第十七話 ダンジョン脱出

 リーサンは荷物を背負い、地面に転がっていたアンの剣を拾い上げた。そして最後にもう一度だけ暗い穴に視線をやってから、丘の上の扉を目指して歩き始めた。


 人魚の血のおかげで何とか歩くことは出来るが、それでもやはり騎士から受けたダメージは大きかった。もし扉に着くまでにまた魔物と交戦することになれば、もう体はもたないだろう。そうなれば、生きて街まで帰れる可能性は無い。リーサンは周囲の気配に注意しながら慎重に進み、やがて扉のある丘のふもとまでたどり着いた。


 そこで恐れていたことが起こった。


「何だ……?」


 海の方角からおぞましい鳴き声が聞こえる。暗い空から二十匹ほどの魔物が、こちらへ向かって飛んできているのが見えた。吸血コウモリのような姿をした魔物だ。大きさは人間の子どもぐらいで、目は赤く光り、口には大きな牙があり、黒い羽の先端には鋭い爪がついている。


「くそ……やっとここまで来たのに」


 魔物の群れはリーサンの近くまで来ると、上空で旋回しながら攻撃の隙をうかがった。鳴きわめきながらこちらを威嚇している。リーサンは荷物を投げ捨てて、アンの剣を二刀流に構えた。肩の負傷で腕が上がらない右手には、剣を逆手さかてに持った。


 群れから三匹が急降下してきた。一匹目の魔物が牙をいて突進してきたので、リーサンは右手の剣でその攻撃を受け流し、続いて飛んできた二匹目の顔面を左手の剣でった。斬られた魔物は甲高かんだかい叫び声を出しながら地面に落ちた。


 のたうち回る魔物にとどめを刺し、背後から再び襲いかかってきた一匹目の魔物を右手の剣で切り上げる。その動きで自分の背中の傷口が開いたのを感じつつ、さらに後ろから襲ってきた三匹目を振り向きざまに薙ぎ払った。


「あと何匹だ……」


 空に旋回している魔物はあと十五匹ほどいる。リーサンの血の匂いに興奮したのか、ギャアギャアと鳴きわめく声がひときわ大きくなった。騎士の槍でつらぬかれた傷がひどく痛み、血が腕をつたって地面にしたたり落ちた。


 リーサンが剣を構え直すと同時に、魔物は一斉に襲いかかってきた。もはや防御する余裕は無く、視界に入った魔物から斬っていくしかない。とにかく倒れてはダメだ、倒れたら喰われる、倒れたら死ぬ。そう思って、首や足に噛みつかれながらも、顔を爪で引っ掻かれながらも、それでもリーサンは剣を振り続けた。


 全ての魔物を倒したとき、全身は傷だらけになっていた。顔は血と汗にまみれ、まるで地獄から這い上がってきた鬼のような形相ぎょうそうだった。


 リーサンは荷物を拾い上げ、ふらつきながら丘を登っていった。やがて丘の上の扉にたどり着くと、倒れ込むように扉を開け、そして外の世界に出た。




 古い城のような遺跡を出て丘の上で空を見上げると、満点の星空が広がっていた。真夜中の冷たい風が傷だらけの体を吹き抜けたとき、やっとこの世界に戻って来たんだと実感した。


 リーサンは地面に両膝を落とし、ダンジョンの中で起こったことを思い返した。騎士に襲われたことが、そしてここに姉妹がいないことが、まるで悪夢の中の出来事のように思える。


「おれは、アンとエナを置きざりに……!」


 地面にこぶしを打ちつけた。


「一人だけで……戻ってきた……!」


 何度もこぶしを打ちつけた。傷口から血が流れるが痛みは感じない。


「それがどういうことか……分かって……」


 土をつかんだこぶしを地面に振り下ろそうとしたが、かろうじて自制した。そしてまた立ち上り、荷物をつかんで歩き始めた。


 川沿いをしばらく歩き続けていると、意識が朦朧もうろうとして何度も倒れそうになった。血を失いすぎたのだ。そしてとうとう、リーサンは崩れるように倒れた。


 ――おいリーサン、そこで眠ると魔物に喰われるぞ。湖まで歩くんだ。


 リーサンはゆっくり目を開けると、川べりまで這っていき、水面に口をつけて水を飲んだ。折れている肋骨がひどく痛んだ。


 そしてまた立ち上がると、湖を目指して歩き始めた。




第十七話 ダンジョン脱出 ――完

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