第十八話 雪の夜の奇跡

 深夜の街に、季節外れの雪が降り続いていた。家の屋根や庭、広場の石畳やベンチにはうっすらと雪が積もり、ログライト鉱石を燃料にして光る街灯は、落ちてくる雪を照らしながら青く輝いていた。


 教会のメアリ夫人が、傘もささずに小走りで高台に向かっている。先ほど出会ったリンカからの指示で、高台のお屋敷に住むラビリット氏を訪問し、アンの治療の助けをうためである。


 ラビリットは街一番の富豪である。高台の大きな屋敷に一人で住んでいる初老の男だが、メアリはこの男のことをほとんど知らなかった。首都で商売を立ち上げて成功したらしいが、なぜか今はこの街に一人で住んでいる。


 メアリはラビリットの屋敷に着くと、不安な気持ちのまま玄関のドアを叩いた。


「……どちら様ですか?」


 若いメイドが出てきた。屋敷にはラビリット一人しかいないと思い込んでいたので、メアリは少し戸惑った。


「あの……私は教会のメアリといいます。その……ミト神父の妻ですわ。こんな夜更けに申し訳ないのですが、ラビリットさんに急用があるのです」


「……少々お待ち下さいませ」


 メイドはメアリを玄関ホールに招き入れると、小走りで奥へと消えて行った。しばらく待つと、メイドと共にラビリットが現れた。


 立派な口髭と丁寧にセットされたグレーの髪が、いかにも上流階級といった印象の紳士だ。服装は部屋着ではないので、まだ起きていたのだろう。メアリは少し安心した。


「メアリ夫人、こんな時間に何の御用ですか?」


 目の前の初老の紳士は、不機嫌そうな顔でメアリを見ながら言った。メアリはその威圧感に圧倒されてそのまま帰りたくなったが、アンに起こっていること、それにリンカの指示でここへ来たことを必死で説明した。


「状況は理解しました。後のことは私に任せて、あなたは教会に帰って下さい。ジーナ、ご婦人に傘を……」


 メアリは屋敷を出ると、貸してもらった傘をさしながら教会へと歩き出した。これでよかったのだろうか? リンカもラビリットも後は任せろと言ったが、この後どうなるのかうまく想像ができず、メアリは不安でたまらなかった。


 教会の礼拝堂に戻ると中は真っ暗で、ミト神父もアンもいなかった。もしかしてアンに何か悪いことが起きたのかもしれない。メアリはひどく心配になって、隣の自宅へ駆け込んだ。


「あなた、いるんですか!?」


 リビングに入ると、暖炉の前の絨毯にアンが寝かされていた。ミト神父の他に男女五人の若者が、アンの周りに座って回復魔法をかけている。


「驚かせてすまない。この者たちの手を借りてこちらに移動したんだ」


「ああ、よかった……この方たちは?」


「ライデンの……ライデン支部長の指示で応援に駆けつけてくれたんだ。お前が伝えてくれたんだろう? みんな回復魔法を得意とするギルドシーカーだ。ミト流ではないけどな」


 神父は若者たちに笑いかけながら冗談めかして言った。応援が来てひとまず安心したのだろう。神父は少し明るい表情になっていた。


「それで……ログライト鉱石の方はどうだった?」


「あの……それが……」


 メアリがうつむいて黙っていると、玄関から若い女性の声がした。


「ごめんください、ラビリット様の使いの者です」


 ドアを開けると、さっき屋敷で会ったメイドが立っていた。


「あなた……確かジーナさんでしたね」


 ジーナと呼ばれるそのメイドは、両手で大切そうに持っている小箱を差し出して言った。


「ラビリット様から……これをお使い下さいとのことです。追加の分は後ほど本人がお持ちするそうです」


 ジーナに暖炉の近くまで箱を運んでもらい、そしてミト神父がそれを開けた。中には赤いログライト鉱石がたくさん入っていた。


「こんな貴重な物を……!」


 赤いログライト鉱石は攻撃系魔法の強化触媒として極めて高い効果を発揮するが、回復系魔法に使用した場合でも、一般のログライト鉱石に比べてはるかに高い効果がある。


 しばらくすると、ラビリット本人がさらに二つの箱を持ってやってきた。その箱にも赤いログライト鉱石が詰め込まれていた。ミト神父と若いシーカー達はその鉱石を触媒にして、交代で休憩を取りながらアンに回復魔法をかけ続けた。


 メアリはラビリットにソファーに掛けてもらい、暖かい紅茶を出しながら聞いた。


「なぜこんなにも、よくして下さるのですか?」


 ラビリットは答えた。


「子どもの命を救うのに理由がりますか?」


 そして紅茶を一口飲むと、さらに続けて言った。


「私のような人間はこういう時の為にいるようなもんです。それに小さい頃からアンはよく屋敷に遊びに来てましたので、勝手に娘のように感じてるんです。いや……孫かな?」


 ラビリットは初めて笑顔を見せた。


 話を聞くと、アンだけではなくエナとリンカもよく屋敷に遊びに来ていたそうだ。


「まあ、全然知りませんでしたわ」


「子どもの世界というのは、大人からは意外と見えないものなんでしょう」


 夜明けが近づいた頃、アンの顔や体からはほとんどの傷が消えて無くなっていた。そして朝日が窓から差し込んできたとき、アンは意識を取り戻した。




第十八話 雪の夜の奇跡 ――完

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