第十五話 人魚の祈り

 リーサンは人魚の精霊から渡されたアクアマリンのペンダントを手のひらに乗せ、その美しさにしばらく目を奪われていた。


「あの騎士が戻ってくるもしれません。手短にお話します」


 そう言うと精霊は語り始めた。


「精霊のログライトが活性化すると、その持ち主は特別な力を得ることが出来ます」


 そのことはリーサンも知っていた。今回のミッションの説明を受けた際に、ライデン支部長から説明を受けていたからだ。


 精霊は話を続けた。


「活性化する条件は、持ち主が高いレベルの精神エネルギーを発揮すること。しかしこれは、こちらの世界に住む人々には出来ません……。だから私たちは、あなたのような外の世界から来た人間にそれをたくすのです」


 こちらの世界に住む人々? この世界にも人が住んでいるのか? リーサンは疑問を投げかけたい気持ちを抑えて、今は精霊の言葉を聞くことにした。


「精霊のログライトが一度活性化すれば、この世界の一部のログライト鉱石に共鳴が起こります。その結果、それらは精霊のログライトと同じ色のログライト鉱石に変化します」


 心当たりがあり、リーサンは言った。


「最初に見つかったプラチナダンジョン、つまりおれ達の世界とは別の……ここのような世界のことですが……確かにそこでは、赤いログライト鉱石が採取できます」


「そう、それが共鳴して色づいたログライト鉱石です。過去に誰かが……おそらく赤色の精霊のログライトを活性化させた結果です。共鳴して色づいたログライト鉱石は、一般的な透明のログライトに比べると、はるかによい特性を持っているはずです」


 確かにその通りだった。赤いログライト鉱石は無色のものより貴重とされ、取引価格もはるかに高い。そして……過去に赤い精霊のログライトを活性化させたのは、ライデン支部長だ。


「共鳴して色づいたログライト鉱石が採掘できるようになると、こちらの世界にも外の世界にもメリットがあります。良い特性のログライト鉱石が普及すれば、人々の生活水準は良くなりますから。だから……精霊のログライトの特別な力というのは、活性化させてくれた持ち主への報酬のようなものなんです」


 持ち主への報酬……。精霊の話を聞いていると、まるで何かの目的のために、ログライトを創造した神のような存在がいるかのように思える。

 

「しかし……このペンダントは、まだ活性化してないんですね?」


「残念ながらそうです。ただその特性自体は持っているはずですので、あなたが無事に帰るために少しでも役に立てばと……」


「この精霊のログライト……アクアマリンのペンダントの特別な力って、どんな力なんですか?」


「物質の空間転移です。物質を他の場所へ転移させる力です。《人魚の逃亡》と名付けられています」


「そんな力が……」


「その効果の大きさは持ち主の精神エネルギーに比例します。ただし自分自身を転移させることはできませんし、それにまだ活性化してませんので……やっぱりあなたの帰還には、あまり役には立たないかもしれません……」


 精霊は少し歯切れの悪い言い方になって、申し訳なさそうな顔をした。


「話しが長くなりました……さあ行ってください。どうかあなたが無事に帰ることが出来ますように」


 リーサンは精霊の浜辺を後にして、再びアンとエナを失ったあの岩場へと戻っていった。人魚は小さくなっていくリーサンの背中を見ながら、胸の前に手を組んで祈った。


「生きて……リーサン」




 騎士と戦った岩場に戻って来たリーサンは、アンとエナが落ちた穴のそばに座った。人魚の血で体が楽になったので、少し頭が働くようになっていた。


 穴に落ちた姉妹が、奇跡的に助かっている可能性は低いだろう。それは頭では分かっている。だがそのことを考えると、かつて経験したことがないほど胸が苦しくなり、そして泣きたくなる。しかし可能性が無いわけではないことも事実だ。穴の底がどうなっているかは分からないし、不可解なことも多いダンジョンの中で起こったことだ。


 リーサンは今すぐにでも穴を降りて確かめに行きたい気持ちを理性で抑え込むと、一刻も早くライデン支部長へ報告することが最善だと自分に言い聞かせ、街へ戻ることを決意した。


 そして、アンの荷物からはアンがよく髪を束ねていたピンク色のリボンを、そしてエナの荷物からはエナが使っていた手帳を取り出して、持って帰ることにした。


「アン、エナ、守ってやれなくてごめんな……」


 リーサンは最後にひとしきり泣いた。アンのリボンから、彼女の髪のにおいがした。




第十五話 人魚の祈り ――完

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