第十六話 ライデン支部長の判断
シーカーズギルド第一支部の秘書室では、リンカが夜遅くまで残業をしていた。毎年春になるとギルドには多くの新人シーカーが登録されるので、総務部の書類整理や依頼書の振り分けといった業務を、秘書室でも手伝うのが慣例となっていた。
この日リンカが仕事を終えて帰宅の
手に息を吐いて暖めながら雪の積もりはじめた道を歩き、教会の前を通り過ぎようとしたその時、メアリ夫人が慌てて飛び出してきた。
「メアリおばさま、どうしたんですか?」
「ああ、リンカ……アンが大変なの!」
「アンが……?」
リンカは小首を傾げて不思議そうな顔をした。アンはダンジョン調査のミッションに出ているはずではないか。
メアリは、アンが礼拝堂の中に倒れていたこと、大怪我をしていて命が危ないこと、ミト神父が治療にあたっていることなど、ひどく動揺しながら説明した。
「それで、神父様からログライト鉱石と回復術者を集めるように言われたんですね?」
「そうなのリンカ、アンはなぜ……」
「おばさま、落ち着いて聞いて下さいね。私はこれからギルドに戻ってライデン支部長に報告します。おばさまは高台のラビリットさんのお屋敷を訪ねて、さっき私に説明したように状況を伝えて下さい。その
メアリはまだ少し混乱していたので、リンカは出来るだけ穏やかな口調で確認した。
「メアリおばさま、今からおばさまがすべきことはなんですか?」
「ええと……高台のラビリットさんに同じ説明をして、それから教会に戻ればいいのね?」
「そうです。ではまず急いで高台へ」
リンカがそう言うと、メアリは小走りで高台の方へと向かっていった。その姿を見送ってから、リンカは来た道を引き返した。
リンカはギルドに戻るとノックもせずに支部長室へ入った。部屋の中は暗く、ソファーテーブルの上のランプだけが小さな光を
「支部長、起きて下さい」
リンカは支部長室の大きなソファーで寝ていたライデンを起こした。いったいこの人はいつ家に帰っているのだろう。
ライデンはすぐに目を覚まして起き上がると、リンカを見て言った。
「……いったいどうしたんだ、その姿」
リンカは走ってきたせいで息はあがっていたし、髪や制服は雪でずいぶん濡れていた。
「大怪我をしたアンが教会で倒れていたそうです」
その言葉を聞くや否や、ライデンは血相を変えて支部長室を飛び出そうとしたので、リンカは慌てて止めた。
「支部長! 待ってください!」
ライデンの太い腕にしがみつきながら、メアリとのやりとりを細かく説明した。
「アンのことは神父様とラビリットさんに任せましょう」
ライデンは黙ったままソファーに戻ると、静かに座った。
「すまん……わかってる。今考えるべきは、残りの二人のことだな」
「そうです。救援隊をすぐに出すか、アンが意識を取り戻すのを待って、何があったのかを聞いてから救援に向かうか……その二択だと……思い……」
リンカは話している内容は冷静そのものなのに、途中から感情を抑えきれず、メガネを外して顔を両手で覆って泣いた。
「アンが大怪我を……もしかしたら二人も……どこかで……」
ライデンはリンカを自分の横に座らせると、その大きな手で頭を優しく撫でてやった。もし自分に娘がいたのなら、これくらいの年頃なんだろうな。そう思うと、普段しっかりしているリンカが小さくてか弱い存在に感じられた。
「リンカ、最善をつくそう」
「実は……夢を見たんです」
リンカはまるで子供のように涙で濡れた目をこすり、そしてライデンを見上げて言った。
「三人が出発する前の日の夜、怖い夢を見たんです。湖のほとりで……体中に傷を負って血だらけのリーサンに、エナが必死で回復魔法をかけていました。そこにアンはいませんでした」
ライデンは真剣な表情でリンカを見つめていた。
「あの夢がもし本当のことだとしたら、リーサンも大怪我をしていて、エナにも危険が
「そうか……そんな夢を見たのか」
ライデンはしばらく
「アンの回復を待つことにする。もし明日の朝までにアンの意識が戻らなければ……私が二人の救出に向かう」
第十六話 ライデン支部長の判断 ――完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます