第十話 白金ダンジョン

 街を出て四日目の朝、三人はキャンプを後にして、川に沿って西へと進んでいた。


 いよいよ今日、謎多き異次元空間ダンジョンへと潜入するのだ。しかも今回は世界で二つ目の白金プラチナダンジョンの初調査だ。


 アンはやはり興奮を隠し切れないらしく、何度注意しても一人で先へ先へと進んでしまう。まあここは川沿いで見通しが良いから大丈夫だろう。


 問題はエナの方である。緊張のせいか今朝から妙に口数が少ない。そのくせさっきからリーサンの方をチラチラと盗み見ているようだ。横を歩くエナからの視線を感じて、こめかみ辺りがむずむずしてたまらない。


「なぜプラチナダンジョンって言うのか知ってる?」


 リーサンは我慢できなくなってエナに会話を投げかけた。エナはキョトンとした顔で首を振る。


「ダンジョンとこの世界をつなぐ扉って色んな場所にあるよね。洞窟の行き止まりだったり、森の中だったり。でもログライトのダンジョンの扉には共通点がある。何だかわかる?」


「ギルドマークがついてるわ」


 少し先を歩いていたアンが振り向いて答えた。自分の首にぶら下げているギルドシーカー証のタブをカチャカチャ振って見せた。アンのタブは支部が発行する銀製のものだ。


「そう。ダンジョンの扉には、例外なくギルドエンブレムと同じ模様の装飾がほどこされている。ギルドが設立されたとき、この模様をしてギルドのエンブレムにしたんだ」


 リーサンはさらに説明を続けた。


「普通のダンジョンの扉には金のエンブレムが付いている。しかしある時、プラチナのエンブレムが付いた扉がみつかり、そしてその先にはとても特殊なダンジョンがあった。だから、普通のダンジョンと区別するためにプラチナダンジョンと呼ぶようになったんだ」


「じゃあ、今から行くダンジョンの扉にはプラチナのマークが付いてるのね」


「そのはずだ。ちなみにギルドの支部が設立された当初の目的は、プラチナダンジョンをもっと探し出し、その中を調査することでログライトの謎を解明することだったんだ」


 太陽が高く登り気温も上がってきた頃、川から少し離れた丘の上に遺跡を見つけた。その古い城跡のような遺跡をしばらく探索すると、大きな両開きの扉が見つかった。


 期待通り、扉にはプラチナでギルドエンブレムと同じ装飾が施されている。エンブレムがついてなければ見逃してしまうほど古い扉だった。


 いよいよだ……。


 リーサンは大きく深呼吸すると、胸に手をあてて天を仰ぎ、ゆっくりと目を閉じた。この重厚な扉を開けると、いまだ見ぬ世界が、夢にまで見たせか――


「おりゃー」ギギィ


 アンが開けた。そしてためらいなく飛び込んだ。

 待ちなさいアン、とエナも続く。


 やれやれ……。リーサンは苦笑いしながら、二人に続いて記念すべき第一歩を踏み出した。


 扉の先にあったのは息を飲むほどに美しい世界だった。広大な丘があり、深い針葉樹の森が広がり、その先に見える海は水平線で空とつながっていた。風が吹き、雲が流れ、もはや迷宮ダンジョンという言葉は適切ではない。一つの世界がそこにはあった。


 異次元空間と言われるだけあって、時間の流れは外の世界とは違うようだ。外の世界はまだ真昼だったのに、ここはすでに日が暮れて薄暗い。三人は暗くなる前に海の方まで出てみようと、急いで丘を降り、その先に続く森の中を進んでいった。


 鬱蒼うっそうとした針葉樹の森はどこか神秘的だった。鳥の声や動物の気配もする。そしてやはり、魔物も生息していた。


「リーサンうしろ!」


 アンの声に反応して振り返ると、巨大な爪が襲いかかって来た。リーサンはとっさに飛びのいて受け身を取り、敵を見て息を呑んだ。


「まじかよ、ドラゴンだ……」


 青い皮膚をした大きなドラゴンが樹々の先をかすめながら飛び、やがて旋回して上空から再びこちらに向かって来た。そして近くまで来ると、急降下しながら炎を吐いた。


「凍結っ」


 エナがとっさに氷の魔法をはなって相殺そうさいした。辺りが大量の水蒸気に包まれる。


「逃げるぞ!」


 リーサンの声を合図に、三人は全力でドラゴンから離れた。


 魔物の数は多くないが、その強さは外の世界の魔物と比べて桁違いだった。森を抜けて海辺の岩場にたどり着くまでに、トロルやシルバーデビルなど、これまで見たことも無い魔物が襲ってきたが、なんとか逃げ延びることができた。


「アン……大丈夫か?」


 リーサンとアンは敵と交戦するたびに攻撃を受けていたので、二人とも顔や腕に軽い傷を負っていた。エナの回復魔法で治療を終えると、三人は岩場にぐったりと座りこんだ。


 さて、どうする……。


 リーサンはこのまま調査を続けるか、今回はここで引き上げるか悩んでいた。本当はもう少し広い範囲を探索し、ログライト鉱石の採掘場所やキャンプに適した場所を見つけておきたかったが、魔物の強さが想像以上だ。


 姉妹をよろしく頼む、そのように言って深々と頭を下げたミト神父の姿が頭に浮かんだ。やはり、アンとエナを危険にさらすわけにはいかない。リーサンは決断すると、両膝をポンと叩いて立ち上がった。


「よし、今回はいったん調査を切り上げよう」


 姉妹も頷いて同意した。




第十話 白金プラチナダンジョン ――完

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