第十九話 セミトランス
今から十一年前の春、ラビリット=E=ナディッツはギルド第一支部の街にやって来た。そして高台にあった古い屋敷を買い取ると、メイド一人だけを雇ってそこで暮らし始めた。
ラビリットは、かつてログライト鉱石が初めて発見されたとき、その鉱石のもつ不思議な力に魅了された。そして首都に小さな店を構え、ギルドから鉱石を買い取って小売り業者に
やがてログライト鉱石は人々の生活に欠かせないものとなり、採掘量は年々増加していった。それにあわせてラビリットの事業も順調に拡大し、十年もたたないうちに富豪と呼ばれるような資産家になっていた。
「ジーナ、庭にいる子どもたちは誰だい?」
秋も深まったある日の夕暮れどき、朝からずっと書斎に
「あら、あの子たち、また庭に来ているんですか?」
二人が廊下の窓から外を見ると、三人の女の子が庭の片隅で遊んでいるのが見えた。どうやら魔法の練習のようなことをしているようだ。
「最近、たまに庭に入ってきて遊んでるようなんです。すぐに出ていくように言いますね」
「いや、いいんだジーナ。自由に遊ばせてやりなさい」
「でも……旦那様の研究の邪魔になりますわ」
「子どもの声は大して気にならん。それに庭だって使ってないしな」
ラビリットはそう言うと、口髭を撫でながら再び窓の外に目をやった。ジーナは不思議そうな顔でラビリットを見たが、一礼をして厨房に戻ろうとした。
「ああそうだ、ジーナ」
ジーナは呼び止められて振り返った。
「たしか贈り物で頂いたお菓子があったと思うんだが……あの子たちに少し渡してやってはどうだろう?」
いつも無口で威圧感のあるラビリットが、今はずいぶん落ち着かない様子だったので、ジーナは少しだけ意地悪をしたくなった。
「それはいい考えですね。でも私はお料理の途中で手が離せませんので、お手数ですが旦那様からお渡しして頂いてもよろしいでしょうか?」
ジーナが厨房に戻ってしばらくすると、庭の方から女の子たちの声が聞こえた。大きな可愛らしい声でお礼の言葉を言っている。「ありがとう、おじさま」だって。メイドは料理片手に肩をすくめてクスッと笑った。
こうしてまだ十歳にも満たないリンカとさらに三つほど小さいエナとアンは、ラビリットのお屋敷で遊ぶようになった。
そんなある日、不思議な出来事が起こった。
ラビリットがいつものように書斎で研究をしていると、ジーナが小さな三人を連れてやってきた。
「お仕事中に申し訳ございません。この子たち、旦那様にお話ししたい事があるそうなんですが……」
ラビリットは研究の手を止めて、三人の話を聞いてやった。
「あのね、夢を見たんです」
最初に口を開いたのはリンカだった。三人の中では一番年上でしっかりしている。
「ほう、どんな夢を見たんだい?」
ラビリットは優しく尋ねた。
「お屋敷の裏にある井戸の中にね、扉があるんです」
確かに屋敷の裏には使われなくなった
「まさか、井戸の中に入ったのかい!?」
「そんな危ないことしないわ。夢の中の私だから私は見てないもの。でも一応ラビリットさんに言っておいた方がいいと思ったんです」
ラビリットはホッと胸を撫で下ろした。この子たちが危険な目にあったら大変だ。しかしリンカの言わんとしていることがよく分からない。
「私もミーナって言う猫から聞いたわ。あの井戸の中には扉があるんだって」
今度はエナがそう言うと、ラビリットは不思議そうに首をかしげた。ミーナはラビリットが飼っていた猫の名前で、この街に来てすぐに病気で死んだのだった。
「アン……きみも何か見たのかい?」
ラビリットが聞くと、アンはキョトンとした顔で答えた。
「わたしはセミトランス魔法できないから見てないの」
結局その時は、彼女たちが何を言ってるのかよく理解できなかったが、ラビリットは念のためギルドに依頼して
今ではその井戸周辺はギルドが厳重に管理しており、ときどきシーカー達がログライト鉱石の採掘のために降りていくのを見るようになった。
ラビリットが三人の言葉の意味を全て理解したのは、ギルド関係者からある話を聞いた時だった。つまり、教会のミト神父が開発したセミトランス魔術には不思議な作用があり、術者はまれに予知夢をみたり、死者と会話をしたりすることがあるそうだ。
そして三人の女の子が教会に住んでいると言うことも、その時初めて知ったのだった。
第十九話 セミトランス ――完
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