第十一話 ログライトの精霊

 調査を切り上げることに決めた三人は扉のある丘へ戻るために、装備や荷物をチェックし、お互いに怪我がないことを確認してから出発した。


 来た時のように針葉樹の森を抜けるのは危険と判断し、リーサンは森を迂回うかい出来そうな海岸沿いのルートを選んだ。この辺りの海辺には砂浜はほとんどなく、その代わりに岩場が広がっていたが、比較的歩きやすかったので三人は順調に進むことができた。


 ダンジョンに入った時には薄暮だった空は、少しずつ暗くなっていた。気温はかなり下がってきており、頬にあたる風が冷たい。


 帰路についてからのエナは、表情がだいぶ柔らかくなったようだ。今回の調査、かなり緊張していたのだろう。


「おれも少しは回復魔法が使えたらよかったんだけど……」


 リーサンは歩きながらエナに話しかけた。


「リーサンはアンと同じで近接特化ですもんね」


「ミト神父にお願いして弟子にしてもらおうか?」


「私の弟弟子おとうとでしになっちゃいますか?」


 エナがおどけて言ったその時、アンが立ち止まって前方を指さした。


「誰かいるわ」


 薄暗くてよく見えないが、浅瀬に突き出した岩に誰かが座っている。三人はそのまま歩みを進め、やがて声が届くほどの距離まで近づいた。


「人魚だわ……」


 エナがつぶやくように言った。リーサンはすぐに直感した。岩に座っている人魚は、おそらくこの世界にむという精霊だ。ライデン支部長の話では、最初に見つかったプラチナダンジョンには意思疎通が取れる精霊がいたとのことだった。


「あなた達、外の世界の人ね?」


 人魚の方から話しかけて来た。どの程度の距離感でコミュニケーションするべきか……リーサンは相手の出方を探るために聞き返した。


「なぜそう思いましたか?」


「あなた達からはそういう魂の気配を感じたから、ウフフ」


 人魚の話し方はどことなくエナの雰囲気に似ている。危険は無さそうだし少し突っ込んだ話をしてみるか……そう思い人魚に聞いてみた。


「あなたは……この世界にむ精霊ですか?」


「知っているのね……そう、私はログライトの精霊として創造されたわ。あなた達を待っていたの。会えて本当に嬉しいわ」


 精霊はとても優しい笑顔で答えた。するとアンが一歩前に出て口を開いた。


「このイヤリングって知っていますか?」


 アンは顔を少し横に向け、左耳につけているイヤリングを見せた。精霊はアンを少し自分の方に寄せて、そのピンク色の石に指で触れた。


「これは精霊のログライトだわ。この世界のものよ。あなたどこでこれを?」


「小さい時から持ってたの」


「そう……このログライトはすでに活性化してるから、持ち主には特別な効果が与えられるはずよ。心当たりはあるかしら?」


 リーサンはミト神父の言葉を思い出した。アンの成長が遅いのは、このログライトのイヤリングが影響しているかもしれない、そう言っていた。


「特別な効果って、どんな効果なんでしょうか?」


 リーサンが割って入った。


「この辺りにはもう一人精霊がいるの。このログライトについてはその精霊に聞いた方がいいと思うわ、ごめんなさいね」


「そ、その精霊はどこにいるんでしょうか?」


 エナが身を乗り出して聞いた。胸のあたりをぎゅっと握りしめている。人魚はエナをじっと凝視した。


「……いつもは森の中にいるわ」


 リーサンは聞きたいことが山ほどあったが、暗くなる前に扉に戻ることを考えると、出直した方が良いと思った。


「おれ達、今日はいったん外の世界に戻ろうと思います。魔物が想像以上に強くて、準備不足でした。また会いに来てもいいですか?」


「もちろんです。私もお願いしたいことがありますし、いつでも来て下さい。私はよくここにいますから」


「最後に一つだけ聞いてもいいですか?」


 人魚の精霊は微笑んで頷いた。


「外の世界、つまりおれ達の住む世界とこちらの世界は一つの扉でつながってますよね。そしてこちらではログライト鉱石が採れる。これは……なぜなんでしょうか? 何か理由があるんでしょうか?」


 リーサンは自分が聞きたいことをうまく言葉に出来なくてもどかしかった。精霊は静かにリーサンを見つめながら答えた。


「扉は一つではありませんよ。この世界とつながる扉は十八箇所あると聞いています。それと……この世界の意味、目的と言った方がいいかしら、それは――」


 三人は息を呑んで精霊の言葉を待った。しかし精霊は三人の後ろの方を見ると急に黙ってしまった。そして声をひそめながらも強い口調で言った。


「あなた達、すぐに逃げて下さい……!」




第十一話 ログライトの精霊 ――完

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