虚ろな目で、「第3婦人・・・わたし、いちおう精霊神なのに、第3婦人・・・」とブツブツとつぶやいていたのだが、なんのことかはよく分からない。


さて、そんなこんなでシーも加えた、俺とリュシア、エリンの4人の暮らしが始まり1週間ほどたった時、ちょうど夕食を終えて全員が居間でくつろいでいたタイミングで、魔族ミカが再び現れたのである。


それは思ったとおり、魔王国から依頼を受けている「不可侵条約を締結して欲しい」という、あの件であった。

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